遥は青ざめた。

いつの間にか、自分達がどれだけ腕章に頼っていたかに気付いた。


腕章がない。

それだけで体が一回り小さくなったみたいで、不安が襲ってきた。

「ど、どうしよう。腕章がないと、あたし達、変身できない!」


静かだ。

遥達の他には誰もいなくなってしまったよう。


人の話し声も足音も、車の音も、鳥の鳴き声も羽ばたきも、犬の吠える声も、何も聞こえない。

風の鳴る音さえ、しない。


「腕章を探さないと。でもどうやって? どこを?」

「腕章を探さないといけませんわ」

翠も、同じ言葉を繰り返した。


桜が言った。

「問題は、どこで失ったかなんだ。アンドロメダの中にいるときには確かに僕は腕に腕章があったのを覚えている。でも、降りたときにはなくなっていた。つまり、アンドロメダから降りようとして、そして降りた、そのほんの数秒間に消えたと考えるべきなんだ」


桜は、地面に顔をくっつけるようにして歩き、やがてアンドロメダの傍らにたどり着いた。

アンドロメダのドアを引いて、座席の下をもう一度探したが、やはりなにもない。


「ここではないどこかにあるのかもしれません」

由布が残念そうに首を振りながら言った。

「こことは別の時空に」


「このままではなにも進展しませんわ。とにかく行動しないと」

「わかってるわよ。けど…どうすればいいの?」


翠はぽんと遥の肩を叩いた。

「悩むなんて単細胞のあなたらしくないですわ」


「なんですっ…」

「こういうときこそ、リーダーシップが問われるのですわよ」


遥は、翠の意外な言葉に、ぽかんと口を開けたままになってしまった。

「…ありがと翠。うん、そうよね。なんとかしないと」


でも、どうすればいいのか、さっぱりわからない。

こういうとき、博斗先生ならどうするの?


遥は思った。博斗先生ならきっとこう言うだろう。

「やらずに後悔するぐらいなら、やって失敗するほうがいい」


遥は唇を結んで、意識を高めた。

「よし、決めた。とにかく歩いてみる」


五人は手をつなぎあったまま、霧の中をゆっくりと進んでいった。

手をつないでいると、誰もが同じ不安を抱いているのだということがよくわかった。


ここは陽光市なの? どうすればこの霧は消えるの? もし自分達の他に誰もいなくなっていたら? この世界にいる人間が五人だけになっていたら? もし怪人がいたら? 変身できないのに戦えるの? 博斗先生はどこ? ひかり先生はどこ?


二百メートルぐらい歩いただろうか。

遥は、翠の手をぎゅっ、ぎゅっと二回握った。注意せよ、止まれの合図。


「なんですの?」

翠が顔を寄せてささやいた。

「誰か、いるわ」


霧の中から、ゆっくりと現れた影があった。五人いる。


「あなた達の探し物は、これ?」

五人の影から霧のベールが次第にはがれ、姿がはっきりと見えた。


遥は魂を抜き取られた気分になり、ひっと悲鳴を上げた。

他にも悲鳴が上がったから、たぶんみんな同じ思いだったのだろう。


鏡を見ているのだと思った。


だが、違う。


霧の中から現れたもう一組の遥達は、顔から制服まですべてが遥達とそっくりだったが、一つだけ違いがあった。


彼女達の腕には腕章が光っていた。

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