3
アンドロメダは道を変え、小学校裏の路地に入った。
「対向車が来ないな」
博斗はぽつりとつぶやいた。
「そうですね…」
ひかりもつぶやいた。
「なぜだと思います?」
博斗は聞いた。
「…」
ひかりは答えなかった。
「相手がどんなに手強くても、正体がはっきりしているんなら、まだどうにかなるもんだ。いちばん厄介なのは、相手がなんだかわからない場合だ。どう対処すべきかもわからない。未知の領域ってわけだな」
「その未知の領域に、近づいています」
ひかりが言った。
桜が割っていきなり叫んだ。
「違う! その言い方は正しくない!」
「なにっ?」
「違うよ! 未知の領域『が』、近づいて来てる! 嘘みたいだ! どんどんスピードが上がってるんだよ!」
博斗は目を凝らした。まだ、前方には視界を覆う霧は見えないが…。
「先生! ブレーキッ!」
「!!」
由布の緊張した声に、博斗はブレーキを踏みこんだ。
博斗は、視点を遠くに飛ばした。
車体の左右はブロック塀と生け垣。対向車も後続車も通行人も、誰もいない。
いまこの瞬間、あたりからすべての生命が消えてしまったかのような静けさがアンドロメダを包み、ただドドドと軽くアイドリングするエンジン音だけが響いている。
…静かすぎる。
「博斗さんっ!」
ひかりが叫んだ。
博斗は見た。
はじめは、道路脇の家の庭木からだった。
木の葉の間から糸状に幾筋かの白が染み出てきた。
ブロック塀の漆喰のすき間から、生け垣の重なり合った小さな葉の間から、みるみる白いものが触手を伸ばしてきた。
そして、たちまちのうちに本体がやってきた。
白い霧の洪水が、道路の向こうから、どっと、辺りに白い指先を散らしながら、押し寄せてきた。
「来たっ!」
博斗はチェンジレバーをRに入れ、アクセルを踏みこんだ。
バックとしては異例なほど加速して走ったつもりだったが、白い霧はさらに速かった。
「やばい、包まれたっ!」
遥の悲鳴が聞こえた。
ガラスの上を白い霧が伝い、後方の視界は遮られていった。
視界のないままこれ以上走るのは危険だと思い、博斗は、ブレーキペダルを踏みこんでアンドロメダを停車させた。
いまや、アンドロメダは四方をすっかり霧に包まれていた。
フロントガラスの向こうは白。サイドガラスの向こうも白。リアガラスの向こうだって白。
「それにしても濃い霧だねえ」
桜は、顔をガラスに貼りつかんばかりにして外を眺めていた。
「まったくだ。こいつはすごい霧だな。まさに一メートル先もわからない」
「あれ?」
燕がおかしな声をあげた。
「どうしたの?」
「きりが、入ってきたよ」
燕が指差しているドアのすき間から、白い霧が車内に入りこんできている。
するすると伸びるその姿は、博斗に、イソギンチャクの触手を連想させた。
気がつけば、アンドロメダの車内もまた、濁ったように白っぽくなってきていた。
博斗は舌打ちして、エンジンを止め、キーを抜いた。
「仕方がない。このままじゃらちがあかない。ひとまず車から出て、それからちょっと調べてみよう」
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