ひかりと快治は、温和な目で遥達を見つめていた。

「博斗さん。あなたの育てた子ども達は、立派な戦士になりましたね」


快治はうなずいたが、すぐに顔をしかめた。

「その瀬谷君は、いったいどこにいってしまったというのだ?」


快治のその疑問の声に応えたかのように、突然、モニターの画像が激しく乱れた。


建覚寺だ。

すでに沈みかけた巨大な夕陽が、境内を囲む木立を茜色に染め、ちょうど、建覚寺の本堂の真正面から、灯篭の並ぶ参道を照らしていた。


本堂のてっぺんに、ありえない奇妙なものが見えた。

本堂の頂点に、真っ黒な十字架が掲げられていた。


なぜ寺に十字架がある?

快治のその疑問はすぐに解けた。


十字架には、かのイエスキリストがそうであったように、ぐったりとこうべを垂れた人間が磔にされていた。


快治の手から葉巻がぼとっと落ちた。


「博斗さん…」

ひかりは血の気を失って息を呑んだ。

意識がどこかに飛んでいきそうになりかろうじてつなぎとめたがよろめき、テーブルに体重を預けた。


遥達は、静止していた。

モニターに映っているものが信じられず、凍りついていた。


どこからともなく声が響いた。

耳からではなく、直接頭の中に聞こえてくる。

夢でもみているようなぼんやりとした雰囲気が快治達を包んだ。


「聞こえているな? スクールファイブとその仲間達よ」


「この声は、ピラコチャ!」


昏睡した博斗を磔にしたまま、十字架は建覚寺の夕陽を背景にしてさらに高々と宙に浮いた。


夕陽に染まった暁の空が、まるで博斗の血のように見えて、ひかりは思わず目をそむけた。


「クロスムーの十字結界は完成した」


「なんだと…」


「もう一つ。てめえらの指導者をとらえた。もうすぐこいつを殺そうと思う」


「なにっ!」

快治が、驚くべき勢いで拳をテーブルに叩き付けた。

「そんなことをさせてなるものかっ!」


まるでその声が聞こえているかのように、ピラコチャが続けた。

「だが、俺達にも情けがある。平等な取り引きといこう」


「情けだとっ? 取り引きだとっ?」

快治は歯を食いしばった。


「誰でもいい。一人でパンドラキーを持ってこい。もちろん丸腰だ。そうすれば、この男は返してやる」


快治は絞り出すようにうめいた。「パンドラキーを渡すことなど、出来るわけがない…」


「さあ、この男の命をとるか? それともパンドラキーをとるか? はっはっはっはっはっ」

ピラコチャの笑い声が響いた。


「いいな、明日の夜明けまで待つ。それまでに来なければ、クロスムーがこの男を殺す! おかしな真似をしたときも同じだ。いい返事を期待しているぜ」


頭を取り巻くようなけだるい感じが消え、それっきりピラコチャの声もしなくなった。

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