「なあ、もう時効だろ? なんで別れようと思ったのか、教えてくれないか?」

博斗は聞いた。

「嫌ならいいけど」


「あのね、博斗は、人が大きすぎたのよ」

望は唇にかすかに笑みを浮かべている。

「へ?」

「私なんかには、もったいないなって。博斗はもっと大きな人になると思ったから。なんだか私が一人占めしてるみたいで、すごく苦しかったの。きっと、博斗には、もっとふさわしい人がいるんじゃないかなって、そう思ったから」

「それで、身をひいたの? なんだよそれ? お前、それでほんとに自分の気持ちにオッケーだったのか?」


「ごめんなさい」

望はうなだれた。

「でも、ああすることがいちばんいいと思ったから、後悔はしてないの。それに、いまさらより戻そうなんて、それで博斗はオーケーしてくれる?」


「…もし、なにもなければ、正直いってわかんないところだと思うけど。いまの俺は、お前を受け止めることは出来ない。いろんなことが俺の肩にのしかかってるんだ。だから、友達以上恋人未満って奴だな。それ以上には、ちょっとなれそうもない。ごめんな」


「どうして博斗が謝るのよ。悪いのは私なのに…」

望はポケットから出したガーゼで顔を拭いた。

「なんだよ、泣いてんのか?」


「ええ。博斗、昔のまんまだから、なんかうれしくて」

「いーや、前よりもっと男らしくなったぞ」

博斗は自嘲気味に笑った。


望も笑った。

「やっばり、私なんかじゃ博斗にはもったいないわ。きっと博斗には、もっとふさわしい人がいると思うわ。たとえば、遥みたいな…」


「ぶええぇぇぇぇっくしょいいぃぃ! なんだ、もう花粉の季節か?」

「はる…」

「あんだって? あたしゃ神様だよ」


「まあ、いいわ。遥もただの憧れみたいだから。でも、憧れが本当の恋に変わるときもあるのよ。気をつけなさい、博斗・さ・ん」

「まあ、ぼちぼち気をつけるよ」


望は急に手を叩いた。

「そうだ。いちばん大切なこと聞くのを忘れてたわ。博斗、病院になにをしにきたのよ?」


「え? ああ、そうか。俺も忘れてた」

博斗は、やや声を潜めて言った。

「最近この病院で、なにかおかしなことないかな?」


「おかしなこと…。そういえば今日はなんとなく、いつもと雰囲気が違うような気がしてるけど…」

「どんな感じ?」


「うーん。ただなんとなく、ね。今朝、小児科に来てた子もそんなこと言ってたっけ」

「もしかして玉次郎じゃないのか?」

「そうそう、その子。面白い名前だから覚えてるわ」


「ふ~ん」

博斗は黙りこんだ。遥にムー人の血が流れているということは、その姉の望にも同じ血が流れている。

なにかを感じても不思議はない、か…。


「ねえ、博斗」

「う~ん?」

「なにか危ないことしてるんでしょう?」

「ぜんぜん」


「嘘。遥がときどきものすごく疲れた顔で帰ってくるわよ。とても普通の学校生活してる顔じゃないわ」


博斗は鼻を鳴らした。

「確かに、何もないと言えば嘘になる。けど、いまは何も聞かないでくれないか?」


「わかったわ。遥も、疲れてるけど、すごく生き生きした顔してるし、博斗を信じておきましょう」

「ありがと。恩に着るよ」

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