「知り合いなのか、中津川君?」

インターンは怪訝そうな顔をした。


「ええ、まあ。古い友人です。どうも、ご迷惑おかけしたようで…」

「まったくだ。では、しっかりおもりしてくれたまえ」

「はい」


博斗は去っていくインターンの後ろに舌を突き出した。

「かーーーっ! 誰が『おもり』だ!」


「子どもみたいに駄々こねないで。ちょっと、こっちに来て」

望は、有無を言わさずぐいぐいと博斗を引っ張った。


ロビーを抜け、中庭のような広場にやってくると、その隅にある自販機の前まで博斗を連れてきた。

「なんなんだ望? こんなところまで連れてきて」


「あのままにさせるわけにいかないでしょう? 患者さんみんな笑ってたわよ」

「うるさいなあ。俺はああいう奴が嫌いなんだ。世の中の苦しみのこれっぽっちも知らないくせして人を救うような救世主面しやがって!」


「相変わらずまっすぐなのね」

「やめろよ、そういうこと言うのは」

「ふふ。…あーあ、失敗した。やっぱり別れるんじゃなかった」

「もうよせよ、昔のことだろ」

博斗はそっぽを向いて壁を蹴った。


望は、話をそらすように言った。

「お金、持ってるんでしょう? なにか飲みましょうよ」

「なんで俺の金なんだよ」

「私、仕事中はお金持ってないもの」


財布から小銭を出して、望に渡しながら、博斗はぶつぶつと愚痴った。

「仕事中の奴がこんなとこにいていいのかよ」

「博斗をほっとけないの。他の看護士に手出しされたらこまるでしょ?」

「ふん。手を出すとしたら望だけだ」


望の顔が薔薇のように赤く染まった。

「へ、変なこと言わないでよ。…博斗は、なに飲むの? 豆乳?」

「俺が豆乳嫌いなこと知ってるくせに」

「豆乳は体にいいのよ」

「俺は母乳がいい」

「コーヒー牛乳ね」

「人の言うこと聞けよ~」


望は、博斗を無視して自販機を操作した。

「はいっ、コーヒー牛乳」

「ちぇっ。まるで俺の言うことなんか聞いていやしない」

「博斗の扱い方はよくわかってますから」


二人は、中庭の柔らかい陽光の下で、傍らのベンチに並んで座った。

「ちぇーっ! お前がここにいるのすっかり忘れてた。あーあ来るんじゃなかったぜ」

「悪かったわね。私だって、博斗が来るなんて思ってなかった」


「んで?」

「なに?」

「どうなんだよ、景気は?」

「ええ、まあ、それなりね。博斗は?」

「ええ、まあ、それなりね」


「真似しないでよ。でも、聞いてるわよ。ずいぶん、いい仕事してるみたいじゃない」

「なにが?」


「遥にいっつもおのろけ聞かされてるのよ、私は。やれ今日の博斗先生は素敵だったとか、やれ今日の授業は面白かったとか…」


博斗の手からぽとりとコーヒー牛乳の紙パックが落ちた。

「はるか? 遥…中津川遥。中津川、望…うおぉっ! しまったあぁっ! なぜいままで気付かなかったんだあぁ! お、おおおお、お前、ま、ま、まさか、遥の姉貴だっのかあぁ?」


「そ、そうよ。やだな、昔よく話してたでしょ? 妹のこと。でもびっくりしたわ。まさか遥と博斗が巡り合うなんてね。すごく複雑な気分」

「なんなんだ、その複雑な気分ってのは? 忘れたとは言わさないぞ、フったのお前のほうじゃんか」


「そんなの、わかってるわよ。でも、まだ私のほうがふっきれてないみたい。…博斗はふっきれてるみたいだけど」

「ふん。俺は恋多き男なんだ」

「そうよね。博斗、いい人だものね。全身から言葉の端から、魅力があふれてるもの」


望が言うのを聞きながら、博斗は、ぼんやりと懐かしい日々に思いを馳せた。

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