11

「ふう」

戦闘から解放された翠は、軽く息をつくと、長い髪をかきあげた。


「お姉ちゃん! かっこよかったよ! すごかったよ!」

玉次郎が駆け寄ってきて、翠のまわりを跳ね回った。


「ええ、そうですわね。でも、わたくし、言いつけを守りませんでしたから、これからお説教されにいきますのよ」

翠は寂しく笑うと、立ち上がった。


いっぽうの博斗は、ステージの裏で腕を組んで立ち、考えこんでいた。

さて、どうしたものか。


基本的には白昼夢ということにして、知らぬ存ぜぬを貫くしかないんだろうが…かなり間近で見た玉次郎とあずさと稲穂は、とてもだまし通せやしないだろう。


まあ、仕方がない。

過ぎたことを気に病んでも仕方がない。


それよりむしろ、翠の変化のほうが、かけがえのない収穫だ。


見ると、翠が、はじめずいずいと、だがだんだんと足取りが重くなり下を向きやってくるところだった。


翠は博斗の前に来ると、それでも、唇をへの字に結んで博斗を不敵に見つめた。

「博斗先生。わたくし、馬鹿ですから、先生の言いつけを、破りましたわ。みなさんが見ているところで、変身してしまいましたわ。スクールファイブがわたくし達であることが、けっこうたくさんの人達にバレたと思いますわ。とり返しのつかないことを、してしまいましたわ。叱るなら、叱ってくださいな」


そう一息に言いきると、翠はぷいとそっぽを向いた。


「自分のやったことを、後悔してるかい?」

「後悔なんて、してませんわ! あのとき、あの子達を助けなかったら、きっと後悔していたと思いますけれど、わたくし、子ども達を守れて、なぜかとっても、うれしいんですもの」


「後悔してないのか。そっか…」

博斗は厳しい顔のまま、右手を振りかざした。


翠は、ぶたれると思ったか、顔をそむけて目をきつく閉じた。


「よくやった。…誰が、誰が、叱ったりするもんか。俺は、うれしいよ」

「うれしい?」

「ああ。翠君が、一つ、自分の殻を自分の力で破ったんだから」

「殻?」


「そうさ。君の心には優しさがある。子どもを大切に思う優しさがある。きっと、君自身が寂しい子どもだったから、そういう優しさが育っていたんだろうな。自分と同じ寂しい育ち方をしてほしくないって思って。ただ、いままでの君は、その優しさを、自分のつくった殻で隠していたんだ。でも最近は、その優しさが、抑えきれなくなって表に出ようとしていたんだ。君は、決して特別な女の子じゃないんだよ。人間、みんなおんなじだけど、でもみんなそれぞれ特別なんだよ。そういう価値は、お金や地位だけじゃ計れないな。君の価値は、君自身だ。それがわかってるから、遥も桜も…俺も、君を特別扱いしない。特別扱いしなくたって、君は特別だからだ。他の誰とも違う、一人の人間だからだ」


「一人の人間…」

「そう。だから、普通でいいんだ。普通でいることを恥じるな。普通でいることが、なにより特別なことなんだから」


「な、なんでかしら、わたくし…なぜか、鼻がつーんとなって…な、なんか…」

翠は、顔をくしゃくしゃに歪め、博斗の胸に顔をうずめて鳴咽し始めした。


「なんでかしら、さっぱりわからないのですけれど…うれしい。わたくし、ずっと待っていましたの。…こんな温かさを、ずっと待っていましたの…」


「…そうか」

博斗の右手は、翠の柔らかい髪を撫でただけだった。

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