玉次郎が叫んだ。

「うそだっ! ゲンガマンはぜったい逃げないんだ! どんなことがあってもぜったいくじけないんだ!」

「玉次郎、なにしてるのっ? 早く逃げますわよ?」

あずさが玉次郎に声をかけたが、玉次郎はぼうっと突っ立っている。

「ゲンガマンが逃げたりなんかするもんか!」


「陽光タワーは俺様が頂く! どけいっ!」

タワームーはぐるりとあたりを見回し、客席の後ろに陽光タワーの正面入り口があることを見てとると、ステージから突進を開始した。


「ひっ!」

タワームーの前に逃げ遅れたあずさが、悲鳴を上げた。

「うっとうしい、邪魔だっ!」

タワームーはあずさをひっつかむと持ち上げた。

「は、はなしなさいよっ! 玉次郎、助けて!」


玉次郎は、はっとした。戦闘員達の間をかいぐって、がむしゃらにタワームーに殴りかかる。

「あずさ様をはなせよっ!」


タワームーは、空いているほうの片手でなんなく玉次郎を止め、ふんと突き飛ばした。

玉次郎が二回三回と後転して地面を転がる。


普段の鼻持ちならない様子などどこかに行ってしまい、あずさはめそめそと泣き出した。

「はなしてよ、はなしてよお」


それを見てタワームーが高笑いした。

「泣け、わめけ! いい気分だ! その恐怖が俺様の力になる!」


「だれか…。パパ、ママ、玉次郎…。だれでもいいからたすけて」


あずさのその姿を見て、翠の脳裏に記憶が訪れた。


小さい頃の公園の記憶。

一人でわんわんと泣いていたこと。


すごくみじめな気持ち。

誰も自分を助けてくれないとわかったときのみじめな気持ち。

誰かの助けがないと自分がなんにも出来ないと知ったときのみじめな気持ち。


翠は、つまづいて転んだだけなのに、いつまでも泣いていた。


ぴーぴーと泣いているあずさの姿が、翠になにかを語りかけていた。

もやもやとしていた気分が、こんがらがった塊となって喉のあたりまで持ち上がってきていた。


翠は、毅然とした決心を胸に秘め、振り向いた。

「お待ちなさい!」


タワームーの前に、翠は立った。

「わたくし、ヒーローなんてさっぱりわかりませんけれど、でも、目の前の子ども一人も助けられなくて、それで…それでヒーローだなんて、世界を守ろうだなんて、そんなの、おかしいですわ! ほんとうのヒーローは、子ども達を捨てて逃げたりは絶対しないはずですわ!」


「お姉ちゃん! 危ないよ!」

起き上がった玉次郎が、鼻血を垂らしながらわめいた。


「大丈夫。お姉さんは、ほんとはとっても強いんですわよ」

翠はにっこりと笑っい、ちらりと横目で博斗を見た。


「ごめんなさい、博斗先生。わたくし…」

翠は怪人を睨みつけた。

「…変身しますわっ!」


翠は左腕に右手を添えた。

腕章から黄金色の光が満ちていき、翠の全身を包んでいく。


「お姉ちゃんっ?」

玉次郎が、うたれたように翠の変身を見つめていた。

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