10

燕が、気絶している生徒達を次々と押し出してきた。

それと入れ代わるように、桜は、マントを顔に当てながら、それでもなんとなく息を詰めて、煙の中に飛び込んだ。


「博斗せんせ、いる?」

「フンガー、なんだ、桜君?」

フランケン博斗が教室から顔を出した。


「釘だよ! 釘が爆弾なんだっ!」

桜は、一本の釘を手に取った。

「たぶん、釘のなかに圧縮ガスが詰まってるんだ。だから、トンカチで上から叩いた途端、ドッカーンっ!」


「そうか、そういうことか」

博斗はうなずいた。

「じゃあ、さっさと釘を回収しないと、たいへんなことになるぞ」


「ん…?」

桜の手に取った一本の釘が、ゆらゆらと勝手に桜の手を離れ、宙に浮いたかと思うと、生命あるかのように、不意に勢いをもち、桜の顔めがけて突っ込んできた。


「う、うわわわわわっ!」

桜は慌てて首を縮めようとしたが、変身していない桜の運動神経はそこまで俊敏ではなかった。

眼鏡の縁を釘がかすめ、はずみで桜の眼鏡が吹き飛びんだ。


「いててて。…め、眼鏡は…?」

桜は、目を押さえながら立ち上がった。

超ド近眼の桜は、眼鏡がなくなると十センチ先のものもよくわからない。


桜を襲った釘がどこにいったのか、桜は目をしかめて半開きにして探したが、なにしろ対象が小さすぎる。さっぱりだ。


「桜君、右に飛べ!」

博斗の鋭い声がした。


桜は、おたおたと右に転がった。

ガキッと、床を釘がかすめる音。


「おのれ! ちょこまかと!」

耳障りなダミ声が響いた。


桜の眼前で、ぼんやりとした灰色の影が、みるみる膨れ上がる。


桜は、不足している視力を推論で補った。

つまりこれは、怪人だな。

釘がそのまま巨大化して釘怪人になったんだ。


「願いは不況脱出! 建設怪人クギムーっ!」


桜のIQ600を誇る灰色の脳細胞が活発に計算した。この状況で、いちばん勝算のある戦い方はなにか?


眼鏡はどこに行ったのかさっぱりわからない。

それに、眼鏡をかけてクギムーを見ることができたところで、どう戦うというのか? むしろ、スクールファイブに変身して、強化服の力で視力を補うほうがいいだろう。


煙は色濃く、この教室の外から中は見えない状態。

教室にいた生徒達は気を失ったうえに燕が外に連れ出した。

したがって、スクールファイブに変身することの出来る条件は整っている。


だが、右手で口と鼻を覆っているマントを握っている限り、左腕の腕章に手はかけられない。

マントを捨てると、桜自身が煙を吸うことになってしまう。


しかし、煙が効果を発揮するより前にスクールグリーンに変身すれば、強化服によって強化された体の耐性が、おそらく煙の効果を多少は緩和してくれるだろう。


生身だった翠が、煙を吸いこんでから正気を失うまでの時間を標本として、強化服によって耐性アップされた体が、煙の効果をどの程度やわらげるかを考えれば…。


なんとかなるさ。もしその時間を超えてしまうと、桜ではなく、スクールグリーンが、だれかれ構わず攻撃するという恐ろしい事態になるが、桜はそんなことは考えないことにした。科学に大切なのは自分の力を信じることさ。


決心した桜は口と鼻を覆っていたマントを床に捨てた。

「気でも狂ったのか? そんなことをしたら、煙を吸っちまうぞ!」


桜は、博斗とおぼしき人影に向かってウインクした。

「まあ、見てなって」

桜は、いままでマントをもっていた左手で右腕の腕章を押さえた。

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