「博斗先生が…ですか?」

「意外かい? 俺は悩みなんかなさそうなアホ面してるからな」

「いえ、そんなことは…」

由布はやや頬を染めて、かすかに微笑んだ。


「俺達の文明は、確かに、地球をぎりぎりのところまで追いつめている。…このままほっとけば、あと五十年もすれば資源が枯渇して、環境もボロボロ、生態系は大きく変わり、地球は新しい環境の支配する星になってしまうだろうな。だからといって、俺達の生活を壊せばいいのか? たとえば原始生活に戻るなんてできるか? それは無理な相談だ。いまの人類が生きていくにはな。だからムーの連中は、俺達の文明も、何もかも、一度すべて破壊する必要があると言いたいんだろうな。連中は地球の救世主気取りだから。そして、その言い分に一理あるのも確かなんだ」


「それは、人間ではなく地球という一つの大きな命を考えたときのことですか?」


「うーん…。そうだなあ」

博斗は目を細めた。

「地球は生きている。だが、俺達も生きている。その生命の価値に、相対的な違いはない。人間も、地球も、一つの生命として同じ重さを持っている。…わからないもんだなあ」


こうして博斗達が話している間にも、すぐ下の方の街並みには車や人が行き交いし、陽光中央駅を通る列車の汽笛が聞こえる。

だが、それとはまったく対照的に、陽光港の向こうに広がる静かな海原と、水平線を挟んでさらに広がる高い空は静かで、まるで永遠のようにさえ思える。


「生命は、海から来た…」

博斗はぽつりと呟いた。

「だから、海を見ると人間は心が落ち着くんだという人がいる。海は、地球の生態系のサイクルのなかで、いちばんの根元だな」


「でも、人間は、その母なる海を汚しています」

「そうだな。それは、調査した君たちがいちばんよく知ってるだろう?」


「はい。…この数年は多少改善されましたが、それでも、なにか、根本的に間違っていることがあるように思うのです。汚染は程度の問題ではなく、なにか、もっと本質的な…」


博斗は肩をすくめた。

「そうかもしれないな」

それこそ、シータが博斗に突き刺したことだろう。


だが、なにか違う。

シータの言い分を、完全には受け入れられないひっかかりが、博斗にはあるのだ。それがなにか、なんとかわかれば…。


博斗は、シータに屈するわけにはいかないと自分に改めて言い聞かせた。やはりシータは間違っている。

シータの論理に納得できる部分があるとしても、それを全面的に受け入れることはできないし、ましてや、シータの側につくなんてことができるわけがない。


少なくとも、この子達を裏切ることは出来ない。

ひょっとしたら、それが答えなのかもしれない。


「あの…わたし、戻ります」

由布は振り返った。

「また、わたしが弱くなりそうなときには、助けてくれますか?」

「もちろんだ。必ず」


由布はぺこりとお辞儀をすると、スカートを押さえながら非常口に歩いていった。

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