夕食を食べ、ゆっくりとバスに入って体をほぐし、ほんのりと暖まった体を、真っ赤なパジャマに通し、遥は寝室に戻った。


ほんと、ナースって大変な仕事よね。なんで望さん、ナースにしたのかな? 望さん、帝大の医学部だって合格したのに。…へんなの。あたしにはわかんないや。


部屋に戻った遥は、小さく伸びをして、目覚し時計をセットした。そして、机の横の出窓を少しだけ開き、机に向かった。

初秋のひんやりとした夜気が部屋に入ってきて、なんとなくぼんやりしていた遥の頭をすっきりさせる。とはいっても…。


「はあ~、もう、かったる~い」

遥はげんなりと机に突っ伏した。仕方なくぺらぺらと教科書をめくり、てきとうに目についた文を読み上げてみる。


「I am a pen. Bob was eaten by Japanese Tempura. Nancy and Ken has been the book yesterday.…翠にだけは負けられないんだから」


翠のことが頭に浮かんだついでに燕が今度は頭に浮かんだ。

「燕、今回は大丈夫なのかなあ。あたしでもこんなひーひーしてるんだもん、あの子もっとまずいんじゃないかな?」


燕に続けて、桜と由布が頭に浮かんだのはごく自然の流れだった。

「こーいうときって、桜の脳みそがほしくなるわね。…明日、聞きにいこっかな。あ、由布はどうしてるのかな? やっぱ、あたしと違ってちゃんとしっかり勉強してるんだろうなあ。由布って、しっかりさんだからなあ」


遥は、こうして、ぼけーっと出窓から夜空を眺めている自分に気付き、再び頭を振った。

「…はあ。ぜんぜんすすまないなあ。あー、暗記パンがほしーっ!」


理屈では、そんな方法で点数をとってもなんの意味もないし、遥自身、あとで後悔するだろうとわかってはいるのだが、これだけ切羽詰まってくると、やっぱり欲しいものは欲しいのだ。


「あーあー、神様でも仏様でも悪魔でもいいから、誰か助けてよ、もう」


(その願い、聞きとげて進ぜよう)

「…」


(いま、参る)


遥は立ち上がった。どこからか声がする。

「誰?」


遥の目に、出窓の外の夜空に輝く光が映った。

なんだろうと思う間もなく、光は大きくなり、遥の部屋を包みこまんとばかりに膨れ上がった。

そのまぶしさに遥は思わず目を閉じた。そうしてさえ、瞼に真っ白な光が焼き付いたようで、遥は手で目を覆って、顔をそむけた。


光は去っていった。

「…なんなのよ、いったい?」

遥は、ぱちぱちと瞬きしながら、部屋を見回した。

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