不意に稲穂が、手にしていたものを棚に戻した。

「どうした?」

「ちょっと…」

稲穂は、おばちゃんに近づくと、なにやら耳打ちした。

おばちゃんは部屋の奥を指差す。なるほど、生理的欲求というやつか。


稲穂が奥に姿を消すと時を同じくして、ぎゃーぎゃーとわめく聞き覚えのある声が、店の外から聞こえてきた。


路地から覗くと、案の定、五人が、三本の傘の下にひしめくようにしてやってくる姿が見えた。要は、誰がいちばん傘に守られているかということでもめているらしい。


と、コウモリ傘を持って五人の端にいた由布が、不意に傘を離して雨の中に飛び出した。

「由布、どうしたの? 濡れちゃうよ?」

由布は雨を気にする様子もなく四方を見回し、そして、不意に両手で顔面を覆った。


雨粒のなかを、きらりと小さな輝きがかすめた。輝きはまっすぐに由布めがけて飛び、由布の腕で跳ね返された。

「誰っ?」


博斗の視界の隅にあったカーブミラーが、白光を発し、見る見る形を変え、地面に降り立った。

やれやれ、おでましか。


怪人にしては、わりと普通の体格のようだ。ただ、全身を小さな金属片がくまなく覆っており、雨の雫のはたらきもあいまって、きらきらと幻想的に輝いている。

「ミラームー!」

怪人は名乗りをあげ、博斗は顔をしかめた。なんて耳障りな声だ。


「久しぶりだな。瀬谷博斗」

また別の声がした。これは聞き覚えがある。


降り注ぐ雨の中に、黒い姿がぽつんと浮かんでいる。

雨に濡れる黒い姿には、畏怖さえ覚えてしまう。

「シータ!」

「今回は、敵同士だ」

「ふん。当たり前だ」

博斗は鼻を鳴らした。


「ミラームー、路地では戦うな」

シータは怪人に声をかけた。

「なぜだ?」

ミラームーはざりざりと聞き返した。


シータはしばらく黙りこんだ。

「…狭い場所ではスクールウェーブを使わない恐れがある。広い場所に誘え」

「承知」

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