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それから十分足らずのうちに、すっかりボロボロになった市民プールを、博斗達はこっそりと後にした。


「あとは、警察とかそのへんに任せとこう。…死人も出てないことだし」

「あ~あ、でもこれじゃ、今年のプールはもう終わりですね」

遥は地面の石を、かつんと蹴飛ばした。

「まあ、いいじゃないか。とりあえず、泳ぐには泳げたわけだし」


博斗は、やや遅れてついてくる玉次郎達に振り返った。

あずさが、つんと澄ました顔をして歩き、その後ろにひょろひょろと玉次郎がくっついている。


「ちょっと、玉次郎! 喉が渇いたですわ!」

あずさは、ガードレールにちょこんと腰かけた。

「う、うん。な、なんか、飲み物買ってくるよ」

玉次郎はおたおたと体を探って財布を取り出した。


博斗は、するすると玉次郎に近づくと、その首を抱えこんでささやいた。

「なんだお前、女の尻に敷かれて、情けないぞ」

「しりにしかれる?」

「んー…つまり、女にこき使われるってことだ」


「う~ん…ううん、僕はちがうよ」

「なーにが違う?」

「僕は、あずさ様の役に立てれば、それでいいんだもん」

玉次郎は小銭を握り締めるとたったっと走っていった。


博斗は肩をすくめた。

「本人が、そう気付いてないのが、いちばんたちが悪い」

「それは、違うのかもしれませんよ」

由布が言った。


「なにが?」

「玉次郎君…少なくとも、彼女に、相手をされるようになったじゃありませんか」

「…そう言えば、そうか」

「たぶん、あずさちゃんも、ほんとうは玉次郎君になにか、お礼が言いたいんですよ。…でも、お礼の仕方がわからない。それで…」


「なーに、素直じゃないんだから! ほんと、お嬢様って、扱いにくくて、イ・ヤ・よ・ね」

「どうして、わたくしを見て喋るのですかしら?」


玉次郎がジュースの缶を手に駆け戻ってきた。

「は、はい! あずさ様!」

「玉次郎!」

「は、はい~っ?」


「自分のぶんはどうなすって?」

「ぼ、僕はいいです! いいです! お金、ないですから!」

玉次郎は首をぷるんぷるんと振った。


あずさは、上目遣いに玉次郎を見ると、ぷしっと缶を開け、一口、二口と飲み、まだ中身の入っている缶を玉次郎に突き出した。


「わ、わたくし、これ以上飲むと、太ってしまいますから…あとは、玉次郎がお飲みになってよろしいですわっ!」

あずさは、玉次郎に缶を押しつけると、すたすたと歩きはじめた。


「え、あの、ね、ねえ、あ、あずさ様ぁ?」

玉次郎はどうしていいかわからずに、缶を手に持ったままあずさの後を追った。


「なんだ、けっこうお似合いなんじゃないのか、あの二人は?」

二人の後ろ姿を見て、博斗は思った。


「いいよね、おんなじお嬢様でもさ、子どもって、素直で」

桜はちらちらと翠を見た。

「またまた。どうしてわたくしを見ますの?」


博斗は慌てて間に割って入った。

「ま、まあ、なんにしても、いいじゃないか。とりあえず、事件は解決したんだから。な?」

「そうですよ。…それに、結果的に、わたし達が、あの子達の仲を取り持つことが出来たんですから、すごく、いいことをしたんだと思います」


「そうですわ! たまちゃん、息継ぎして泳げるようになりましたわよ!」

「…戦うだけが、スクールファイブの力じゃないってことかな」


「おっ、遥君、うまくしめたじゃないか!」

ヒグラシが鳴く道を、一行はのんびりと歩いていくのであった。

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