5
そしてさらに数日が過ぎたある日の放課後。
博斗はふと思い出し、棚の上の瓶に目をやった。緑色の小さなつぼみだが、血のような赤い筋がそのつぼみを包んでいる。
気のせいか、前よりも赤が濃くなっているようだ。つぼみそのものも膨らんでいるように見える。
そのとき、血相を変えたひかりが教員室に駆け込んできた。
「は、博斗さん! ちょっと来てもらえますか?」
ひかりに引かれるまま、博斗は保健室にやってきた。
「こちらへ」
ひかりは博斗をカーテンの奥へ招いた。
奥には、気分の悪くなった生徒などを休ませるためのベッドが二つ並んでいるのだが、そのうちの一つに、生徒が眠っている。
「どうかしたんですか? この子が?」
「…この子、いまさっき、中庭に倒れていたんです」
「中庭?」
「ええ」
ひかりは言いながら、布団を少しめくり、生徒の首筋を指差した。
「何かに、血を吸われているんです」
「血?」
博斗は目を近づけて、首筋を見た。
小さな赤い傷口がある。
ハチか何かに刺されたようにも見える傷だ。
「虫かなにかですかね?」
「いえ。…傷口に、葉緑素が付着していました」
「葉緑素? …ってことは、植物か?」
そう言いながら、博斗はあの不気味な植物を思い出した。
そういえば、いつか稲穂が、血を吸う植物だとか吸わないだとか…。
「ちょっと待っててもらえます? 心当たりがあるんですよ」
博斗は教員室に引き返し、棚の上のエロガンダの瓶を取ろうとしたが、ぎくりとして手を引っ込めた。
明らかに、エロガンダのつぼみが膨らんでいた。
博斗は保健室に飛び込み、ひかりの前に瓶を出した。
「これですよ、ひかりさん」
すると、目を見張る出来事が起きた。
「あ! ああっ!」
二人の見る前で、瞬く間にエロガンダのつぼみが膨れ上がり、一枚、また一枚と花弁が静かに開いていく。一分もたたないうちに、エロガンダはすっかり花開き、鮮血のような赤いその姿をあらわにした。
エロガンダは、セルジナのフィアンセの前でしか咲かない。
それが真実かどうか、博斗は疑っていたのだが、それまで咲く気配すら見せていなかった花が、見ているうちに咲いてしまったとなると、驚かざるを得なかった。
「いったいどういう花なんです、博斗さん?」
ひかりは、博斗と同じように目を驚きに見開いている。
「あー…」
博斗はややためらったが、セルジナが話したこの花のいわれを、かいつまんでひかりに伝えた。
「…では、私はセルジナさんの運命の人、というわけですね?」
「い、いや、そんなわけないですって!」
博斗は思わず声を荒らげて、自分の声の大きさにどきりとした。
「ふふ、大丈夫ですよ、博斗さん。私は自分の意志で行動しますから。セルジナさんには謝らないといけませんけど」
「そ、それならいいんですけど…」
「とにかく、この植物が、事件に何か関係あるかもしれません」
「あ、ああ、その可能性はあると思う」
博斗は言いながら落ち着かなく、不気味な赤を誇示するエロガンダを見つめた。
そのとき、ドアをノックする音がした。
「はい、どうぞ」
「失礼しまっす」
独特のアクセント。
よりにもよって、このタイミングではいちばん来てほしくない人物に来られてしまった。
「ミスタ博斗、ここにいると聞いてきましった。ワタシ、今日はもう帰り…」
そこでセルジナの言葉は途切れた。
セルジナの視線は、ひかりの横に置かれた小瓶にクギづけになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます