その日の放課後、遥は稲穂を実験室に案内した。


生徒会室のある部室棟から階段を上がり、普通の教室のある1号棟を通過して、2号棟に、実験室がある。

理科部の部室も兼ねているのだが、それにしても一フロアすべての教室が実験室というのだから、はた目には異常である。


遥にはその理由がわかっている。桜もいま、そのために実験室にいるはずだ。

「桜を呼んでくるから、稲穂はここでちょっと待っててね」

遥は、稲穂を外で待たせ、実験室に入った。そして隠しスイッチを押して、黒板を回転させた。


「あれ、遥。珍しいね、ここまで来るなんて」

と、白衣に身を包んだ桜。その手元には、緑色の腕章がおかれている。


「新聞部員一名様ご招待よ」

「新聞部員? それは助かるよ」

「廊下に待たしてるから、来てくれる?」


遥と桜が廊下に出ると、稲穂は窓の外を眺めているところだった。

「お待たせっ」

「あ、はい」


「稲穂、この人が桜よ」

「よ、よろしくお願いします」


「新聞部に入りたいっていうのは、何か理由でもあるの?」

「そ、その…」

「んー?」

「スクールファイブを写真に取りたいんだって、ね、稲穂」


「い、いえ…ただ、見てみたいなって…それだけです」

稲穂は赤面してうつむいている。

「…よし、それなら決まりだね。新聞部入ってよ。それとさ、ついでに部長もやってくれないかな?」


「ええっ!」

「いや、僕ね、こないだの怪人研究部で、部長やるの29個目なんだ。…そろそろ、わけがわからなくなっててさ」


「さ、桜、いくらなんでも、いきなり部長ってのは無理があるんじゃない?」

「いやあ、大丈夫だって。ノウハウは僕が教えてあげるし。…な、やってみなよ、稲穂。なにごともチャレンジだと思うよ」

桜はぽんと稲穂の肩を叩いた。


「はい、やらせてもらいます」

稲穂はぱっと顔をあげ、驚くほど快活に答えた。


今までの稲穂の雰囲気からすると、意外なほど潔い返事に、新聞部をすすめた遥のほうが戸惑った。

「ほ、ほんとに、大丈夫なの? ぶ、部長ってことは、新聞部の場合、編集長なのよ?」

「はい、任せてください。きっと、なんとかなりますよ。こんなチャンス、めったにありませんから」


「そうだけど…。まだ学校にも慣れてないだろうし…」

「遥、くどいくどい。本人が決めたことなんだから、それでいいんだよ、ね、稲穂」

「はい」


「まあ…いいけどね。あたしも、稲穂が喜んでくれれば」

そうは言ったものの、遥は少々面食らっていた。さっきまでの稲穂とはずいぶん雰囲気が違うような気がしたのだ。


「でも、びっくりした。稲穂って、けっこう明るいのね、ほんとは?」

「…あ、い、いえ、私なんか全然駄目で…。ただ、うれしかっただけです」


「じゃあさ、さっそく部室に案内するから、ついてきて?」

と桜が、稲穂に声をかけた。

「は、はい」

稲穂が遥のほうを見た。


「あたし? あたしはいいよ。桜、生徒会室にいってるからね。もし用が済んだら、ちゃんと顔出してよ?」

「わかってるって。僕はどこかのお嬢様とは違うよ。朝もちゃんと顔出してるでしょ?」

「それもそうね。じゃ、稲穂、頑張ってね」


「はい。…あの…」

「?」

「今日は色々、ありがとうございました。助かりました」

「いいんだよ、遥にお礼なんて。遥は人助けが趣味なんだから、ね」


「…誉められてるのか馬鹿にされてるのかよくわからないけど、まあ、そういうことよ」

「じゃ、遥、また」

桜は稲穂を連れて歩き始めた。


遥は、二人の後ろ姿を少しだけ見つめて、自分も生徒会室に向けて歩き始めた。

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