暴食編
暴食ウォールに阻まれたアンノウンクライシス
1話「アイスクリームとコンビニ強盗」
幸せってなんだろうか。愛されること?笑顔でいること?生きていること?それとも──。
戦火で焼け野原となった炎天下の下で、その全てが揃っていても幸せなのだろうか。茸のような巨大な雲の下で思う。
あらゆる知識を持っていても、私はその答えがわからなかったけど……ゲンジロウ、向日葵のように太陽を見上げる君の姿は今でも鮮明に思い出せるよ。
腹が空いた。それだけの理由で部活帰りの男子高校生は買い食いができる。例え自炊ができようとも、コンビニアイスの誘惑には勝てない。
というわけで俺こと雑賀サイタはコンビニエンスストアに立ち寄る。白い半袖シャツの下にはお気に入りの漢字Tシャツが、まだ落ちない太陽に照らされて輝いているように、見えなくもない。
ただし俺の周囲には大体不評である。唯一褒めたのは駅前で今頃ストリートライブしている鏡テオくらいだろう。隣、と言うかほぼ同居状態の枢クルリには、母親が安かったからと息子へ買ってくるシャツセンス、と遠回しに罵られた。
いいじゃないか、スーパーに売ってるTシャツは安くてなんぼだろうが。大体意味も分からない英字Tシャツで恥を振りまくより、硬派で理解できる漢字Tシャツが日本人魂だ。
生活費が最近枢クルリと鏡テオのおかげで潤っている俺は、ちょっと豪華なアイスの御徳用ボックスを買おうというくらいには高揚していた。意気揚々と自動ドアが開き、俺は店内に一歩踏み込んだ。
「金を出せ!!」
よし、帰ろう。俺は一歩で振り返ってポケットから携帯電話を取り出す。レジに片足上げていた厚手の服着た男をとりあえず写真に収める。
いやー、こんな時期にスキー服での強盗なんて自殺行為じゃないかと俺は思うわけなんだけど、必死な様子だったし暑さも感じられないほどアドレナリン放出祭りなのだろう。頭が。
さて緊急連絡用の三桁番号を押そうとした俺の後ろ頭に強い衝撃。うん、まあ、最近厄介なことに関わりまくっていたから予想はしてたけど、平和な国である日本でその武器を出すかおっさん。
発砲音に気付いた近隣の人が集まり始めたし、通行人も足を止めて携帯電話のカメラをコンビニに向け始める。ネット普及の弊害がここに。俺の逃げ場が失われていく。
誰だよ動画に広告付けることで金が手に入る仕組みにした奴。こんな危険な状況で再生数のために近寄る馬鹿が増えただけじゃねぇか、と心の中で罵倒する俺の後ろ頭にさらなる衝撃。
おい、二発撃ったな。確かリボルバー形式とかなら六発が定石だけど、俺って銃の仕組みに詳しくないから相手何発の弾を持っているか知らない。いや、知りたくないけどさ。
「そこのチビ!動くんじゃねぇ!!」
誰のおかげで殺人未遂で終わってると思ってるんだおっさん。俺の固有魔法【
俺の周囲に魚のような青い鱗が浮遊し始める。一枚二枚じゃない、十単位から百単位、それ以上の数を俺は皮膚から生やして操れる。右手の平の魚の青痣に似合う魔法だ。
しかし魔法が使えるから選ばれた存在だとか言う恥ずかしい類ではない。二人に一人は当てはまる、固有魔法所有者と言うだけのありふれた話だ。
どこにでもいる男子高校生野球部所属。黒く短い髪も、日焼けした肌も、眉毛の上にある小さな傷さえも普通の日常で語れる類の一般人だ。
何故あえてそんな注釈をつけたか。最近そんな俺の固定概念が崩されまくってるからだよ馬鹿野郎。正直に言えばコンビニ強盗なんて一生縁がない方が良かった。
あらゆることに無関心で無関係。無関心系男子と友人に言われていた俺が、傲慢野郎というあだ名をつけられている俺が、どこぞの事件に巻き込まれていいはずがないだろうが。
なのに錬金術師機関とか、枢機卿の名を冠したカーディナルに、魔人だの七つの罪に美徳だの。こんな腹一杯な状況でコンビニ強盗なんざ満腹直後のアボカドサラダか。
上手くもない例えを頭に浮かべながらも、仕方なく強盗の方へと振り向く。白いスキー服って、遭難したら雪と同化して見つけられない色第一位じゃねぇか。捜索隊の人にとって迷惑な色だ。
そしてスキー用の分厚いゴーグルに毛糸のニット帽。今の季節を忘れたのか。太陽真っ盛りの初夏も過ぎた頃合いだぞ。最早梅雨とかに入って、湿気で洗濯物が乾きにくい時期だぞ。
季節などお構いなしのコンビニ強盗は金を入れる用の袋以外持っていない。待てよ、じゃあ、さっきの俺の後ろ頭の衝撃はなんなんだよ。
嫌な予感がしてきたぞ、おい。そう思った次の瞬間、コンビニ強盗が右手の人差指で銃口の形を作り、それを跳ね上げるように天井へ向けた。
発砲音がしたと思う前に腹へ襲い掛かる衝撃。おいおい、コンビニ強盗も固有魔法所有者かよ。しかもかなり凶暴な仕組みじゃねぇか。
漢字Tシャツの下から青い鱗が軽い音を立てて零れる。俺の鱗はあらゆる物を防ぐし、割れない砕けないの二拍子。問題があるとすれば大きさと連結強度。
簡単に言えば一枚だけなら最強の盾だ。その一枚が爪よりも少し大きい程度でしかない上に、接着力が弱いのか簡単な衝撃で剥がれる。操って固めても、すぐに散ってしまう。
さらに言えば量。鱗は俺の肌表面の分しか生えない。つまりは体が小さ、いや、平均よりも若干慎ましい俺の身長ではそんなに多くないという事実がある。
とりあえず俺の周囲に鱗を散らばせて浮遊させる。弾は見えないし、見えたところで反応できない。さっきの二発はまぐれで防げただけだ。
相手の固有魔法は空気を飛ばすことができる類のようだ。それを圧縮して弾く。人を貫く力はないと思うが、威力によっては外部からの内臓破裂が可能だろう。
限界まで鱗を生やしていく。浮遊させる範囲を広げて、紙吹雪を滞空させるように動かす。またもや強盗の人差し指が動き、それに反応するように鱗が散った。
俺は直感だけで頭を下げた。頭上を掠めるように空気の塊みたいなのが遥か後方へ。そして聞こえてくる悲鳴。あ、やべ。野次馬が集まっていたのを忘れてた。
ま、俺は英雄とか勇者とかそういうの柄じゃないんで、危険なのを知りながら近寄った自分の迂闊さを呪ってくれ被害者よ。だけどこれ以上の犠牲を出すのは流石の俺も良心が痛むな。
とりあえず鱗の動きで大体の弾道は掴めるけど、速い上に反応できない自信がある。そして避ければ俺以外に被害が及ぶ。つまりここはあれか、若者よ犠牲になれ、ただし俺、みたいな感じか。
最悪だ。とりあえず店員の無事を確認して、鱗怪人と呼ばれることを覚悟で全身鱗で固めて突撃でもするか。と考えた俺の眼前で、天井から生える緑色の触手。
……うん、触手って言うとレーティング審査が付きそうな方向に行くから、棘が生えてない茨にしよう、そうしよう。とりあえず確実な意思を持ったそれが音もなくコンビニ強盗に近付く。
そしてまたもや人差し指を俺に向けた瞬間、獣の尻尾みたいな速さでコンビニ強盗に絡みついて締め上げた。もがくコンビニ強盗だが、もう一本床から生えた茨によって完全に動きを封じられた。
「よっしゃあ、
「ういっす。店長権限さすがっす」
レジの影から現れた長身の金髪店員。俺は呆気にとられながらも思わず店員の顔を凝視する。見たことあるぞ、こいつ。
しかも一回や二回じゃない。ただし名前は知らない。とりあえずバイトとしてどこにでもいて、接客関係で何度も会っているような。
そして思い出す。このコンビニ、前に枢クルリと出会った関係のいざこざの後に早朝立ち寄った店かよ。固有魔法所有者バイト、濃いな。
警察の事情聴取やらなんやらでコンビニアイスが買えなかった俺は、こうなったらもう少し高めのアイス専門店にでも行こうかと、翌日の五限の英語授業で考えるわけだ。
同じ部活の西山トウゴにはネットでアップロードされた動画で昨日の事件を知ったらしく、動画見ながら当時の状況を実況する気はないかと誘われて遠慮した。思い出したくもねぇ。
なんでアイスを買いに行っただけで身の危険を味わった上に、バイトが手柄をもぎ取って無表情で喜んでいたことを話さなきゃいけねぇんだよ。
とりあえず電子辞書の影に携帯電話を隠しながら違うクラスの多々良ララにメールする。放課後アイス食いに行かないかと。ただし部活終了後にな。
夏休み前で、軟式とはいえ部活時間が伸びて張り切っている野球部。夏休みは宿題遂行のため休みを多めにくれるが、大体は遊びに消費される運命だ。
なので部活時間が伸びて夕飯の準備が大変な今日この頃。最初は都会で一人暮らしが、いつの間にか友人と呼ぶべきか迷う奴らが増えて今や四人の食卓だ。
多々良ララからメールが返ってきた。食べたい、とだけ。せめて顔文字か絵文字を付ける努力をしろよ、とクールイケメン女子の顔を思い浮かべて涙が出てきた。
俺よりも高身長イケメン顔のクールキャラという特徴が女子高生多々良ララの持ち味だ。ただし最近、なんか夕飯食いに来る時、少しお洒落な服を選んでいる。食うだけなのだから汚れてもいい服にすればいいのに。
色々横に置いといて、今日こそアイス。ちょっとお高め庶民アイスを食べに行く。仕方ないので枢クルリと鏡テオの分も土産に買ってやるか。
とか、考えていた俺の平穏を返してくれやがりませんかね針山アイ、とアイス屋でばったり出会った好み外見中身嫌い女に胡乱な目を向ける。
黒髪ストレートな清楚系女子高生。ただし固有魔法は爪を血で染めて飛ばすというえげつない女である。相手も相手で嫌そうな顔を俺に向けている。
そして何故か深山カノンと、もう一人の後輩らしき女子生徒。お団子頭の今時女子みたいな、普通に可愛い幼馴染系と言うか、悪くない。
「多々良さん、ちょうどいいところに。今から女子同士でお悩み相談室を開催しますので、よろしかったら加わりません?」
「カノンが言うなら。じゃ、サイタ……アタシは女子会とやらに参加するから」
華麗に裏切りやがったな、クールイケメン女子め。お前が参加したところで絵面はイケメンを囲む美少女軍団なんだよ、正直羨ましい。
さり気なく女子会とか言い直してウキウキ女子高生ライフを楽しもうとしているようだが、そう簡単に問屋は卸してやらない。俺も参加してやる。
「あ、雑賀さんは参加拒否ですからあしからず」
笑顔で言うことじゃねぇだろうがぁっ。なに、俺の扱いが雑な気がするんだけど、深山カノンさんとやら。お前が猫耳野郎に片思いしてるの知ってるんだからな。
針山アイも俺に嫌な視線と爪向けてくるし、後輩女子らしき相手はメニュー表で顔を隠しているし、多々良ララなどは既に金髪店員にアイス大盛り注文してるし。
もういい。俺は自分一人だけのために豪華アイスケーキ買って、一人で食ってやる。除け者にした恨みを思い知るがいい、ってこれだと俺が思いしる側か。
なんにせよレジに行ってメニュー表にあるオススメアイスを買うことにする。やっぱアイスケーキは高いから、却下だ。金髪店員が器用に三段重ねしていく。
で、気付くわけよ。見覚えのある金髪、妙に体格の良いバイト、そんでもってやる気のない声に、俺が見上げるほどデカい男。おそらく百八十五近い身長だ。
カップアイス三段を完璧に作り上げた後、俺に渡す段階でやっと思い出したような顔をする金髪店員。さりげなくネームプレートを見れば
「……ういっす。昨日はコンビニでお世話になりました」
「お世話した覚えはねぇけど、お前かよ。なんなの?バイト掛け持ちなのか?大学生?」
「……?いや、多分俺の方が後輩かと……高一なんで」
俺は持っていた通学用のスポーツバックを床に落とした。年下だと。俺の一個下。身長差は二十五センチも差があるのにか。いや、二十センチだ。
心の中で身長に対するコンプレックスを組み込んだ計算をしながら、落としたスポーツバックを拾い上げてアイスを受け取る。俺は後輩キャラならさっきのお団子女子が良かった。
大分西山トウゴに感化されてきた気もするが、仕方ないだろう。最近俺の周囲に集まる男密度多いんだよ。女子成分で平均値を下げたいんだよ、俺が。
「大和、そろそろ休憩はいれ。ただし賄いのアイスは食いすぎるなよ!!」
どうやら金髪店員はこれから休息時間らしい。だが助言してくれた社員らしき男は後半で声を荒げたことにより、俺は嫌な予感がしてきた。
とりあえず振り返ってあの二人の表情を判断してみよう。よし、予想通り。針山アイと深山カノンが机に肘付いて両手で顔を覆っている。行儀悪いけどわかりやすい。
さらにお団子後輩女子も顔を青ざめさせている。唯一いつもと変わらないクール顔の多々良ララが清涼剤のように思えてきた。最近暑いしな、いいことだ。
「お前……嫌いな童話ってある?」
「それ最近流行ってるんすか?眠りの森の美女とか……眠る時間長すぎて腹減って死にそうだなと思うっすけど」
はい、大当たり。もうそろそろこういう流れ止めにしないか。どうせ俺が痛い目見ていく流れなんだろう。もうわかってんだよ、馬鹿野郎が。
七つの童話、七人の固有魔法所有者、七つの錠と鍵。この説明を今更するのも面倒だけど、親切設計として語っておこう。何故か童話に当てはまる七つの大罪を。
傲慢な人魚姫、嫉妬するシンデレラ、怠惰なラプンツェル、強欲な白雪姫、暴食なる眠りの森の美女、憤怒する親指姫、色欲の美女と野獣。つまりはそういうことだ。
ちなみに俺は傲慢野郎なので人魚姫の童話が嫌いである。あんな幸せになれない話があってたまるか。そして多々良ララはシンデレラが嫌いらしい。
枢クルリはラプンツェル、鏡テオは白雪姫、と俺の周囲では童話嫌いが集まっている。どうやら特有の質問に答えた固有魔法所有者は二つの組織に狙われるらしい。
一つは針山アイが所属するカーディナル。もう一つは深山カノンが関わる錬金術師機関。この二つは扉を開けるため、七つの錠と鍵を集めている。
で、鍵と言うのが童話嫌いの固有魔法所有者、つまり俺達。ただし該当者は他にもいるらしいので、あくまで候補だとか。もうずっと候補対象でいいから、無関係でいさせてくれ。
話は戻して大和ヤマトのことだ。俺はしっかりと昨日、こいつが固有魔法を使って強盗犯を捕まえているのを見ている。そして童話嫌いときた。しかもそのバイト先に深山カノンと針山アイ。
これはもう問題の類だろう。錠となる魔人の存在とかもでてきてるし、俺としてはそろそろ身を引きたい頃合いなんだが、何故か磁石のように引き寄せられてくる厄介案件の山。俺の日常は光の速さで消えていってるぞ、おい。
「あ、ちなみにあそこにいる団子頭が俺の幼馴染の三浦リンっす。同じ高一で、あの……フリル装飾過多の女性は同じ高校の先輩らしいっす」
「まじもんの幼馴染キャラ、ただし俺無関係と来たか……でも、へー……お前と並ぶとお似合いだな。身長的にも」
「いやでも料理下手なんすよ。俺、料理下手な女性はちょっと……」
「聞こえてんのよ、馬鹿ヤマト!!今からカノン先輩に習って、いつかアンタを参ったと言わせてやるんだからぁあああああ!!」
よし、ラブコメは俺が全く無関係なところでやってくれ。別に羨ましいとか、俺もああいう普通女子が欲しいとか、そんなこと思ってないんだからね。
テンプレな状況と心の中のテンプレ台詞を終えた今、何故か休憩に入った大和ヤマトとアイスを食べながら顔を突き合わせる羽目になったわけだが、女子からの視線が背中に突き刺さって痛い。特に針山アイ。
お団子女子も羨ましそうに俺を睨んでくるし、深山カノンはいつもの涼やかな笑顔なんだけど明暗で言えば暗い、つーか、黒い。暗黒微笑ってああいう感じなのだろうか。
要するに目の前の男が暴食に担当する眠りの森の美女枠なんだろう。俺の目の前でアイスを十種類を軽く平らげている姿で明白だよ。
「お前……高一なんだよな?学校は?」
「工業高校なので、進学校よりは大分緩いっす。やっぱ世の中手に職なのはどの時代も変わらないって、
「……爺が二人いた気がするぞ?」
「ナレッジ爺は曾爺ちゃんの友人で、昔から我が家の守り神的な存在っす。なんでも知ってる知識人なんすよ」
今まで無表情でアイスを食うことに心傾けていた大和ヤマトが嬉しそうに語る。ジジコンということでよいだろうか。
しかし曾爺さんの友人となると、かなりの高齢になるのか。守り神とか言われているし、皺だらけの顔しか思い浮かばない。
「なんでも第二次世界大戦の……広島。あそこで出会ったらしくて、二人でいろいろ乗り越えてきたらしいっす」
「予想よりも重い話になりそうだから詳しくは聞きたくねぇけど、ナレッジって名前は外国名か?」
「らしいっす。ナレッジ爺はずっと旅してきたけど、曾爺ちゃんと意気投合して定住地を我が家にしてなんとかかんとか」
「後半が曖昧すぎて意味がわからねぇ!お前は食べることと爺共にしか興味がないのか!?」
賄いのアイスをおかわりしに行って社員に怒られている大和ヤマト。燃費悪いのか、あの体格でこれだけの甘味を消費するってどういうことだ。
目の前に積まれたアイスカップの山がこちらの食欲を減らしていくようだ。廃棄用の割れたアイスコーンを手にして大和ヤマトが再度食い始める。
ひたすらクッキー触感のそれを食らい続けていく。唇の端についたカスさえも舌で舐めとったり、指で摘んで口に入れたりと食べることに従事している。
「……お前、その食欲はどこから?」
「昔からっす。なんだか腹が満腹にならないと言うか、満腹になる前に腹が減ると言うか……とりあえずナレッジ爺には体鍛えてメタボ予防と言われて、筋トレを日課にしてるっす」
「グッジョブ見知らぬ爺!おかげで見苦しくない外見か。そういえば見事な金髪だけど、染めてんのか?」
「そうっす。ナレッジ爺と曾爺ちゃんが向日葵好きだったから……太陽を見上げる姿が眩しくて……あと美味しい油取れるから」
うん、後半はお前の好みだったな。それにしてもここまで爺語りさせられると、俺もなにかしら祖父母の話でもと考えるが。
いやでも俺の家って、父母が既に熱愛カップル的な生活で子供に迷惑がかかっている上に、祖父母もそれに巻き込まれて辟易している姿しか思い出せない。
とりあえず実家に帰るとひたすら美味しい物を勧められて、断れずにいると腹がはち切れそうになり、最終的に夕飯が食えなかった思い出が……って。
「お前、もしかして昔から爺ちゃんとかに勧められた食べ物全部食べてきたタイプか?」
「そうっす。でも夕ご飯は残せないし、お菓子は美味しいし、この時期は西瓜が美味しくて……」
甘やかし爺の英才教育の賜物だった。主に食欲方面での。そんでもってこいつ実は良い奴なんだろ。爺共の困った顔が見たくない的なアレだろ。
「だから働いて自分の食費だけでも稼いでいるっす。うち大家族なんで」
「ああ、兄とかいそうだもんな」
「兄二人、姉二人、妹一人に弟二人と猫の三毛に茶虎と斑に犬の太郎次郎三太と金魚に親戚の叔父さん叔母さんに従妹の……」
「もういい!よーくわかった!!つーか犬!!そこは三郎にしてやれよ!なぜそこで一匹名前の法則が乱れた!?」
あまりの構成に思わず見当違いな方向にツッコミを入れてしまった。田舎の家かとツッコミを入れようにも、東京では通じない可能性が。
そんだけ家族がいればこいつの食欲は確かに家計を圧迫するだろう。そこで働こうとか考えられる分、こいつは真面目な奴なんだろう。
「曾爺ちゃんが家族は多い方がいいって。そんでナレッジ爺のおかげで家族は路頭に迷わず、就職氷河期も兄と姉は乗り越え……」
「いやなんかもう家族関係で濃いのは約一名で間に合ってるから……」
頭の中に浮かんだ鏡テオの顔。確かあいつの家も厄介と言うか、生い立ちから色々とあって、その問題が今に持ち越された感が。
なんにせよ悪い奴じゃないのはわかった。そして上手くいけば俺はこのままただの知り合いとして無関係を貫けるだろう。たまにはそれでもいいじゃないか。
アイスを食べ終えた俺は空になったカップを捨てるタイミングで席を立ち、ゴミ箱に手用を済ませた後に速やかに帰る。よし、完璧。この流れで無関係になろう。
「そういえばリンの学校に超おふくろの味を作れる人気料理人がいるとか?サイタの兄貴は知ってるすか?」
「俺はお前の兄気になった覚えはないし、俺の学校は進学校だし、そんな奴がいるなんて聞いたことねぇよ」
懐かれた気配を察知した俺は立ち上がった姿勢のまま止まってしまう。というか人気料理人って誰だよ。気になるじゃないか。
速く立ち去らなくてはいけないと思いつつ、話の続きが気になってしまう。超おふくろの味とか、俺こそ食べてみたい。
「なんでも家庭科の時間でその生徒に
「最低だな、そいつ。しかしそんな奴いたかぁ?俺なんか隣の教室の奴に料理奪われるんで、ゆっくりできねぇから家庭科嫌いなんだよな。あいつら全員俺に調理任せて満点評価もらうし」
「しかも最近はその料理の腕で同じ学年の女子生徒だけでなく、外部の人間も家に招き入れて御馳走して金をせしめてるとか」
「違法商売か。最悪じゃないか、そいつ。そんな奴の顔、一度くらい拝んでみたいもんだ」
笑おうとした俺の肩を指先で叩く深山カノン。その手には女子が使うような化粧用の小型鏡。しかもかなり可愛いデザイン。
そこに映し出されているのは俺の顔で、相変わらず顔面偏差値が平均以上いかない様子だ。いやでも美形になった俺とか、気持ち悪いな。
大和ヤマトは少しだけ目を丸くして、急に立ち上がった。三浦リンが机に顔を伏せて、首を横に振っている。なんかこう、絶望した感じの仕草だ。
「……兄貴、そういうことだったんすね」
「どういうことだよ。おい、なんで俺の両手を握る?」
「ちょ、そういうことなの!?じゃあ、君があの噂の胃袋掴み!!」
「それは新種の妖怪名か!?おい待て、本当にどういうことなんだ!?」
輝く瞳で俺を見つめる大和ヤマトに、心底驚いた表情でいる針山アイ。というか噂ってなんだ、嫌な予感しかしないぞ。
アイス屋で起きた混乱の最中、いつも通り冷静な様子で多々良ララが俺には聞こえない声量で呟く。
「サイタの料理は美味しいもんね」
とりあえず今日の夕飯は鍋にしようかと、アイスで冷えたお腹の調子と来客の予感によって、暑い夏だということも忘れたメニューになった。
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