第43話 約束
私は部屋にあるスーツに着替え、履いてきたハイヒールを履き準備をした。そのときロープウェイが動く音が聞こえた。葛さんが史郎さんを連れて降りて行ったんだろう。
「帰る前によろしいですか?」
箒ちゃんが私の部屋にやってきてそう言った。
「いいよ。なにかな?」
「今回は本当に感謝していますわ。それだけ、伝えたかったのです」
箒ちゃんはスカートの端を摘まんで上げ、上品に頭を下げた。
「箒ちゃんはさ、何がしたかったの?」
「どういうことですの?」
「だって、ロープウェイを止めたのは箒ちゃんでしょ?」
そう言うと、箒ちゃんは一瞬目を見開いて驚いた後、上品さの欠片もない下卑た笑みを見せた。
「ふふ、いつ気づきました?」
「気づいたってほどじゃないよ。ただの憶測。でも、多分最初から。だって、あんなに都合のいいタイミングで止まるなんておかしいし、突然動くようになったのもおかしいから」
「今度から気をつけますわ」
「それで、なんであんなことをしたの?」
「そもそも私は、ああいうことを望んでいたんですわ。だから探偵を呼び、検死のできる医者を呼び、独特の死生観を持つ画家を呼んだ」
死を解く少年、死を看取る医者、死を描く画家。この共通点には今まで気づかなかった。きっと、見ようとしていなかったからだ。
「そしてあなたを呼んだ。死を招く人――それで完璧でしたわ。なにか起きるのは時間の問題でした。でもあなたのことをお父様に教えた先生は、自分も招待しなければ行かせないと言った。だから、舞様は先生とセットでご招待しました」
解けなかった謎が解けたって嬉しくなかった。ならなぜ聞いたのか。多分、あの男の言う通り、私はこの結末に満足できていないからだろう。子供みたいに、いや犬みたいにおかわりを要求している。
「私は、ただ見てみたいんですわ。人の死に隠された意味があるところを」
今度は煌びやかで上品な笑みを見せた。
「お父様が死んだとき、私は何も感じなかった。それは虚しいことでしたわ。だから、知りたいと思いました。他の死でも同じなのかということを」
私はハイヒールのつま先を二回床に当て、靴の位置を調整して歩き出した。
「私はずっとここで待っていますわ。まだ見られていないから。まだ生きたいから。ずっとここにいます。だからいつか私が死んだら、その謎を解きに来てくださいね」
箒ちゃんは笑顔で手を振っている。私は負けないように笑顔で手を振り返した。
「さよなら、箒ちゃん」
ゆったりと、この時間を惜しむように私は言った。
「さよなら、舞様」
箒ちゃんもまた、ゆっくりとした動作でお辞儀をした。長い長いさよならを交わし、私は屋敷を出た。
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