マリーゴールドをあなたに

タガメ ゲンゴロウ

第0話 談笑

「あなたがもし、人に生きる喜びを与える才能を持っていたなら、どんな人間になっていたと思いますか?」


 東城箒ちゃんは、涼しく透き通るような美しい声で私にそう聞いた。


 その問いは、私が人生で一度も考えたこともない質問だった。なので私は悩み、ゆえに言葉を失った。

 私が私であるという証明。それを奪われ、神々しく輝く才能を与えられたとき、私はどうなるのだろう。


 きっと原型を留めないだろう。きっと跡形もなく消え去るだろう。きっと私は私でなくなって、幸せに、さぞ幸せになるんだろう。

 友達をつくり、家族と暮らし、好きな人と恋をして、平凡に生きると思った。


 そこまで思考して、空想を抱いて、これがただの「もしもの話」でしかないのだと気づいた。

 もしもドラえもんがいたらどの秘密道具を使う?その程度の会話なのだと気づいた。

 それなのに、私は幸せな人生まで妄想してしまった。こんな年端もいかない女の子の質問に、ここまで心を揺らされたことが恥ずかしかった。

 良い大人になって何をしているんだろう、私は。


「世界平和を目指すんじゃないかな」


 私は大人として箒ちゃんに、こんな会話に意味はないんだよって伝えようとした。


「あら、私の質問、ちゃんと届いていなかったのですかね。そんな答えが返ってくるとは思えませんもの。そうですよね、そうでないとおかしいですわ」


 冷たく攻め入るような言葉、冷たく私を見つめる三白眼、それら全てから感じてしまう、期待――。

 目の前の大人に対する、無邪気な期待だ。自分に素晴らしいことを教えてくれるということへの喜びで、胸がいっぱいになっているみたいだ。


 ああ、だめだ。こういうのが一番苦手だ。誰かに期待されるのも、誰かに何かを求められるのも、誰かと接すること自体私は嫌いなんだ。

 嫌いで、嫌で、嫌悪しているんだ。


 だから私は、これ以上何も聞かれないように、これ以上何も期待されないように、本当のことを言った。


「意味ないよ。だって私は多分、そんな才能でさえも――死なせてしまうから」


 そう言うと、箒ちゃんは満足したようににっこりと笑った。


「そうでしょうそうでしょう。あなたはそうでなくては困るのです」


 そんな言葉に、私も引きつった笑みを浮かべた。

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