Unknown Power
ふり
序章
01 あの日の栄光
晩秋に近づくころのグリーンスタジアム神戸(こうべ)は、新後(にいご)とそこまで変わらない天気と気温だった。周りを見渡せば、外野の天然芝が目にもまぶしく、明るいナイター照明に照らされ、緑がより際立っているようにも見えた。何よりも屋外球場特有の屋根のない開放感が素晴らしく、高揚(こうよう)した体を時折(ときおり)心地よい風が撫(な)でつける。
この球場を本拠地としていたチームに所属していた一流の選手は、
「グリーンスタジアムは日本一の球場」
と言ったそうだ。
その中で私は今、ひどく緊張感に覆われた状態にいる。小高い山でひとり――マウンド上で打者と相対していた。ユニフォームが黒を基調としたもので、白抜きの筆文字の漢字で拝藤(はいとう)と書かれ、臙脂(えんじ)色のソックスを穿いている。相手は社会人最強と謳(うた)われている拝藤組の打者だ。歯をグッと噛み、血走った目でこちらを睨みつけている。それもそのはず、あと一球で打者側のチームの命運は尽きてしまうはずなのだから。ツーアウト2、3塁のホームランが出れば同点の場面。打者はこの日2塁打を放っている5番。
でも私は、緊張感をどこかへ置き去ったかのように、泰然(たいぜん)としていられた。自分でも不思議なほど緊張しない。胸が詰まるような息苦しさもない。原因はわからないけど、自分で肚(はら)が据わっているんだろうと解釈した。
2塁へ牽制するふりをしてスコアボードを仰ぎ見た。上段はゼロが並び、下段は時折1や2の数字が白々と光っている。上段は相手チームで、下段は自分のチームである。
私は大きく息を吐き、手にロジンバッグを乗せてこねた。すると、ここで負けてたまるかと、相手方の応援団は必死に声を張り上げ、太鼓が乱打され、学ランを着せられた女子たちが踊りを狂ったように踊っている。反対側の内野席に陣取った私のチーム――新後(にいご)アイリスも、負けじと応援歌を絶叫して私や守備陣に勇気を与えてくれた。
そろそろトドメを刺さないと、ね。
ロジンバッグを投げ捨て、サインを覗き込む。バッテリーを組む壱岐(いき)桐子(きりこ)は同じことを考えていたらしく、素直にうなずいてくれた。
どうせランナーはツーアウトで自動スタートするから、思いっきり振りかぶった。指先に渾身(こんしん)の力を込めてボールを放す。案の定2人のランナーは走り出すがムダである。だって私の渾身の内角高めのストレートを、そのバッターは今日――
「ストライク、バッターアウト!!」
――当ててないのだから。
私は両手を天に突き上げ、声にならない声を挙げる。真っ先に飛びついてきたのは、苦楽を共にした桐子だった。
「桐子、私たちやったね! あと2つ勝てば日本一だよ!」
世間では社会人ナンバーワンの拝藤組と当たることで、この試合は実質、決勝戦に相当するものと言われていた。実際クタクタに疲れた。あと2試合投げなきゃならないけど、社会人日本一の称号とダイヤモンド旗(き)が手に入るなら、腕が壊れても投げきってみせる。
だけど、飛びついて来た割りには桐子の表情が優れない。歓喜(かんき)の声を上げたり、私を祝福の意味合いで叩いていてもこない。周りの内野陣は優勝したかのように容赦なく叩いていくるのに。ベンチを見れば、倉本(くらもと)監督や本保(ほんぼ)部長がガッツポーズをして喜んでいる。私は嬉しさをさらに爆発させようとした。
「由加里(ゆかり)」
場を冷やしかねない声を桐子にかけられ、顔を向け直す。
めでたいときにその声はなんなん?
桐子は私の目の前で両手を開いていた。そして、それを勢いよく閉じた。
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