3.4

 アタシのバイオニック・アイは、三つの船体をつなげた陸舟トライ・ハルをはっきりと捉えていた。生意気にもアタシの船と同じ、エアロピアーサー型の船底だ。船幅は九十フィート近くもあって、甲板には銃を構える賞金稼ぎ狩りが七人も。押しなべて怒りに顔を赤く染めているから、どうやら彼らは、アタシが殺した何人かの仲間なのかもしれない。


 マズいことになった、と思った。

 普段――つまり中西部なら、単純に速度差と旋回半径の違いで引き離せばいい。だけど、新たなる澄風の傷跡も深い東海岸では、細かい高低差が多すぎるのだ。

 地表の隆起は空気の流れを淀ませ、双胴船は三胴船に比べて安定性に劣る。


 言い換えれば、急旋回して撒こうにも、地形が複雑すぎて転覆する恐れがある。そして四〇ノットを超える速度で荒野に投げ出されれば、誰もが無事では済まない。

 かくなる上は撃退することなのだが――、


「ジャック!」

「俺に残ってるのは六発だけだ!」

「おっさん! おれがくれてやった銃はどうしたんだよ!」

「散弾銃なら粉々に吹き飛んだよ!」

「クソが! おれのは一発だって撃てねぇんだぞ!?」


 銃の方はダメらしい。だから攻撃回数が制限される前時代的な武器は嫌いなんだ。まぁ弾が残ってても、激しく揺れる甲板上では、精密射撃なんてできないけど。

 それでもジャックなら――、

 頭に浮かんだ想像は、現実に対して都合が良すぎた。


 アタシは真後ろから吹く追い風に乗せて、淡い期待を捨てた。速度は落ちるけど高級品のメインセイルを穴だらけにするよりはるかにマシだ。

 アタシは舵柄ティラーを直進、自動制御に設定し、メインシートをカトーに渡す。


「カトー! ヘタに動かさないでね! アイツらはアタシがやるから、ミスター・ジャックは援護をお願い!」

「おい! なんでジャックは敬称付きで、依頼人の俺にはつけないんだよ!」


 カトーは私の手からメイン・シートを受け取りつつ、文句なのか何なのかよく分からないことを叫んだ。普通はバカに敬称をつけたりはしない。

 カトーはメインパネルに足を引っかけ体重を乗せ、メインシートを引っ張った。

 セイルの角度が維持される。見様見真似にしては、サマになってる。


 こっちの減速で三胴船との距離が縮まる。賞金稼ぎ狩り達が発砲した。頭上を鉛弾が抜けていく。深紅の光跡を残すレーザーも。

 船体に着弾した。電動ナントカ性重金属だから問題ない。貫通どころか凹みすらしないだろう。使っているのが五〇口径の重機関銃なら別だけど。


 アタシは甲板に這いつくばって、飛びつくタイミングを計った。

 みるみる迫る三胴船。空飛ぶ駝鳥号の帆先が砂丘を滑り、角度がついた。

 飛び出すならいま――、


「ちょいと待ちな、ミス・ジェシー」


 渋いジャックの声がして、アタシの頭を越して、黒光りする回転式拳銃が出た。


 ――銃声、銃声、銃声。


 噴き出たガンスモークを置き去りにして、空飛ぶ駝鳥号が砂丘の頂に達する。一瞬のゼロG、浮遊感、滑るように船ごと落下していく。

 船底が再び浮力を形成、一瞬だけ、ラダーが地表を撫でる。


 そのとき、アタシのバイオニック・アイが、面白い光景を観測した。

 賞金稼ぎ狩りの三胴船が変な角度で砂丘から飛び出し、滑り落ちていく。

 その甲板上で、風をはらんだ帆が流れ、横桁がぶん回されたのだ。


 哀れ六人の賞金稼ぎ狩りはブームパンチを食らって船外へとリングアウトした。一人だけ反対方向にすっ飛んでいる。バイオニック・アイがズームをかける。少しだけ可愛げのあるおじさんが、切れたメインシートを握って、恐怖に顔を歪めてた。


「若い頃なら一発で決めたんだがな」


 言いつつ、ジャックは、アタシの頭をポンと叩いた。


「さぁ船長。船の操作に戻ってくれ。弾の再装填をしたいから、できるだけ静かに走らせてくれると助かるな」


 アタシは息を呑み込んだまま、なんて言っていいのか分からず、ただ首を縦にぶんぶん振って、喚くカトーからメインシートを引き取った。

 多分、アタシの顔は真っ赤だったと思う。

 すぐ近くにジャックの無精ひげがあったし、頭を撫でられてしまったし、淡い期待でしかなかった子供じみた妄想が、目の前で現実になったんだ。

 やっぱりジャックはすごい! 


「いったいどうやって、その骨董品で撃退したんだ?」


 失礼な! アタシらを救ってくれた英雄の剣に!


「お前がロープと風に振り回されてるのを見て思いついたんだよ。ロープを撃った」

「マジかよ。その骨董品で? いくら二、三〇メートルたって、確率は?」

「知らん。三発撃って一発当たった。だから三分の一でいいだろう」

「そりゃ命中率だ! 確率じゃねぇだろ!?」


 相変わらずカトーは面倒くさいことばかりいう。

 アタシは同業者からもらった地形データを参考に陸舟をなだめて、抗議した。


「生き延びたんだから、それ、止めてくれない?」

「あ? それ? どれ?」


 ホントに全く分からないって様子でカトーは首を巡らせた。まったくムカつく。

 アタシはため息をこらえきれなくなっていた。


「その、確率はどんなもんだってやつ。もう毎日毎日、いい加減聞き飽きたんだよ。その面倒くさいベルヌーイがどうとかいうやつ、嫌いなんだってば」

「なんだと? 人の信仰についてとやかく言うのはルールに反してるだろ」

「なにがルールさ。知ってる法律があるなら言ってみなよ。機能してるかどうか教えてあげるからさ」


 ジャックが呆れたように息をつき、口を挟んだ。


「お前さんら、いつもそうやってやり合いながら、ここまで来たのか?」

「やり合ってたんじゃないね。オレが一方的にやり込めてきたのさ」

「よく言うよ! アタシが仕事を受けてやんなきゃ、すぐに野垂れ死んでたね!」

「なんだとぉ? 前から言おうと――」

「その辺にしてくれ。お二人さん、気付いてるか? お前さんらな、息ぴったりだぞ」


 冗談じゃない! 

 と、抗議のひとつもしたかった。

 けれどそれより早く、ジャックが帽子を取って、空にかざしていたのだ。まるで踊っているかのように滑らかに動く手に、アタシの目は吸い寄せられた。


 茶色いカウボーイハットは空中を一回りして、白髪の目立つ頭に再び降りた。帽子の軌跡を追うのを止めた目は、自然と流れて遠くの空へと向かう。

 煙草の灰を水に溶かしたような空は、砂丘の稜線から差し込む赤に負け、薄汚れた紫色へと変質しはじめていた。

 すぐに、夜が来る。


 アタシはメインパネルを操作して、周辺で屋根がありそうな場所を検索した。廃墟がいくつかあるらしい。陸舟も近くに置けそうだ。地形図を譲ってくれた名も知らぬ陸舟の船長に感謝である。でも、紹介してくれたバブ爺には感謝しない。お尻を触られたから、まだ割に合わない。


「近くで野営をするから、自衛の準備はしといてね」


 アタシは、積荷ひとつとジャックに言った。

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