第27話 変身ヒーロー④

ハンターキャンプ。

危険度の高い深層を除き、モンスターの生息域全体にハンターのシェルターとして、ハンターギルドによって設置されている宿泊設備の総称。

特に森の中層は、人間の生存圏と深層との境界にあり、危険が大きい深層への最終中継地点として、ハンターギルドによりキャンプ地が複数個所確保されている。


ケンスケ達が向かうキャンプ地もまたその一つであり、目的のキャンプ地は森の中層を南東に戻る必要があった。

地形は複雑ではあるが、ケンスケの改造人間としての感覚とエルの探索能力があれば、苦になる道のりではなかった。


森を進んでいくと、三人は小さな川の近くに設けられたキャンプ地に辿り着いた。

そこは川の近くではあるが、適度に川からは離れた岩山の上部をくりぬいて作られており、竜種を始め原生の動物からは見つかりにくい工夫がされていた。


岩屋となっているキャンプ地の奥には、木材と獣種の革を組み合わせた大型のテントが建っている。

中でも焚火が出来るようになっており、三人が中に入ってみると、頻繁ではないもののそれなりに利用しているハンターはいるらしく、黒い焚火の痕が残っていた。

テント中央の焚火の他には、四人分の簡易的なベッドにマット、防寒装備やオイルランプ、薪、非常用の保存食が数日分保管されていた。


「ハンターキャンプは初めて利用するが、意外に備品の補充なんかも、しっかりされてるんだな」


一通りテントの中を見て回ったケンスケが感心している。


「一応、定期的にギルドのメンテナンスが入るんス。

でも、基本的には前に利用したハンターが、次に使うハンターの為に食料や燃料を置いていったりするんス。

勿論、その時の装備に余裕があればっスけど」


焚火に火を起こしながらエルが解説する。


「なるほどなぁ。お互い助け合いながら使っているのか・・・」


「エルはここのキャンプ、つかった事あるの?」


マリアがロッドと荷物を棚に置きながらエルに尋ねる。


「ここのキャンプは初めてっスけど、駆け出しのころから、あっちこっちずっと使ってるっス」


「駆け出しのころから?」


ケンスケの問いに、エルが諦めたような顔をする。


「・・・ソロでもパーティでもそうっスけど、普通は下位のハンターって、効率よく稼がないと食っていけないんス。

で、依頼をこなす度にいちいち街に戻ると効率が悪いっスから、たいていは複数の依頼を掛け持ちして、長期間森で狩りをするんス」


「なんかマグロの遠洋漁船みたいだな・・・」


「まぐ?・・・なんですかケンスケさん?」


「あ、いや・・・」


「キャンプ地は駆け出しハンターの生命線なんスよ。

初っ端からグルドラだのカバルクトスだのを狩猟してるケンスケさんが異常なんスから、その辺、自覚してもらいたいもんス」


うんうんと頷きながら、エルが語る。


「そんな事より、まずはベッドマットと布団を干すのを手伝って欲しいっス。

キャンプ地はモンスターには見つからないっすけど、トコジラミやらナンキンムシやらのいい生活の場になってるっスからね」


エルはそう言って、バサバサとブランケットを外に放り出し始めた。




***




木々の間から日が差し込んでいる。そろそろ昼過ぎという頃合いだ。

張られたロープにかけられた布団がゆらゆらと風にそよいでいる。

少し離れた川のせせらぎが遠く聞こえてくる。さらさらと心地よい音を立てていた。

岩屋の縁にケンスケが腰を下ろし、周囲を見渡している。


「いい場所だな。ここなら少しは落ち着ける」


岩山を吹き抜ける風は心地よく、先程まで死闘を繰り広げていたとは思えない程に心が穏やかになっていく。


「二人とも、体の具合はどうだ?」


ケンスケが二人に尋ねる。

キャンプ地へ移動する前、念のためとマリアとエルに医療用ナノマシンを打っていたが、通常の人体用には調整されていない為、回復の度合いに不安があった。


「どこも痛くないっス!なんなら、ゼードラを出る時より調子いいかもしれないっス」


エルが腕を振り回しながら答える。


「私も、怪我は治ってしまったように感じます。痛みはとくにありません」


マリアも全身を触って確認しながら答えた。


―――あれだけのダメージが半日足らずで回復している。

・・・月光炉と星光炉が星辰炉になった事によって、ナノマシンの能力が上がっている?

それとも、二人のナノマシンとの親和性が高くなっているのか・・・?―――


ケンスケが訝しんでいると、マリアが薬を手にしてケンスケの隣に座った。


「私たちよりもケンスケさんです。

無事にお戻りになったとは言え、一度は右腕が無くなって、お腹にあの大きな角が刺さっていたんですよ。本当にもう大丈夫なんですか?」


マリアが心配そうに言うと、ケンスケは苦笑しながら右腕を差し出した。

差し出した腕には傷痕はおろか、髪の毛ほどの痕跡もない。当然、インサニディウスの剣角に貫かれた胴体も同様だ。

大丈夫だという、ケンスケの意思表示である。


「俺よりマリア、君の方がボロボロじゃないか。すまない。俺がもっと早く駆け付けられていたら・・・」


ケンスケが彼女の頬に付いた血と泥を指で拭うと、マリアは顔を赤らめて目を逸らした。


「わ、わたしは大丈夫です!ケンスケさんが生きててくれるだけで…それだけで十分ですから。」


エルがテントの中のランプに火を灯すと、天幕の隙間から暖かい光が漏れ出す。

ひと仕事終えた顔でテントの中から出てきた。


「マリアさんの気持ちは自分もわかるッス。

ケンスケさんを残してあの場所から逃げ出したとき、自分もマリアさんも命運が尽きるのも時間の問題だと覚悟したっス」


ケンスケがマリアに包帯を巻かれながら、エルに視線を向ける。


「エル、あの時は俺の言った通り、マリアを連れて行ってくれて助かった。

改めて礼を……」


ケンスケの目線の先にはアラハバキを振りかぶったエルがいた。


「エル!?何を…っ!!」


振り下ろされたアラハバキが、ピタリとケンスケの首筋に突き付けられた。


「……二度と。二度とあんな事はしないで欲しいっス。

確かに里の皆や家族の仇は討てて、自分もマリアさんも生きてるっス。ケンスケさんも帰ってきてくれたっス。

でもそれはただの結果っス。

自分らは自分の命に責任を持てるハンターっス。

ただケンスケさんに守られるだけのお荷物じゃないっス」


エルが真っ直ぐケンスケの目を見据えている。


「私も、エルと同じ気持ちです」


「マリア・・・」


「ケンスケさんが、私たちを大事にしてくれる事はとても嬉しいです。

でも、同時に私たちはそんなにも頼りないのかと思ってしまうんです。

戦いの場で背中を預けるに相応しい仲間であると、信頼していただけていないのかと」


「自分、父上が戦いに行くのについていけなかった事が悲しかったっス。

誰かを守れる存在じゃなくて、守られる存在なんだって、嫌でも実感させられたっス。

もう、誰かを犠牲にして生き残るのは嫌なんス」


エルとマリアが持つ感情。それは、悲しみでも寂しさでもなく、悔しさなのだとケンスケは悟った。

残されたことに対する、強烈な悔しさもどかしさが二人の心中に渦巻いている。


「次があるかは分かりません。でも、どうか、その時は、私たちもお傍で戦わせてください」


「二人とも・・・。すまなかった。

また俺と、一緒に戦ってくれるだろうか」


二人に向かって、ケンスケが深々と頭を下げる。


「はい。改めてお願いしますケンスケさん」


マリアがこぼれる様な笑顔でケンスケに応える。


「まあ、これから自分はもっと強くなるっスからね。

次またあいつが現れたとしても、ケンスケさんは昼寝してて良いくらいっスよ」


エルがアラハバキを収め、ケラケラと嘯く。

エルなりの了承と気遣いなのだろう。

湿っぽくなりそうだった空気が、一気に明るくなった。


ひとしきり笑うと、ふと、三人の間に穏やかな沈黙が流れた。


戦いの緊張が解け、この森に入ってから初めて感じる安堵が彼らを包んでいた。



***




焚き火がパチパチと音を立て、川のせせらぎがその合間に優しく響く。


エルが釣ってきた川魚が焚火で香ばしい香りをあげている。

焚火の上には鍋がかけられ、大ぶりなザリガニの様な川エビが煮えている。

マリアがマジックポーチからいくつかの野菜と調味料を取り出し、鍋でスープを作っている。

主食は、バターを塗り焚火であぶった黒パン。

これを、マリアが作ったスープに浸しながら食べる。


「これ、めっちゃ美味しいっス!マリアさん、天才っス!!」


スープとパンを交互に口に運びながら、エルが器用に会話をする。

マリアがニコニコとしながら、スープのお替りをよそってやり、それを見ながらケンスケが焼き上がった川魚に齧りついている。


「この魚もなかなかイケるな。塩加減もそうだが、全く泥臭くない。

何かハーブの様な香りがするが、そのおかげだろうか」


「キャンプの近くにランタンウイキョウが自生していたので、刻んで塩と一緒に魚にすり込んでみたんです」


しばらくは三人で他愛もない話をしながら食事をとった。戦いの後の空腹には何よりも美味しく感じられた。


「こうしていると、昔のことを思い出す」


食事がひと段落したケンスケが、じっと焚火を見つめながらつぶやいた

マリアが興味深そうに彼を見上げた。


「ケンスケさんの昔というと…この世界に来る前のことですか?」


ケンスケが少し遠い目をして頷く。


「ああ。あっちの世界には、こっちみたいに大型のモンスターなんて生息していなくてな。

ましてや、そんなモンスターと戦うなんて、考えられない世界だった」


「平和な世界だったんスね」


「平和・・・。平和か。

そうだな。強大な力を持つ竜種や好戦的な獣やモンスターにおびえる必要が無いって意味では平和な世界だ。

人は自然を駆逐して発展させた都市に住み、そのくせ自然を求めて、娯楽として山や海に出向いて行った」


「なんだか、王侯貴族が遠乗りに出かけるみたいですね」


「凄いっス!平民も貴族みたいな暮らしができる世界なんスね!」


悪意なくはしゃぐエルにケンスケが苦笑する。

それはあくまでも、世界の一部であるとある国の断片的な情報でしかないのだが、ここでそれを説明してもせんない事だろう。


「俺も、あっちの家族や仲間と、こうやって焚火を囲んだことがあったんだ。

また来年も来ようと約束したんだが、結局できないままこっちに来てしまったもんなあ」


そう言いながら、焚火の炎の中にあの時自分を送り出してくれた蜂谷サツキの面影を見ていた。

彼女の言葉が思い出される。


―――『私を戦友ではなく、守るべき者としか見ていなかったという事でしょ?

”自分がもっと強ければ私を救えていた”なんて考えは、ただの傲慢よ』―――


(俺はまた、同じ間違いを繰り返していたのか・・・)


ケンスケが顔をあげるとエルとマリアがいる。二人が談笑しているのが焚火の向こうに見える。


(サツキ、本当に君には頭が上がらないな・・・)


自嘲が口元に漏れる。


その時、食器が床に落ちる音と二人の怒鳴り合う声で、思考を現実に引き戻された。


「ケンスケさんの背中を預かるのは私の役目です!!」


「いーや!違うっスね!!前衛でケンスケさんの背中を守れるのは自分だけっス!!」


どうやら、いつの間にかケンスケが背中を預けるに相応しいのはどちらかという話になっていたらしい。


「ケンスケさん、聞いてくださいっス!マリアさんより、自分の方が相性良いっスよね!!!」


「ケンスケさん、この際ですからはっきりさせておきましょう。貴方の背中を守るのは、そこの金髪エルフではなく、この私の役目ですよね?」


エルはすねたと言うか、かんしゃくを起こしているというか、顔を真っ赤にしてケンスケに詰め寄ってくる。

一方マリアは静かだ。むしろ静かすぎる程に、さも当然と言わんばかりにケンスケの傍らに立つ。その静けさが一層恐ろしさを際立たせている。


「クククっ・・・。ほんと、君には頭が上がらないよ」


人知れず物思いにふけっていた先程までがバカらしくなってしまって、ケンスケが笑い出す。

エルとマリアは一瞬きょとんとするが、二人で顔を見合わせる。

クスッと笑い合うと、またケンスケの取り合いを始めた。


「訳わからない事言ってないで、早く決めて欲しいっス!自分の方が、一緒に戦ってて楽しいっスよねー?」


「いえいえ、ケンスケさんを後ろから支えるのは、この私しか出来ないことですよね?ね?ケンスケさん?

ハッ!ケンスケさんを!?後ろで支える!?これが所謂、内助の功なのでは!?え、この答え如何では、プロポーズ!?プロポーズと同義という事ですか!?


・・・ケンスケさん。話が変わってきました。真面目に、はっきりとこの私をお選びください」


「え、マリアさん怖っ!!急に眼が座ってよだれまで垂れてますけど、どうしたんスか!? 頭のネジ外れたかなんかスか!?」


「お黙りなさい、ちんちくりん金髪エルフ!今こそ乙女の正念場なのです!!」


「マリアさん、意味わかんないっスよ。ケンスケさんも心なしか引いてるじゃないっスか~」


喧騒と共に、三人のささやかな夕餉は進んでいく。



***



食事を終えると、三人はそれぞれの寝具に潜り込んでいく。

簡素で頑丈さが取り柄の木の寝台に、日中に干しておいたベッドマットを乗せてある。

そのまま寝る事もできるが、昨夜まで雨が降り、未だにしっとりと水気を含んだ森を吹き抜ける風は冷たい。

マットの上に寝袋を敷き、さらに昼間に日に当てておいたブランケットをかぶせる。

テントの中央では焚火が熾火になり、しずかにテントの中を温めている。

寝冷えせずに、一晩快適に過ごすには十分な温かさだ。

ランプの灯は落とされ、柔らかな暗闇が空間を満たしている。

外からは、森がざわめく音と虫の声だけが聞こえてくる。

寝る体勢に入り、沈黙のまま覚醒しているわずかな時間。


「・・・ケンスケさん、戻ってきてくれてありがとうございます」


聞こえるか聞こえないかくらい小さく、マリアの声が聞こえる。


「ほんとそうっスね。ケンスケさん、おかえりなさいっス。だいぶ遅くなったっスけど」


そう言いながらエルが、モゾッとケンスケの方に身体を向ける。


「ああ。後でガンドルフィーニさんに例を言いに行かなきゃな」


「ガンドルフィーニさんですか?」


互いにシルエットしか見えない暗闇の奥から、なぜ?というマリアの声が聞こえる。


「以前に、カバルクトスを討伐した時、アクセサリーをもらっただろう?」


「不死鳥の涙・・・。ほんのちょっと前の事なのに、もう懐かしく思えますね」


「俺が襟元に着けていたやつが無くなっているのに気付いたか?」


「ええ。それはもちろん。・・・・え、あれ本物だったんですか!?」


一瞬の沈黙の後、先程までのヒソヒソ声ではなく、マリアの驚きの声が上がる。


「不死鳥の涙って、ケンスケさんとマリアさんがいつも着けてるアクセサリーっスよね!?

絶対偽物だと思ってたっスよ!?」


「俺もマリアもそう思ってたさ。実際、当のガンドルフィーニさんもそう思ってたし、俺らはそれを承知でいたんだよ。

なんて言うか、あの親子の気持ちを受け取ったつもりで着けてたんだ」


まさか本物だったなんてなあ?と、ケンスケが笑う。


「うわぁ・・・凄いアクセサリーをいただいてたんですね私たち・・・。

今まで雑に扱ってきましたけど、これからはもっと大切に扱わないといけませんね」


そう言ってマリアが左胸の不死鳥の涙に触れる。


「まあ、俺のだけが本物だったって可能性もあるから、ほどほどにな」


「二人ともいいっスねー。自分もそんな凄いアイテム欲しいっス」


「エル、あなたにはアラハバキがあるじゃないの。あれもとても凄いアーティファクトよ?」


「まあそうっスね!先祖代々受け継いできたこいつには勝るものなしっス!」


そう言ってエルが枕元に立てかけてあるアラハバキに目を向ける。

暗闇の中でも、うっすら鈍色に輝いているように見える。


「ゼードラに戻ったら、自分もガンドルフィーニさんに会わせて欲しいっス。

ケンスケさんが無事に戻って来られたお礼を自分からもしたいっス」


「ああ、そうだな。自慢の仲間が一人増えたんですって紹介しないとな」


思わぬケンスケの言葉に、エルが驚いて目を見張る。


「け、ケンスケさん、今の本当っすか!?」


「もちろんだ。ちゃんとガンドルフィーニさんに紹介するぞ?」


「そっちじゃなくて、自慢の仲間だってところっス」


エルが寝台から落ちそうなほどに身を乗り出してケンスケに問いかける。

ケンスケはケンスケで、不意に自分の口から出た言葉に驚いている。


―――そうか。仲間と思えているんだな俺は―――


蜂谷サツキとの邂逅が切っ掛けなのか、それともここまでの道程がそうさせたのかは、ケンスケにもわからない。

しかし、一度実感してしまうと、自身の変化は明確なものに思えた。それと同時に、なにやら気恥ずかしさも湧き出してくる。


「さて、明日からまた生態調査だ。早く寝てしまおう」


わざとらしく寝がえりを打ち、ケンスケがエルとマリアに背を向ける。


「あ!ちょっと!ケンスケさん酷いっス!自分ちゃんと聞いたっスからね!

自分の事、自慢の仲間って認めてくれたんスよね!!」


背後でエルが騒ぎ、マリアが苦笑しているのが伝わってくる。


敵討ち、そして新たな力。

一つの区切りが生まれ、そして新たな三人へと変化を遂げる、その合間の短いひと時。


三人は熾火の暖かさに身を委ね、騒がしくも穏やかなひと時を過ごしていった。

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