5-08 掘るのは簡単。運ぶのは辛い。

 小島明菜たちは朝一番でバンツを出発して、ゲイグ鉱山へと向かう。

 馬車で普通に行くと二日掛かるということなので、道に迷わなければ、クルマで行けば二時間ほどで着くはずである。


 そして、道を間違えたようだ。

 森の手前で左折するはずだったのだが、行くべき街道が見つからないまま森中の道を走っている。

「やっぱり、さっきのが街道だったんじゃない?」

 吉田セシリアが非難めいた口調で言う。

「そうみたいだな。」

 幸一はトラックを停めると、トラックを反転させて来た道を引き返す。

 反転させるのに特別に広い場所は必要ない。土魔法を使って地面ごと百八十度回転する荒業である。

 それでも、トラックの全長が十メートル以上あるので、道路脇を含めて、ある程度の幅が無いと回転させることはできない。しかし、必死にハンドルとギアの操作を繰り返して、少しずつ向きを変える必要が無く、僅か十数秒で百八十度回転できるのは画期的である。


 セシリアが言う道は、街道と言うにはあまりにも見すぼらしい道路だ。

 草は生え放題の伸び放題。地面に轍が走っているのが辛うじて見える程度であり、パッと見た目ではそこに道があることが分からない。

「この草邪魔! 焼き払おう!」

 なんか宮川晶がブチ切れている。

 火魔法を放って周囲の草を焼き払い、地均しをした上に土壁も作って、ハッキリと交差点と分かるようにしておく。

「こうしておけば、帰るときも道に迷わなくて済むでしょ。」

 晶は胸を張って言うが、単に座りっぱなしでお尻が痛くなっていたので、ストレス解消に暴れたかっただけだろう。


 途中で巨大ムカデの群に遭遇したりしたため、結局、鉱山に到着するまでに三時間ほど掛かることとなった。

 鉱山に着いたら、一行は明確に小島明菜を立てて行動する。


「私はアキナ・コジマ。皇帝陛下の命を受けて、帝都で必要とされている鉄鋼の採掘に来ました。」

 トラックを下りて、真っ先に名乗りを上げて用件を告げるのは明菜だ。この辺りの国々では、身分の高い者が直接話をするのが通例のようで、何人も伝言を繰り返すような真似はしない。

「お初にお目にかかります。私はこの鉱山の管理を任されているイベニヒア・ヨシュンジと申します。」

 白髪交じりの恰幅の良い女性が挨拶をする。


 態々ふんぞり返らなくても、高身長の明菜は素で威圧感がある。

 もともと、身長百七十五センチの幸一よりも背が高い上に、ヒールの高い靴を履いているために、かなり大きく感じる。

 むしろ、横にいる幸一が気圧されているくらいだ。


「陛下からの書状でございます。ご確認ください。」

 幸一が預かっていた封書を差し出して言う。

「あなた達が掘るの? それとも私たちが掘ったのを買って下さるのかしら?」

「現在は、購入は考えていません。書状にも書いてありますが、私たちが必要としているのは、このサイズのインゴットを五百八十八個です。」

 明菜は魔術で具体的なサイズを可視化して説明する。

「インゴットだって?」

「ええ。私たちは魔法で直接インゴットとして採掘します。石ころを持ち帰るつもりはありません。」

 無表情で当たり前のように断言した。


 このゲイグ鉱山の採掘場は露天掘りだ。日本の多くの鉱山でみられたような地下彫りはしていない。

 採掘場の奥までトラックで進み、現場に着くとトラックを反転させて採掘開始である。


 セシリアがレベル五の魔法陣を描き、明菜が魔導杖を手に詠唱する。そして、魔導杖を振り下ろすと、鉄鉱石の岩壁から、二十八個の鉄塊が精製されて飛び出してくる。

 この鉄塊のサイズはだいたい七センチ×七センチ×二十八センチ。重量にすると約十キロ少々である。

 一番大変なのは、この鉄塊をトラックに積み込む作業だ。

 残念ながら、このトラックにリフト機能は無いし、台車の類も無い。頑張って手で運ぶしかないのだ。

 とはいっても、実際に採掘している場所からトラックまでは二十メートル程度である。


 たかが二十メートル。されど二十メートル

 一時間も積み込み作業をしていると、ペースが落ちてくる。

 息は上がり、全身汗だくだ。


「明日は筋肉痛だなこれは。」

「身体中ヤバイよ。」

「みんな頑張れー!」

 貴族は肉体労働はしない。明菜は応援しているだけだ。

「男の子頑張って!」

 泣きそうな顔で晶が音を上げる。

「男女差別だろそれ。」

「だって女に肉体労働って……」

 幸一は黙って指差す。

 晶がそちらを見ると、筋肉ムキムキの女性がパワフルにツルハシを振るっている。

「あ、あれは女じゃないよ……」

 思わず目を逸らす晶。

「お前がそうやって言ってたって、言ってきて良いか?」

「ぎゃあああ、やめて! 殺されちゃうよ! あんな筋肉に勝てないよ!」

 バカなやり取りをしながら岩に腰かけて休憩を取る。


「筋肉なくてもできるんだけどね。」

 明菜は鉄塊を片手で軽々と拾い、荷台に乗せていく。

「お前、化物かよ!」

「殴るよ?」

 明菜が振り返り、鉄塊を持った手を振り上げる。

「大変申し訳ございませんでした。」

 幸一は即座に土下座した。


「ねえねえ、その魔法、どうやってやるの?」

 セシリアが興味津々の様子で聞く。

「あ、これは魔法じゃなくて、魔術ね。骨に腱、靭帯に魔力を詰め込むイメージで強化して、筋肉じゃなくて魔力で動かすの。」

 そう言って、明菜は拳を構え、岩壁に向かって繰り出した。

 素手で殴ったとは思えない音が響き、岩が砕け散る。


「マジで化物じゃねえかよ!」

 幸一はどうしてもツッコミ我慢できない性質のようだ。

「次は貴様の頭を砕いてやろうか……!」

 コォォォォ…… と息を吐き出し、明菜が幸一に迫る。

「ごめんなさい。済みません。もう言いません。許してください!」

 平伏して謝り倒す幸一。


「うーん、上手くできないなあ。」

 セシリアが手を握ったり開いたりしながら呟く。

「練習あるのみだね。まず、魔力の扱いになれないと無理だよ。」

「くそう。じゃあ筋肉痛から逃げられないじゃん!」

「頑張って。」

 明菜は涼しげに言う。


 作業を再開するが、ペースはあまり回復していない。

「やべえ。明日、運転できるかな。」

 幸一は怠そうに言う。

「あれ? 治療魔法で筋肉痛も治るんじゃなかったっけ?」

 晶がふと思い出したように言った。

「そうだよ! そう言えば、以前に優喜様もそんなこと言てたじゃん!」

「指挟んで痛いの我慢するとか、マジで意味ない……」

 三人は揃って治療魔法の詠唱をするのだった。


 午前中は三時間ほど頑張って、何とか百九十六個の鉄塊に積み込み、力尽きた。

「もう無理です。」

「ご飯にしようよ。もうお昼でしょ? お昼だって言ってよ。」

「ちょっと早いけど休もう。マジキッツい。」

 三人とも疲労困憊で、精神的にも弱っているようだ。

「ええい。軟弱者共め。」

 明菜が叱咤するが、三人とも動く気力が無いようだ。


「仕方が無いですね。少々早いですがお昼休みにしましょうか。」

 明菜のお許しがでたということで、幸一はトラックに荷台の扉を閉めて、運転席に上る。

 明菜は助手席に着き、セシリアと晶は後部シートだ。

 そう。このトラックには後部シートがあり、定員は五人となっている。

 その空きスペースに食料などを積んである。


 尚、水は魔法でパッと出せば良いので、一切積んでいない。服や食料は出せないが、水は魔法で出てくるのだ。

 全員が水魔法を使えるのだから、水筒や水樽を積んでくるなんてことはしない。むしろ、魔力補充の魔石が有った方が汎用性が高くて便利である。


 水を飲みたければ、窓の外に手を伸ばして、水魔法でコップに水を注ぐ。

 クルマの中で水魔法を使うのは禁止だ。


 昼食は、バンツのメイドたちに作ってもらったサンドイッチだ。葉物野菜に茹でタマゴ、ベーコンにイモ。それぞれのサンドイッチではなく、全部入ったサンドイッチだ。

「これ、普通、別々に作らない?」

「だよねー。」

 晶とセシリアは文句を言いながらも、サンドイッチに齧り付き、もっしゃもっしゃと食べる。肉体労働をするとお腹が減るのだ。

 野グソにも慣れてしまった彼女たちに、乙女心なんてものは最早無い…… のだろう。


 たっぷり一時間半の休憩を取った後、午後からも約三時間半ほど採掘、もとい、運搬をして百九十六個を追加で積み込んだ。

 午後は何とか頑張ってトラックを採掘場所に近づけて、運搬距離を減らしたのだが、それでも三時間掛かってしまっていた。

 そして夜営、なんかしない。バンツまで戻るのだ。


「急がないと門が閉まっちゃうよ!」

 明菜に急かされて、幸一の運転で出発する。が、鉱山から少し離れたところで明菜に運転を代わる。

 腕がぷるぷる震えてハンドルをまともに握れない幸一では不安極まりない。ということで、基本的に肉体労働をしておらず、元気いっぱいの明菜が運転することになったのだ。


 日没まで二時間と少々。

「かっ飛ばしていくよ!」

 道は来た時に均されているため、往路よりも復路の方がスピードを出しやすい。

 その上、道を間違えることも迷うことも無く走れるため、結局、二時間も掛からずに着くこととなった。


 翌朝は少しのんびりして、残りの百九十六個の鉄塊を採掘したらそれで終わりである。

 バンツに戻ってゆっくり休み、十分に体力を回復してからゲリミクへと帰る。


 夕方、馬車の列に並んでようやく町に入ると、荷物を下すために工場へと向かう。

 工場メンバーは、相変わらず道路工事をしていた。トイレなどのドアも入り、木の伐採も終わり、ついでにインクの材料となるような草や木の実も採集済みで、再び暇になったのだそうだ。


 山ほど積まれている鉄塊を見て、みな一様に嫌そうな顔をするが、手分けをしてトラックから下していく。

「これ、何個あるの?」

 佐藤美紀が堪りかねて訊く。

「全部で五百八十八個。だいたい六トンくらいだな。」

「マジ?」

「マジだよ。これ積むの超大変だったんだから。」

 晶が首を振りながら答える。

「こんだけあれば当分はもつかな。」

「二週間くらいね……」

 林颯太は楽観的に言うが、セシリアは冷静だ。

 確かに彼女らの加工能力であれば、二週間くらいで使い尽くしてしまいかねない。

「やめて! 私もうヤダよあんなの!」

 晶が本気で泣きを入れている。


「採掘と運搬は、マジで人を雇うことを考えた方が良い。」

 幸一も強く、強く言うのだった。

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