5-06 宮省会議
「昨日の今日で一体何ですか? この忙しい時に……」
皇帝は会議室に入ってくるなり、不機嫌そうに言った。
「そ、そんなこと言われても、材料とか色々足りないものがあってですね……」
幸一は気圧されながらも言うべきことを言う。
「材料?」
「鉄が全然足りません。それに紙の原料の木ですね。今は薪需要で余っている木が無いそうです。」
「それで、どうしたいと?」
「木はお金払えば伐って来てもらえそうなんですが、鉄は今から商人に言っても、届くまでに一ヶ月とか掛かりますよね。」
「そんなに入手困難ですか?」
「私たちの使う量が多すぎるんじゃないかと。トラック一台に最低でも二トンくらい使いますよ。二トンの鉄があったら、槍だと何本作れると思うんですか。」
「四百本くらいですかねえ。」
「のんびり言わんでください。そんな数を一ヶ月で作る鍛冶屋がどこにいるんですか。」
「ここにいます! 私なら一ヶ月どころか一日ですよ!」
胸を張って自分を指す優喜。
「自慢は良いですから、現実の話させてください。」
幸一は眉間を押さえながら言う。
「で、私たちに何をして欲しいと?」
「トラックの使用と、鉱山での採掘を許可していただければと思っています。」
「鉱山?」
「バンチュラに鉄鉱山があると聞いています。」
「ああ、没収した領地にそんなのがあったね。」
美紀の言葉に理恵が、ぽん、と手を打つ。
「私たちにとって、超重要ですよそれ。で、そのバンチュラの鉄鉱山に数名で鉄を掘りに行きたいと思うんですが。」
「なるほど。では大型トラックをお出ししましょう。あれ一台で五トンくらいは積めるでしょう?」
「そうですね。ただ、中型の方も使わせていただければと。」
「中型も?」
「森に行って伐採してきたいんですよ。薪も含めて、木は大量に必要ですから。」
「中型トラックは一日で大丈夫ですか? 大型は何日くらいでしょう?」
「そうですね。緑星鋼の鋸とかも貸していただければ一日で良いかと思います。」
幸一はさらっと言うが、優喜の後ろでメモを取っているエイネゼミは驚愕している。
「……あの、緑星鋼の、と聞こえたのですが?」
「ええ、緑星鋼の鋸です。とてもよく切れるんですよ。」
優喜も平然と答える。
緑星鋼といえば、伝説に聞く最強の金属の一つだ。
それが武器や防具ではなく、ただのノコギリとして使われているのは信じ難いのだろう。
エイネゼミは何やらブツブツと呟きながらメモをしていた。
「では、採掘も魔導杖を持っていきますか?」
「お貸し頂けるのなら、有り難いです。」
「ああ、でも待てよ? いつ頃帰ってきます? そもそも鉱山はどのあたりにあるのでしたっけ?」
「モズハキア、地図はありますか?」
優喜の疑問に対し、理恵は即座に従者に指示を出す。
「お持ちいたしますので、少々お待ちください。」
そう言って、モズハキアは応接室を出て行った。
「あとですね。」
美紀がさらに切り出す。
「まだあるんですか?」
「当面の紙と、油とか食料を買うお金が欲しいです。」
「今すぐではなくて良いんですが、魔石が無いとクルマも印刷機も動かないです。それと、ティエユで作った刷版の回収はいつにしましょう。」
幸一が付け足す。
「紙と刷版はトラックをお貸しするときに載せておけば良いですね。魔石は鉄鉱採掘から帰って来てからで良いでしょう。生産も止まっているし、ちょっと待ってください。」
「お金は、今ので足りない? 一応、あれ、今月分のつもりだったんだけど。油はともかく、食費はそんなに掛かんないでしょう?」
理恵は首を傾げる。
「あ、今月の食費はいいんですけど、冬支度とか考えると心許ないかなと思いまして。」
「幾らぐらい有れば良いの?」
「一人あたり銀貨二十八枚あれば大丈夫だと思うんですけど。」
「冬支度を全部済ませるなら足りないですよ。」
優喜が口出ししてきた。
「結構冬は長いですからね。一日銅貨四十九枚でも一ヶ月で銀貨七枚。四ヶ月分しか用意しないで、万が一冬が長引いたら、本気で命に関わりますよ。」
「五ヶ月くらい見込んだ方が良いでしょうか?」
「ここでの冬を越すのは初めてなんだですから、安全マージンは大きめに取っておいた方が良いと思いますよ。多分足りるだろう、はお勧めできません。」
「じゃあ、一人一ヶ月銀貨九枚として、五カ月分だと四十五枚。それが十一人だから、四百九十五。」
「金貨四枚に銀貨百三枚ですね。薪は自分たちで取ってくるということで、トラックの貸し出し期間を二日にしましょう。どうせ、鉄が来ないとすることも無いのでしょう?」
「はい。そうですね。」
二人は素直に相槌を打つ
「では、そうですね。トラックは明日の朝一番で取りに来てください。それまでには魔石の魔力充填もさせておきましょう。」
「ありがとうございます。」
「で、中型トラックは明後日の夜までに返してください。大型は、どれくらい掛かりますかね。」
「地図でございます。」
いつの間にか戻って来ていたモズハキアが地図をテーブルの上に広げる。
「これがゲリミクで、ええと、バンチュラ領はこの辺り、と。」
地図の付近に帝都が描かれ、その西側、地図では上側にバンチュラ領が広がっている。
「モズハキアは鉱山ってどこか分かる?」
「領都の北側ですので、この辺りのはずです。」
地図を指差しながらモズハキアが言う。
「その辺りなら、いったん領都に行って、そこで聞いた方が良さそうだね。」
「まあ、常識的に考えれば、鉱山で取れた鉄を領都に運ぶ道が無いなんて、そんな莫迦なことも無いでしょうしね。領都まで一日、そこから半日。向こうで三日も要らないでしょう。締めて六日といったところでしょうか。だから、十一月十八日にはお返しください。」
「あれ? 一日多くない?」
「荷物を下すにも時間が掛かるでしょう。城門が開いているうちに終われますか?」
「う…… お気遣いありがとうございます。」
言葉に詰まり、頭を下げる幸一。
「他に何かありますか?」
「鉱山採掘の許可証みたいなのを頂けると有り難いのですが。」
「そうですね。皇帝に許可を得たとあなた方がいくら言い張っても、誰も信じないでしょうね。」
優喜の指示を受けるまでも無く、ペルキウェミが直ぐに封書の用意をした。
彼女は優喜の筆頭側仕え兼秘書官だ。五十歳を超えるベテランで、元皇帝のミシュエピアやその前の皇帝にもにも長年仕えていたが、戦争に強く反対したために遠ざけられたのだと言う。
何代にも亘って帝室に仕えてきたということもあり、優喜に良い感情を持っていなかったが、逆に優喜には気に入られている。
主人に盲従するでもなく、私利私欲に走るでもなく、ただひたすら国のために尽くすことができる優秀な人材を、優喜が取り立てないはずが無いのだ。
「ペルキウェミ、何か言いたいことでもおありですか?」
「いえ、私ごときが口を出すことでもありませんので。」
「何か気になることがあるならば仰ってください。身分の差があるから、失礼かもしれないから黙っているとかいうのは私は嫌いです。」
そういえば、優喜は平民だったころも、相手が宰相だろうが王太子だろうが、遠慮なく物を言っていたよな。
よく許されていたものだ。
「畏れながら、ゲイグ鉱山に行かれるならば、六位でも七位でも良いですので、貴族を一人はお連れした方が良いかと。あそこを守る者の性格からすると、書状を持っているとはいえ、平民だけでは採掘した鉄鉱を持ち出すのは、かなり渋るのではないかと思います。」
「なるほど。では、誰にしましょうかね。中央省からは絶対無理だし、宮省からもキツイ。貴族院か…… いや、魔導士団の二人は土属性ですね。明菜か愛梨のどちらか、あるいは両方に同行してもらいましょう。」
「魔導杖や魔石も、あの二人に預けるって形にすれば、対外的にもそれほど変でもないでしょう。」
「さすがペルキウェミさんだね。ベテランの意見はやっぱり大事だよ。」
「そうですね。今後も色々意見を出していただけると助かります。」
「ありがとうございます。」
優喜たちに褒められて、ペルキウェミは複雑そうな表情で頭を下げた。
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