4-19 尽きない悩み
「戦後処理と言えば、そろそろ帝国軍が帰ってくる頃でしょうかね。」
優喜がポツリと呟いた。
「ああ、ここ来る途中に何かいたね。」
「どの辺で見まかした?」
「ゲレムの国境出て四時間くらいかな? 場所とか言われても分かんないけどね。何処をどう走ってきたのか分からないから。」
「第一隊と第二隊のどちらなのかも分からないですよね。」
「そんなの、どうやって区別すれば良いのよ。」
答えるめぐみも困り顔だ。
「まあ、それが第一隊だとして、第二隊はそれより二日ほど先行しているはずだから、早ければ明日ですか。そろそろ準備しないといけませんね。」
面倒臭そうに言う優喜だが、ここはゲレム帝国掌握の正念場だろう。
「明日は朝から私と芳香は軍部への対応になります。こちらはめぐみにお任せしますので、よろしくお願いします。」
「ちょっと本当に勘弁して欲しいんですけど。」
めぐみは本気で泣きを入れる。
「理恵か茜のどちらかをこちらに来させます。何とか持ちこたえてください。仕事を進めようとしなくても構いません。恐らく、各方面からの問い合わせも一気に増えるでしょうから、その応対ですね。」
「問い合わせってどんな?」
「戦争についてと、皇帝の代替わりについてですね。」
「どう言えば良いの?」
「基本的には、悪いのは全部、前皇帝とそれに付き従った貴族ってことで。それと、帰ってきた騎士団長と近衛隊長、魔導士団長は処刑しますが、そこは言葉を濁す感じで。裁定は本人の弁を聞いてから、とか言っておけば良いです。」
「了解。」
めぐみは大きく溜息を吐き、短く返事をした。
「取り敢えず、今日はできるところ終わらせよう。」
芳香が書類の束を繰りながら言う。
「さて、没収する領地も決まったし、誰に与えようかなあ。」
優喜はペンを置くと、肩をぐるぐる回している。
戦争に参加した貴族は廃爵や爵位降格となる。死罪となる者もいる。
「近くの領地の領主に、領地拡大したい人いないの?」
「そういう人には与えたくないんですよ。後々面倒なことになるの確定だから。関係ない土地の継承権が低いけど、有能な人ってのがベストなんです。」
「それは冬の間に考えるのじゃダメなの?」
「ダメではないですが、社交シーズンの前には打診してしまいたいんですよ。」
「候補は絞っておきたいってことね。」
「そうです。まあ、皇帝領と隣りあっている所は吸収しても良いんですけどね。」
「ウールノリアからこっちに来たい貴族はいないの?」
根上拓海が横から口を出す。
「それは考えていませんでした。後で聞いてみましょう。」
「ねえ、軍が戻って来たんだったら、食べ物とかも残ってたりするんじゃないの? それはどうなるの?」
「恐らく、ここに来るまでに、途中の領地で大部分が回収されてますよ。残っていれば、蔵に入れますけどね。」
「それ酷くない?」
「大丈夫です。そんなことをする領主はみんな斬首刑ですから。」
「ええええええ。」
当然のように言う優喜に、奥田友恵は非難混じりの驚きの声を上げる。
「何を驚くことがあるのですか。彼らはみな、戦争賛成派なのだから処刑対象ですよ。加えて、廃爵した上で貴族家としての財産は全部取り上げます。」
「そこまでやらなくても良いんじゃ無い?」
「ウールノリアとゲレム皇帝のどっちに着くのが正しいのかってのは相対的なんですよ。もしウールノリアに味方したら、ゲレム皇帝に罰されていたでしょう。でも、ウールノリアとしてはそれは許せないことだから、前皇帝に味方した人はそれより重い罰を与えるのです。」
「どっちに転んでも踏んだり蹴ったりじゃん……」
「そうなんですけどね。戦争に参加しない方がマシだった、と思わせなければならないのです。」
「うああ、無情。」
「でも、まあ、それが貴族ってもんですよ。どうせ、甘い汁吸って私腹を肥やしているんですから。彼らが本当に真面目に民のために善政を敷いているなら、適当に理屈つけて、恩情により特赦を与えますよ。」
「私腹、肥やしてるんだ。」
呆れ顔でめぐみが吐き棄てるように言う。
「もう、だっぷだぷですよ。帝国の上層部腐りすぎです。」
「ねえ、私が執行して良いかな。そいつら。」
めぐみは完全に目が据わっている。
「いや、それはご遠慮ください。ぶん殴る機会くらいは作りますので、それで勘弁してください。」
さすがに優喜も止めるようだ。いくら何でも殺人の動機が個人的過ぎる。
大義が無ければタダの人殺しだ。
「で、没収する領地ってどれくらいあるの?」
芳香が結論を聞く。
「領地の境界も曖昧だし、管理の仕方が理解できていないので具体的なところは追々なのですが、一位、三位が一つづつ、二位と四位が二つです。」
「一位いるんだ。」
「もう、死ねって感じですよ。本当に死んでいただくんですけど。」
「面倒臭いなあ。また煩い貴族が出てくるってことでしょう?」
「そうですね。ウンザリですよ。廃爵が五人、うち三人が処刑対象。降格が七人。ちなみに三位に一人だけ特赦を出しても良さそうな人がいます。」
「一人だけなんだ。」
「一人だけです。まあ、実際に会って話さないと最終的な決定はできないですけどね。」
「いつ会うの?」
「軍が戻って来て、その処理が終わったらですね。」
話をしながら芳香は、今後の貴族との面会スケジュールを確認している。
「帝室の裁定もやらなきゃなんだよね。スケジュール大丈夫かなあ。」
「スケジュール管理はリュメニクトがきっと上手くやってくれます。」
そう言って優喜は秘書官に丸投げする。
「大臣候補って、どうやって探せば良いんだろう?」
「知らないよ。私に聞かないで。」
めぐみは自分のことで手一杯のようだ。
「相談する相手がいないのは困りものだよね。ドクグォロス殿下が味方を作れって言うのも分かるけど、そんな簡単に敵だった人を信用できないよね。」
「今残ってる大臣にでも紹介してもらとでもしますか……」
とても気が進まなさそうに言うが、結局他に案もなく、諦めて秘書官に大臣のアポを取るように指示を出す。
「優喜様、挙兵って四万六千六百四十八程度なんですよね。」
「そうですね。第一軍が一万九千二百八、第二軍が二万七千四百四十。それぞれ軍の中核にいた人に聞いたし、実際に私が見た感じでもそれくらいでしたね。それがどうかしましたか?」
「各領地から集めた兵の数を合計したら、もっといる事になってるんです。」
「もっとって、どれくらい?」
「一万九百七十六以上の差が……」
「第三軍がいたんでしょうかねえ。ヴェニアミスさん、ご存知ですか?」
「私は軍の具体的な編成や指揮については何とも…… そういった事は陛下や騎士団長殿にお任せするのが筋でございますので。」
「まあ、そうですよね。文官が口出ししたら越権だの何だの煩いでしょうね。それはそうと、前皇帝を陛下と呼ぶのは止していただけますか? 大変不愉快です。」
別に不愉快でもなさそうに言う。だが、ここはケジメとして『陛下』を自分以外に使うなと言っておかねばならないのだろう。
あ、でも、彼らからすると、ウールノリアの王太子も『陛下』なのか。皇帝である優喜よりも格上で『殿下』呼ばわりもあるまい。
「た、大変失礼いたしました。平にご容赦を。」
優喜が軽く言った程度だったが、元宰相は重く受け止めたようで、青褪めながら謝罪する。
「ご注意くださいな。で、編成して余った兵士を領地に帰らせたとかは聞いていますか?」
「いえ、そんな話は聞きません。そもそも徴発する人数はミシュエピアや騎士団長がお決めになっている筈でございます。それが余ると言うのも不自然な話でございます。」
「まあ、騎士団長が帰ってきたらその辺も質しましょう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます