2-27 限界

 優喜たちは慎重に周囲の様子を窺うが、特に魔物の気配はない。『穴』からも魔物が出てくる様子もなく、静かなものである。

「芳香、あれに向かってちょっと、レベル一の火の玉でも放り投げてもらえますか?」

 放たれた火の玉が『穴』に向かって飛び、一瞬大きく膨らんだかと思ったら掻き消えた。

「消えちゃったよ?」

「そんなことは問題ではありません。何ですか、あの穴の向こうにいる化物は。」

「化物?」

「身の毛もよだつような何かがこちらを見ています。あの穴からは出てこれないようですけどね。あまり見ない方が良いですよ。刺激しすぎるとこちらに来ようと頑張っちゃうかもしれません。」


 優喜は『穴』から視線を外し、壁の様子を調べ始める。

「外の岩とは少々違いますね。」

「金属っぽい感じだね。やっぱり緑色だけど。」

「土魔法が効くか試してみますか。」

「金属に土魔法って効くの?」

「さあ? 試したことが無かったですね。とりあえずやってみましょう。」


 優喜はレベル一の土魔法を試してみるが、何も起きなかった。

 続けて、レベル三で試すが、やはり何も起こらない。

「だめだねえ。」

 茜がガッカリしながらも、強化版ウォータービームを壁面に叩きつけてみる。

「びくともしないよ。」

「意地でもどうにかしたくなりますねえ。奥の手、行っちゃいますか。」

 優喜はナイフを取り出すと、指先を軽く切る。そして血で壁面に魔法陣を書いていく。

「血の魔法陣って、悪魔でも召喚するの?」

「しませんよ。変なマンガの読みすぎじゃありませんか?」

「いや、書いてる優喜の方がヤバイって……」


 壁に書いた魔法陣に直接手を押しあてて魔力を流し込み、レベル四の土魔法の詠唱をする。

 裂帛の気合いを込めて魔法陣を起動すると、魔法は発動し、壁面から十四本の金属棒が飛び出てくる。

「よっしゃ! 成功ですよ!」

 優喜は軽くガッツポーズを取り、足元に転がる金属棒の一本を拾い上げる。

「意外と軽いですね。」

 三メートルほどの棒を軽く振りながら優喜が言う。

 芳香も拾い上げて、振ったり踏み付けたりして武器になりそうか確認している。

「鉄よりも頑丈じゃない?」

「ウォータービームを弾き返すんだからね。」

「もっといっぱい持って帰りますか。」

「これ以上荷物増やしたくないんだけど。」

「これで荷車を作れば良いんじゃないですか?」


 優喜は何度も土魔法を繰り返し、円板、長方形の枠、板、と荷車用に切り出し、最後に持ち帰る資材として直方体の塊を取り出す。

 それを全員で何度か往復して地上へ運び出すと荷車を組み立てる。

「よくこんなぴったりのサイズに切り出せますね。」

 エモウテミが感心したように言う。

「そもそも魔法の効果って数式で範囲指定するから、ぴったりになるものなんですよ。」

 優喜が事も無げに言うが、この国ではベクトルとか行列、二次関数や三角関数なんて全然知られていない。優喜たちが平気で魔法陣を調整できるのは、数学の知識の差によるところが大きいだろう。

 でもこいつら高校一年になったばかりだから、ベクトルとか三角関数なんてまだ習ってないはずなんだけど……

 そこは『優喜だから』なのだろうか。


 荷車が出来上がると、荷物を積み込んで周辺の調査をする。

「これと言って何もないね。」

「ありますよ。」

 茜の呟きに、優喜が否定的な意見を言う。

「え? 何か見落としていた?」

「うーん、目で見るからダメなんじゃないですか?」

「また心眼?」

 茜は嫌そうな顔をする

「心眼と言うより、魔力の気配ですね。この岩、魔法陣になってますよ。」

「え?」

「誰かが、強力な魔法で穴を開けたんです。」

「誰かって誰?」

「そこはやっぱり大魔王様じゃないですか?」

「ねえ、そういうの離れようよ。中学生じゃないんだからさ。」

 なんか茜はファンタジーな話題が気に入らないらしい。

「しょうがないじゃないですか。魔法とか実際に有るんだし。茜だって使いまくってるじゃないですか。」

「そうだけどさ、心眼とか大魔王とか、ちょっと引かない? なんか厨二臭いんだけど」

「我が右腕に宿る闇の力が暴れ出すううう。とかって言いださなければ良いんじゃない?」

 理恵が笑いながら言う。


 ダンジョンの周りをぐるっと一周すると、優喜たちは帰路へと就く。

 ダンジョンの位置はサキラの町から南西に二キロ。王都からだと真北から若干西にずれている程度である。したがって、帰り道はとにかく南下することになる。

 休憩を挟みつつ、優喜と茜の強化版地均し移動レベル四で進んでいく。


「何だあれは?」

 休憩中、エモウテミが西の空を指し、緊張した声を上げる。

「空を飛ぶ魔物?」

「不味いですね……」

 空を飛び回る影は、大きくは無いが数が多い。百まではいないが五十は超えている。

「理恵、芳香、広範囲型の火魔法の準備を。茜は風魔法をお願いします。」

 近付いてみると、紅鮭にトンボのような羽が生えたような魔物だ。ただし、鱗の色は紅ではなく毒々しい緑。ちっとも美味しそうには見えない。

「芳香は理恵が撃ってから三秒後にお願いします。」

 優喜の合図で理恵が爆炎を放ち、さらに芳香の火炎放射が空飛ぶ魔物を焼き払う。そして優喜は堀を作っている。空飛ぶ相手に堀とか作ってどうするんだ?

 と思ったら、炎で羽を焼かれた魔物が地面に落ちてくる。

「落ちたやつは無視して、飛んでいる奴に火をお願いします! 茜は風で奴らを寄せないように!」

「なにあれ! きっしょおおおおおおおおお!」

 理恵が突然悲鳴を上げる。

 地面に落ちた魔物がビチビチ跳ねながら向かってきているのだ。

「無視して上を!」

 そう言う優喜の声は裏返り、顔も引き攣っている。

 理恵と芳香が火魔法を繰り返し、飛んでいる魔物がいなくなったらあとは簡単である。

「焼き払って!」

「言われるまでも無いよ!」

 理恵が地を跳ねる魔物に向かって骨まで焼き尽くせとばかりに炎を叩き込んで、茜が炎の外の魔物をウォータービームで止めを刺していく。


 片が付いた。

 そう思ったのだろう。気を抜いた優喜に向かって、六本足の狼が襲い掛かった。

 狼が首筋を狙って飛び掛かって来たところをとっさに左腕でガードするものの、狼は腕を食いちぎらんどばかりに咬みついてくる。

「後ろの三匹を先に!」

 優喜は狼に咬みつかれながらも指示を出すが、理恵と茜は即座に反応できていない。その二人の前に芳香とエモウテミが抜剣して立ち、狼を睨みつける。

 雄叫びを上げて剣を振るい、芳香は自分に向かって飛び掛かって来た狼を切り伏せ、返す刀で後方の一匹の首を薙ぐ。さらに必殺技の名を叫び、まさしく必殺技と言えるほど強烈な突きを繰り出して止めを刺す。

 エモウテミは自分に向かってきた一匹に剣を振るい、傷を負わせているものの、まだ倒せてはいない。

 そこに我に返った茜のウォータービームが奔り、狼の頭を貫く。優喜に食いついている一匹に向けて茜がさらにウォータービームを放つのと同時に芳香の剣が翻る。

「くたばれ!」

 優喜が狼の頭を掴み、頭蓋の中に魔術を叩き込む。


「理恵、茜。治療魔法をお願いします。」

 優喜は狼のに咬みつかれた左腕の押さえながら声を掛ける。

「理恵?」

 理恵は真っ青な顔で立ち竦んでいた。

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