2-16 帰って来た人殺し

 王都に戻った優喜たちは、王宮へと足を運び王太子たちに報告をしていた。

 勿論、王太子たちは領主から報告は受けているが、だからといって優喜たちは報告をしなくても良いということにはならない。

 また、借りていた服や武器を返却しなければならないのだ。どうしたって王宮には出向く必要がある。


 魔物の個体としての強さは王都周辺のものよりもはるかに強力で、特に、その強固な鱗は生半可な槍や斧など通じないが、それでも魔法による攻撃は通用したため、駆除しつつ町へと入った。

 そして、グリカイゼの町で二泊し、その間に町の兵やハンターを率いて周辺の魔物を討伐。探すのも困難なほどまで狩り尽くしたので、後の処理は領主に任せて王都に帰還した。

 帰りの道中は、夜営してでも魔物を呼び寄せては狩ることを繰り返し進み、街道の安全の確保に力を割いていたため、到着が遅くなった。


 優喜の報告が一通り終わったところで、ドクグォロス王太子が静かに問いかけた。

「グリカイゼ駐屯兵の隊長を殺したそうだな。」

 同席している王国軍団長は、明らかに不機嫌、と言うより怒りに満ちた目で優喜を睨んでいる。

「はい。あまりにも自分勝手な言い分で部下を死に追いやり、敵の討伐を拒絶するなど、町を守る兵としてあるまじき行いをし、それを改める意思も無かったので、町を守る上で必要なことと判断し、彼の首を刎ねました。」

「自分勝手な言い分とは?」

 軍団長を抑えながら、王太子が問う。

「何の策も用意せずに、強力な魔物の前に部下を立たせて、無惨に喰い殺されたのを王国軍の名誉だとか、訳の分からない事を言っていましたね。」

「兵が敵に立ち向かうのは当然の事だ。兵の名誉を汚すことは許さぬぞ。」

 軍団長の言葉には怒りが籠っている。

「私は犠牲になった兵の名誉のために言っているのですよ。その兵たちが犠牲になったことで、何が得られたと思います?」

「町を守ったのだろう?」

「敵に餌を与えて、多くの魔物を呼び込んだ。それだけです。町を救ったのではなく、窮地に追い込んだのです。」

「莫迦な! それは結果だけを見て悪意を持って言っているだけだ!」

「魔物の襲撃初日である程度の犠牲が出てしまうのは仕方がないとして、一匹も魔物を倒せていないのに、二日目、三日目と兵を出す理由は? そんな事をしなければ、九十八人以上は命を落としはしなかったのですよ。」

「策を講じれば、犠牲は押さえられたとする根拠は?」

「私の指揮下では、兵卒一人の犠牲も出させていません。それで、町の周辺の魔物の駆除は完了していますよ。死んだのは隊長だけです。犠牲者を一人に押さえたことを讃えて欲しいくらいです。」


「敵の討伐を拒否したというのは?」

「魔物を一蹴するための作戦を与えたのですが、嫌だ、イヤだと繰り返すばかりで、兵隊長の責務を果たそうとしないのです。王都からの正規兵の援軍が無い限り、門は開けないと。自分で部下の敵討ちなんかしたくないと。町を守るのは他人にやらせたいと。私に指揮を譲って自分が無能と言われるくらいなら、町など滅んでしまえば良いと。」

 さすがに王太子も顔色が変わる。

「それは本当にそんな事を言ったのか?」

「ええ。兵士たちの目の前で。だから、兵士たちも私に付いてくれたんですよ。もちろん、その辺りは領主にも報告済です。その場にいた兵士たちからも事情の聴取は行われています。」


「事情は分かった。だが、平民が貴族を殺したというのは重罪だ。このままお前たちを町に戻すわけにはいかない。」

「やっぱりそうなりますか?」

「分かっててやったのか?」

「リスクがあるのは承知の上です。その上でお願いがあるのですが、彼女たちは見逃していただけませんか? 私が勝手に独断でやった事ですので。」

「そういうわけにもいかぬ。以後、互いに会話することを禁止する。明日、個別に審問を行う。」

 ドクグォロスが控えの従者を呼び幾つか言いつけると、従者は速やかに部屋を出て行き二分ほどで四人の近衛兵を連れて来た。近衛兵は優喜たちを一人ずつ連れられて、部屋を出て行く。

 連れていかれた先は四人とも地下牢などではなく、離れの宿泊施設だった。

 室内に残された監視の近衛兵は会話には一切応じず、暇だと言って優喜はベッドに潜り込むと直ぐに眠ってしまった。これは優喜の神経が図太いのもあるが、芳香たちも寝てしまったところをみると、相当に疲れてはいたのだろう。


 優喜が気持ちよさそうに寝ていると、食事の用意ができたと言って起こされた。って、食事がちゃんと出てくるのか。意外と待遇が良いな。

 案内の男についていくと、使用人は離れを出て宮廷へと向かっていく。って、そこで食事するのは王族だけなんじゃないの?

 優喜が通された部屋に入ると、やはりそこには王族が並んでいた。

「よく来たな。」

 モウグォロスが気安く優喜に声を掛ける。芳香たちはここには連れられて来ていないようだ。

「これは一体どういうことですか?」

 挨拶をするのも忘れ、優喜は呆然と呟く。

「お前のそんな顔が見られただけでも、呼んだ価値があったかな?」

 ドクグォロスが勝ち誇った笑みを浮かべて、優喜に席に着くよう促す。優喜は言われるまま座りかけて、弾かれたように後ずさる。

「こ、これは罠! 私を混乱に陥れ、国王陛下に向かって無礼を働かせて不敬罪で切り殺そうとは、なんという策士か!」

「ちげーよ。」

「大変失礼いたしました、国王陛下、並びに王太子妃殿下、さらに、えーと」

「挨拶は良い、さっさと座れ。」

 跪き畏まる優喜に対し、王太子は面倒くさそうに声を掛ける。

「それでドクグォロス殿下、何故私はこのような席に呼ばれたのでしょう? 私は処刑される人間ではなかったのですか?」

「お前を処刑できるわけがないだろう! 俺がそう言うことも予測済みのはずだ! まあいい。お前はモウグォロスの後宮に入れ。」

「それはできませんよ。」

「お前に選択権は無い。」

「いや、ちょっと待ってください。私、男ですよ? この国では男を後宮に入れるんですか?」

 ドクグォロスとモウグォロスの目が点になっている。

「あれ? 王太子殿下もご存知無かったのですか?」


「脱げ。」

 我に返ったドクグォロスは、まだ混乱しているようだ。

「下着を脱いで見せろと言っているのだ。」

「そうだ、脱ぐが良い!」

 ドクグォロスの混乱に乗じて、モウグォロスが参戦する。

「食事の席で何を言い出しやがるのですか! 変態ですか?」


 人払いもしていなければ縛り首になってもおかしくないような発言を繰り返す優喜を、最終的に国王ブチグォロスが宥めて場は治まった。

 しかし、王太子妃は不機嫌そうだ。平民と同席の上に、さらにその平民に我が子を莫迦にされて平気でいられはしないようだ。


「とにかく、私は後宮には入りませんからね。無理矢理いれられるくらいなら死んだ方がマシです。」

「しかし、そうなると相応の処罰を与えないと軍団長殿をはじめとした貴族一派が納得しないだろう。」

「私に一人で別の町に行かせれば良いじゃないですか。それで、その町を守れたなら万々歳。その功績を持って罪と相殺するとかそんなことにすれば良いんじゃないですか? 私が死んだなら、それはそれでってことになるでしょう?」

「お前は本当にそれで良いのか? 如何に強かろうと、多勢に無勢では勝ち目がなかろう。死にに行くようなものだぞ?」

 優喜の意思を確認してきたのは国王だ。

「私一人が死んで済む問題なら、私はそれで良いんですよ。私は、今回のことは概ね満足しているんです。」

「貴族を殺しておいて満足ですって?」

「おや、私がお守りした町には、ほかに貴族の方々はいらっしゃらなかったのですか? 領主殿も貴族だと思っていたのですが。あの隊長は領主殿が死んでも構わないようなことを言っていましたけど、それは放置して良かったんですか?」

「余計なことを喋るな。」

 苦々しい顔で王太子が言う。

「そういったことは、明日の審問の席で言えば良いのだ。本当にそんなことを言っていたのなら微罪で済むだろう。この話題はもう止そう。食事の席にふさわしくない。」


 王太子は話題を食事の席にふさわしいもの切り替えるとともに、ベルを鳴らして給仕を呼ぶ。

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