2-12 予定外

「よく来たな。乙女たちよ。」

「すみません、部屋を間違えました。」

 優喜たちは踵を返して部屋を出て行こうとする。

「待て! 待てと言っているだろう!」

「待ちません。」

 側に控える者たちはどうするべきなのか戸惑っている。

 そりゃあ、王族を前に挨拶もせずにいきなり帰る客を相手にしたことなどないだろう。

 優喜が自らドアを開け部屋を出ると、そこには驚いた表情の王太子ドクグォロスがいた。


 優喜は王太子に促されて部屋へと戻っていった。さすがの優喜も王太子を無碍にするわけにはいかないようだ。

「で、どうしたのだね?」

「そこのガキがいやらしい目で私たちを見るのがあまりにも不快で……」

 王孫殿下を完全にガキ呼ばわりである。

 この王孫は割と整った顔立ちで背も高く、真面目な顔をしていれば爽やかな印象を与える少年である。しかし、笑顔が最悪だ。とてもニコニコなんて表現できるものではない。ニタニタ、いやニチャニチャした笑い方をするのだ。爽やかさは消え失せ、下品で気色の悪い印象しかなくなる。

 芳香や理恵は「生理的に受け付けない」と言うが、あれを受け付けられる女性はいるのだろうか。


「それで、どのようなお話なのでしょうか。」

「まず、第一に、ダンジョンの調査に出た者たちから何の連絡も報告も無い。」

「それは、既に全滅していると見るべきでしょう。個々の力は大した事がなくても、数でおされたらどうしようもないですよ。」

「そこなのだよ。奴らは一体どれだけの数なのだ?」

「こちら側に向かった数が≪ロナシュイ≫以上。全部で≪リズゴザシュイ≫くらいはいるでしょうね。他の町の状況は分かりますか?」

「七以上の町が魔物に襲われて、門の内側に立て籠もっている。二つは連絡が途絶えた。」

「どうやって連絡を?」

「主だった町に置いてある魔法道具を使ってだ。一日に一回しか使えないが一分ほどのメッセージを送れる。領主が無事ならば連絡はできる。」

「なるほど。それぞれの町の周囲の敵はどれほどの数なのか分かりますか?」

「凄まじい数、としか分からない。」

「では、敵の特徴などを確認するようにしてください。それと、焦って討って出ないようにと。壁を越えて来ようとするものの撃退に集中して、戦力の維持に努めてください。損耗を拡大しては手の打ちようがなくなります。」

「何か策はあるのか?」

「今は何も無いですね。情報が少な過ぎます。」

「どうすれば良い?」

 優喜は珍しく考え込む。

「この町の兵には余裕がある。救援に出れば良いだろう。俺が率いて」

「ガキは黙っていなさい。」

 優喜は強い言葉でモウグォロスの言葉を遮る。ドクグォロスは一瞬だけ顔を顰めるが、冷静に我が子の意見を否定する。

「この町を手薄にするのはダメだ。誰に何と言われようとも、今はそれをすることはできない。」

「王太子殿下は分かっていらっしゃるようで安心しました。一緒に出兵するとか言いだしたらどうしようかと思いましたよ。」

「父上は臆病風に吹かれでもしたのですか? 多くの民が危機に晒されているというのに、兵の一つも出さないなど。」

「くだらないですね。兵を動かすことそのものに価値はありません。重要なのは、結果としてより多くの民を守ることです。兵を動かすのは、確実に勝てると判断できたら、ですよ。」

「ウスイの言う通りだ。兵を出して、万が一にでも敗北したら、助けられないばかりか、この王都の民をも危険に晒すことになる。敗北しなくても、多くの損害を出してしまえば同じだ。今は兵たちには、この王都を確実に守ってもらわねばならん。」

「では、見捨てるのですか?」

「見捨てたくないから、私たちが呼ばれているのでしょう? 少しは頭を使って考えてくださいよ。」

 優喜のモウグォロスを見る目はとても冷たい。

「とにかく、今必要なことは情報を集めることです。現状のままではハンターを向かわせるわけにもいきません。しかし、いつまでも分からないなど言っていては埒が明きません。道中の様子も含めて、色々と調査するしかないでしょう。籠城している中で一番近い町はどこですか? 私が行ってきますよ。出発は早くても明日の晩になりますが。」

「もう少し早く」

「なりません。準備も無しに敵の真っただ中に行くなど自殺行為です。そんなことは誰もしませんよ。」

「出発が明晩となると、着くのは明後日の昼か。」

「行くべき町を知りませんので、移動に掛かる時間は分からないですが。あ、旅用の服を今すぐに頂けるなら、もうちょっと早く出られますよ。そうですね、明日の朝には出られるよう頑張ります。」

「分かった。直ぐに用意させよう。魔導士ので良かったのかな?」

「兵士用の方が良いですね。」

「伊藤さんたちはどうしますか?」

「私は兵士用で。」

「魔導士用かな。」

「私も魔導士でおねがいします。」

「いや、服装の前に、一緒に行くと言うことで良いんですか?」

 芳香たちが当たり前のように服装のリクエストをするのに対し、優喜はそれ以前に行く意思の確認をする。

「かなり、というか、今までとは比較にならないくらい危険ですからね。王太子殿下に対してどうのとかは気にしなくて良いです。どうせ、私は行きますから。」

「危険なんでしょう? 何で碓氷はそんな簡単に行くなんて言えるの?」

「危険だからこそ、人任せにしたくないんですよ。誰かに任せてそれが失敗したとしたら、私は絶対に後悔します。それは嫌なんですよ。」

「それはウスイが責任を感じることでは無いぞ。むしろ私が責任を負うべき事柄だ。」

「あ、違います。犠牲者に対しての気持ちなんて私にはありません。単に、私がしないようなミスで、自分が負担を強いられるのが大嫌いなだけです。」

「それってただの思い上がり……」

「ええ、そうですよ。」

 優喜は茜のツッコミを真顔で肯定した。ドクグォロスは声を上げて笑う。

「自分ならもっと上手くやれる。そう信じて疑わないのは若さであり、同時に幼さだぞ。」

「だからこそ、他人の失敗を罵るようなことはしたくないのです。」


 ドクグォロスはベルを鳴らして控えの者を呼ぶと、色々と指示を出す。

「今、用意させるので少し待ってくれ。服の他に何か必要な物はあるか? すぐに用意できるとは限らないが、町で買うよりも早く用意できるものもあるだろう。何かあれば言ってくれ。」

「でしたら、お言葉に甘えまして、剣と槍を一振りずつ、それとナイフを二本お貸し頂けますか。」

 ドクグォロスがそれらを追加すると、控えの男は部屋を出ていく。


 優喜たちは待っている間に、町の立地、軍備の状況、被害の程度など、町の分かっているだけの詳細な情報を聞き出す。さらに、念のために領主への紹介状を書いてもらう。

 上手く町の中にまで行くことができれば、外の状況などを報告し、可能な限りの策を練る算段だ。

 町にまでは辿り着けない可能性の方が高いとは念を押しはするが、それでも可能性がゼロではない以上、打てる手は打っておくのが優喜のやり方である。

 服と武器を受け取り、優喜たちは城を後にする。もっとも、城内での武装が許されるのは近衛隊だけのため、武器を受け取ったのは城門を出てからである。忠義を誓っているわけでもない優喜たちに、王太子の目の前で武器を渡すなんて莫迦なことはしない。


 優喜たちは町に戻ると、色々と遠出に必要な者を買い込んでいく。

 食料は勿論、布や革の袋、ロープ、そして治癒の魔紋書。魔紋書は使う者の適性を問わず、必要な量の魔力さえ流し込みさえすれば魔法が発動するように加工されている。一枚につき使えるのは一度きりだが、治癒や盾の魔法を適性関係なく使用できるため、多くのハンターたちに重宝されている。そもそもとして、治癒の魔法は水と聖の二属性を必要とするため、使える者が殆どいないのだ。しかも、両方に適性のある者は神官職に就いたほうが安全に安定した稼ぎが得られるため、わざわざハンターなどになる者はさらに少ない。

 この王都を拠点とするハンターの中にも、三級以上のパーティーには最低一人いるが、四級以下には全部で二人しかいない。

 七級パーティーのイナミネや点滴穿石では二人同時行使で使うことができたりするのだが、このやり方もハンターではメジャーではない。神官への道を是とせずハンターを選んだ異質の存在、加藤聖あってこそである。普通はそんな選択はせず、聖属性しか持たない者は神官、あるいは王宮の魔導士団を目指す。


 一通りの買い物が終わると、食事を取ってからハンター組合へと向かう。

「王宮からの呼び出しがあったため、狩に参加できなくて済みません。申し訳ないついでに、午後も、明日からもお休みさせていただきますのでよろしくお願いします。」

「城で何を言われた?」

 優喜が一方的に告げると、カナフォスが視線を逸らして言う。

「グリカイゼの町に行ってきます。ここより酷い状況らしいので、様子を見に。」

「いつ出発だ? 俺たちも行く。」

「ダメです。みなさんはこの町の周辺の敵の掃討に尽力してください。グリカイゼは町の門を開けられる状況ではないそうです。他にも同様の町は幾つもあるそうで、早く手を打たなければ、国自体の存続に係わります。」

「お前たちだけでは危険すぎる。いいか、数ってのは暴力なんだ。いくらお前の魔法でも、何千もの敵に勝てはしない。」

「私たちは偵察に行くのです。もちろん、狩はしますが、それは無理のない範囲で、です。ご心配には及びませんよ。引き際は心得ているつもりです。」

 カナフォスをはじめ、三級パーティーのリーダーたちは納得が行かなさそうであるが、優喜は無理矢理話を終わらせる。


「それでは、私たちは遠出の準備がありますので、失礼します。」

 そう言って家に帰って来た優喜たちのすることは、ゆっくり休み寝ることであった。

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