1-26 やっと着いた

 優喜は、他のメンバーが追いついてくるまで暫く休んで待っていた。みんな、疲労困憊といった表情で、恨めしげに優喜を見る。

「少し、休んだ方が良さそうですね。」

 優喜が良い、カナフォスも同意した。

 一年五組の一同は、みな腰を下ろし、あるいは寝転がって休む。

 優喜は土魔法で排水用の穴を開け、水魔法で出した水で手と顔を洗い、喉を潤す。

「てめえ! 何一人で飲んでるんだよ! ズルいぞ!」

 力也が掠れた声で叫ぶ。こいつは何かと叫びすぎだから喉が渇くんだろう。

「水くらい、自分で勝手に出して飲めば良いでしょう?」

「適性ねえんだよ!」

「私だってありませんよ? でも、ちょっと飲むくらいの水なら何とかなるでしょう?」

「ならねえよ! お前、自分が何言ってるか分かってるのか?」

 横からコジュタルが激しくツッコミを入れてくる。

「いえいえ、練習しないからできないんですよ。レベル三とかの魔法が使えるなら、適性が無くてもレベル一くらいなら魔法の発動はできますよ。威力とか全然ダメですけどね。自分が飲む程度の水くらいなんとかなります。」

 優喜に強く言われ、コジュタルや他の魔導士達が単に水を出すだけの魔法にチャレンジする。みんな十回から二十回程度のチャレンジで、魔法の発動そのものには成功した。出てくる水はコップ半分にもならないが、それでも魔法が発動したことには変わりがない。尚、この魔法は、適性がある者が使うと、三から四リットルほどの水が出てくるという話だ。胸を張って『使える』と言えるほどではないが、全く使えないわけではないという結果に、みんな微妙な顔をしている。

「そろそろ行くぞ。」

 カナフォスも無情だ。魔導士たちの水魔法が一通り成功すると、優喜たちの休憩時間を終えて移動を開始する。別に、魔導士たちにはこの休憩は必要が無かったようだ。

 優喜も再び歩いて移動する。

 延々と歩きに歩きに歩いて、ようやく足を止めたのは空が夕焼けに染まりかけてからだ。簡単に夕食を済ませると、カナフォスからお達しが下る。

「お前たちは見張りはしなくて良い。朝まで寝ていろ。」

 カナフォスは厳しいようで、結構優しい。

「これ以上無理をして、明日動けなくても困るからな。ちゃんと体力を回復させろ。」

 そうでもなかった。見張りとしての能力も不確かだし、翌日の移動を考えるての合理的な判断というやつなのだろう。見張りは中級、上級パーティーが交代で立つこととなった。


「ガキだからって随分と甘やかすじゃないか。」

 第三級の『六槍』バナセンキが不満そうに言う。

「アイツらは駆け出しの七級だ。仕方無え。これ以上頑張らせたら明日動けなくなる。」

「七級? 六級以下は今回の討伐参加義務なんて無いだろう? 好きで参加してるならちゃんとだなあ。」

「いや、アイツらだけは強制参加だ。上の方針でな。捨て駒でも何でも使えってよ。」

 吐き捨てるように言うカナフォス。

「けどな、俺は誰も捨て駒になんてするつもりは無え。それに、単に足手纏いってワケでもないしな。バナセンキだって分かっているだろう? あのガキどもは役立たずじゃねえ。」

「それもちょっと違うんじゃないか? 確かに役に立っていなくはないが、あのリーダーの小娘がいなけきゃただのガキの集まりだろう。アイツ等一体どこから来た?お前は何を知っている?」

「一ヶ月くらい前に来たクソ生意気な七級の集団ってくらいしか知らねえよ。細かいことはアイツらに直接聞いてくれ。悪いが俺は先に寝るぞ。交代の時間になったら起こしてくれ。」

 カナフォスは毛布を掴んで草むらに身を横たえる。


 翌朝、日の出前に優喜は目を覚ました。少し離れた所で用を足していると、左後方に気配を感じ、振り向く。三十メートルほどのところに魚獣が四匹。様子を伺いながら優喜に近づいてきていた。

 優喜は慌ててパンツを上げながら素早く詠唱し、魔法を発動する。足元から無数の石飛礫が飛び、魚獣を打ちつける。しかし、硬い鱗に覆われた魚獣には大してダメージを与えられていない。

 飛礫が止むと同時に魚獣たちは優喜に向かって飛びかかる。優喜は数歩下がりながら魚獣の攻撃を躱して、次の魔法を放つ。優喜の立つ場所が一気に隆起し、その切り立った側面から生えた土の錐が魚獣の一匹を貫く。さらに優喜は魔法を行使して、魚獣の足元に縦穴を掘る。

 立っていた場所を元に戻すと駆け寄ってきた見張りから声がかかる。

「おい、どうした? 何かあったのか?」

「魔物です。そこの穴に三匹落としてますが、まだ生きていますので注意してください。」

 そういう優喜の視線の先には、土の錐に腹を貫かれてた魚獣が苦しみもがいている。魚獣に向かって駆け寄り、大きくジャンプして首を踏み潰す。さらに詠唱し、穴に落ちた三匹に止めを刺していった。

 見張りの男は、既に方が付いていると判断したのか、優喜を手伝う気配すら見せずに周囲の警戒をしていた。


「まだいますか?」

「いや、近くには見当たらないな。」

 二人で周囲を見回すが、魔物の影は見当たらない。優喜は穴を戻すと。死体を焼こうとして思い止まる。

「これって持って帰ったらお金になりますか?」

「ん? ああ。肉はまず無理だが、魔物のツノと牙は大抵は売れる。切り落とそうか?」

 見張りの男は優喜が武器らしい武器を持っていないのを見て言った。

「そうしていただけると嬉しいです。」

 言い終わらないうちに、見張りの男は魚獣の首に刃を振り下ろしている。首を落として残った死体に火を放って、二人は四つの首を持って戻っていく。

「奴ら、もうこの辺に来てるのか。」

 魚獣の首を持って戻ってきた二人を見て、寝起きのカナフォスが言う。

「夜の間はどうだったんですか?」

「俺の時は何も無かったな。」

「何かあったって話は聞いてないですね。」

 カナフォスも見張りの男も、ここで魚獣を見たのは初めてのようだった。

「明るくなってきて動き出したんでしょうか。」

「かも知らんな。まあ、数匹程度で動いているなら何とでもなるだろう。」

 カナフォスが大声で号令を出し、ハンターたちは撤収作業を始める。


 魚獣の首を荷車に積み、荷物を纏めると優喜たちも動きだす。

「あんまりモタモタするな!」

『翠菖蒲』にどやされつつ、出発する一行。腹が減っただの、疲れが取れてないだの煩く喚く莫迦がいるが、「だったらお前らだけいつまでも寝ていろ」といつものように言われるだけだった。

 そしてまた、ひたすら歩き続けて、太陽が中天を過ぎた頃、ようやく町に着いた。

 途中、ハンターたちは見かけた魚獣を狩り、優喜たちの荷車に切り落とした頭と爪を積み込んでいた。お陰で、優喜たちの荷物は背負えるものは背負って運ぶ羽目になる。その代わりに、荷車はハンターたちが交代で引くことになった。

 町に着いた時には荷車の一台は魚獣の首が満載されていた。ハンター組合に着くと、第三級パーティーのリーダー達は連れ立って報告に行き、他はゾロゾロと狩った獲物の換金のため裏手に回る。

 ハンターたちは、それぞれ自分が狩った数だけを荷車から下ろして、手続きを済ませていく。優喜たちは、朝に優喜が狩った四匹のだけである。

 魚獣の角は結構高く、一匹で銀貨十枚の値段が付いた。だが、優喜の四匹は買取を拒否されてしまった。

 魔獣狩りは第五級以上が対象であり、第七級の『イナミネA』には売る権利が無いのだと言う。優喜は必死に食い下がるが、ダメなものはダメ。例外は無い、と突っぱねられてしまった。

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