1-15 一歩前進

 翌朝、優喜たちは宿で食事を済ませると、ハンター組合に向かう。掲示板の第七級の仕事は変わり映えが無い。何日か放置されている仕事とかあるが大丈夫なのだろうか。

『点滴穿石』は、いつも通り幾つかの薬草採集を請けて南西の森に向かう。採集を済ませた後に、『イナミネA』『カエデ』に合流してウサギ狩をする予定だ。

 今日のウサギ狩は、『点滴穿石』が合流しやすいよう、南門からでて南西方面で行うことになった。

 彼らは『メシア』が来るのを待って、少し組合でゆっくりとしていたが、来る気配もないので諦めて出発する。

「あの人たちどうするんだろ? また私たちがお金を出してくれるとでも思ってるのかな?」

 寺島理恵がため息を吐きながら言う。心配と言うより呆れているような口ぶりだ。

「前に請けた仕事を終わらせに行ってるのかもよ?」

「そうだと良いですけどねえ。三日以内ですから今日中に終わらないと依頼失敗ですからね。違約金なんて負担してやるつもりは無いですよ。」

 碓氷優喜の言葉に一同はうんうんと頷く。

 喋りながら道を行き、最も外側の畑の端までくると、『点滴穿石』は一団から別れて森を目指す。

『イナミネA』『カエデ』は西に向かってウサギ狩の陣形を組み、狩を開始する。

 狩っても狩ってもウサギは涌いて出てくる。不思議に思った津田めぐみが一体どこから出て来るのかと組合で聞いたところ、草原と森の境界辺りにかなりの数が棲み着いているとのことだ。


 陽が東の空に昇ってから『メシア』は動き出していた。安宿で素泊りの彼らには朝食が出ない。

 元気なく屋台広場に向かい、パンを一人二個買うと、ちょうど残金がゼロになる。これは昨夕、優喜が計算した通りである。

「組合に行こうか。ガイドを雇おう。僕たちだけで森に行っても、たぶん時間の無駄だろう。」

 司が言う。特に反対も無い。一日探し回って必要量の半分も集められなかったのだから無理もない。

 司を先頭にハンター組合に向かうが、彼らの足取りは重い。まだ疲れが抜けきっていないのだろうか。

「誰か僕たちに薬草探しのガイドをしてくれませんか。」

 階段を上り、二階のロビーに入るなり司が声を上げる。周囲の人たちが振り向き、そして大爆笑が起きる。『メシア』一同は、何のことか分からずに驚いて周囲を見回す。

「お前らか。薬草探して迷子になった莫迦七人組ってのは。」

 笑いながらオッサンが言う。見た目は三十代半ば。身長は百八十センチメートルほどはあり、ガッチリした身体つきで如何にも強そうである。日に焼けた首からは第四級のプレートが下がっている。

 力也が不機嫌そうに睨みつけるが、そんなことは気にせず男は言葉を続ける。

「お前らにハンターは向いてねえ。諦めてお母ちゃんの所に帰んな。お坊ちゃんたちよ。」

 莫迦にするというより、これは忠告だろう。優喜も言われているが、彼らは圧倒的に実力不足だ。しかし、それでも彼らは引き下がれない。引き下がる道も方法も知らないのだ。

「未熟なのは分かっています。でも帰れないんです。お金が、要るんです。」

 司が力なく言う。

「銀貨五枚だ。それで半日教えてやる。」

 横から声が掛かる。こちらは身長百七十センチメートル後半の痩せ型の男だ。

「おいおい、そんなんで良いのかよ。」

「どういう風の吹きまわした?」

 周囲から驚きの声が上がる。

「俺も駆け出しのころは先輩方に世話になったことがあるからな。一度だけ大サービスだ。多分、これ以上良い条件出す奴はいないと思うぞ。」

 男の言葉に司たちは顔を見合わせる。

「今、そんなにお金が無いんです。」

「あ? そんなの、そこらの仕事を幾つか請ければ良いだけだろう。それとも、もう残ってないのか?」

 言われて、メシアは七級の掲示板を見に行く。

「今請けている仕事はあるのか?」

「ルギノの実を請けています。」

「じゃあこの辺だな。割と近い所で採れる。」

 男は幾つかの依頼を指して言う。


 銀貨二枚の仕事を一つと、銀貨一枚の仕事三つを持って司は受付に行く。受付の男は苦笑いをしながら受け取り、手続きを済ませる。

「普通だったら追加の仕事は許可しないんだ。今請けている仕事が最優先だからな。フリザクトさん、これ失敗になったらあなたのポイントも差っ引きますからね。」

「うお? マジかよ。まあ、こんなの失敗なんてしねえけどな。まあ、ちょっと鍛えてきてやるよ。」

 受付の男の言葉に、フリザクトと呼ばれた男は軽く返す。

「じゃあ、さっさと行くぞ。」

 フリザクトは言って、組合から出ると南に向かう。彼に続き『メシア』の七人は南の森へ向かった。

 意外とフリザクトは色々と親切に教えてくれている。

 ハンターが知っておくべき事柄以前に、森に入る者の常識、危険の察知方法、食べられる実や草など。そして、薬草の種類やそれが生えている場所はもちろん、葉の摘み方、草の毟り方まで、丁寧ではないものの、一通りの説明を次々としていく。

 あれを取れ、これには触るな。そっちは危険だから近づくな。一々文句言うなうるせえ。この形の葉っぱの木が目印だ、その近くに目的の草が生えていることが多い。勝手に変な実を採るな。うるせえ黙れ。あっちにある土の塊はハチの巣だから絶対近づくな。これはシカが食った跡だから鹿狩りするときはこういうのを頼りに探せ。

 森を歩きながらあれやこれやと指示し、指導するフリザクトの後ろで、力也が時折喚いている。

「うるせえ言ってるだろ! 黙って聞けや!」

 力也の文句と愚痴に遂にキレてフリザクトの鉄拳が飛ぶ。フリザクトは何度も言って聞かせるつもりは無い様だ。聞かないならぶん殴る。ハンターらしいと言えばらしい男である。

 そんなこんなはありつつも、メシアが昼に町に戻ってきた時には、請けた仕事の分だけでなく、常時買取対象の薬草も何種類か採集していた。

 銀貨七枚銅貨百二十二枚を得て、その中から銀貨五枚をフリザクトに払うと、残金は銀貨二枚半をすこし上回るていどであった。

 なけなしのお金をはたいて、『メシア』は高い昼食を取る。はじめてハンター組合一階の食堂での食事である。



 早々に採集を終えた『点滴穿石』と合流し、『イナミネ』と『カエデ』はウサギを狩りまくっていた。

 既に荷車には十四匹が積み込まれ、担いで運んでいるのが二匹。そろそろ一度戻ろうかと引き返したところ、四匹のウサギを発見した。彼らはいつも通りに追い込んで、いつも通りに仕留めていく。

「これからは見かけても無視して行きますよ。戻ってお昼にしましょう。」

 優喜の言葉に、誰からも異論はない。

 荷車要員が二台合わせて十人、残りの二十四人は四人一組でウサギ一匹を担ぐ。四人組の中で前後左右のポジションチェンジしながら運べば、肉体への負担はさほど大きくないようで、小柄な女子陣もそれほど辛そうではない。

 一行が組合に着くと、一階で『メシア』が食事をしていた。

 二十匹のウサギの換金を終えると、優喜たちも食事にする。尚、ウサギの振り分けは単に頭数で割って『イナミネA』が八匹、『点滴穿石』が八匹、『カエデ』が四匹である。

 三チームとも、昼食は屋台である。ハンター組合の食堂はかなり割高だと気付いたのだ。

「午後は荷車に積めるだけにして、魔法の練習でもしますか? それともお金優先にしますか?」

 食べながら優喜が訊くと、意見は真っ二つに割れた。

 結局、両陣営の代表によるじゃんけん三本勝負により、狩れるだけ狩りまくる方向でいくこととなった。


「そういえば、メシアには毎日銀貨五枚以上を返して貰いますので、宜しくお願いします。」

 唐突に優喜が告げる。

「一体何のお金だ?」

 司が訝し気に訊き返す。

「あなたたちの捜索・救出に掛かったお金です。全部で銀貨二百枚、返してくださいね。」

 目を剥き、司は慌てて拒否する。

「待ってくれ。それじゃあ僕たちの食事とかが」

「待ちませんよ。真面目に一生懸命に必死に働けば良いでしょう? あなた方が怠けることに、なぜ私たちが協力しなければならないのです?」

「僕たちだって頑張って一生懸命にやっている!」

「下らないですね。必死にやっているかも知れないですが、真面目にはやっていないでしょう? やる事やらずにサボっているでしょう? 私から見ればあなた方は頑張っていないのです。どう贔屓目に見ても。」

 優喜に完全否定され、司は必死に反論を試みる。

「君は知らないかもしれないが、僕たちだって……」

「ほう。一体何をしたのですか? 具体的に行ってみてください。具体的に、何を何のためにどれだけ頑張ったのか。」

「薬草を探して森を歩き回って。」

「どう探したのですか? なぜ歩き回ったのですか? それは必要なことだったのですか?」

「どうって、森の中をあちこち歩いて……」

「話になりませんね。薬草を探すのに必要なのは森を歩き回ることではありませんよ。」

 優喜の言っていることが分からないのか、司はきょとんとしている。まあ、司以外も分かっていなさそうな人は多いが。

「良いですか? そもそも薬草を採るには、薬草の生えている場所に行けば良いのです。あちこち歩き回って探す必要はありません。」

「だから! どこに生えてんだよ! 分かってりゃ苦労しねえっての!」

 力也ががなり立てる。ただし、司の背後に隠れて。

「本当に愚かですね。何故、どこに生えているのかを知らないのです?」

「そんなん知るわけねえだろ!」

「それはですね、知る努力を怠っている、というのですよ。」

 司たちは呆気に取られている。

「はい、一生懸命、真面目に頑張りましたか? 必要な知識を得ることに対して。お答えください。」

 司は答えられない。

「だから言っているんですよ。清水君たちは必要な努力をしていないと。薬草の採集をするのに、薬草の知識を得る努力が何故不要と思うのです?」


「だいたいが、私たちに求められているのは結果です。頑張ったとか苦労したとか、ハッキリ言って何の価値もありません。」

「それは違う!」

 司は必死に否定する。

「違いませんよ。いくら苦労して頑張っても、薬草を見つけられませんでした、獲物に逃げられました。それでは一円たりともお金を貰えません。お金が無ければ食べ物も買えません。逆に、頑張らなくても、リュックを中身丸ごと売れば金貨一枚くらいにはなると思いますよ。」

「だからそうじゃなくて、なぜ僕たちが苦労したことを思い遣ってくれないんだ? 少しは……」

「なんでそんなことをする必要があるのです? 清水君たちが苦労したのは、清水君たちが怠けてサボった結果でしょう? それを思い遣って欲しいと言われましてもねえ。そういうのはご両親に言っていただけますか? 私たちはパパやママではないのですよ。上手く行かなかったけどよく頑張ったねなんて言葉は、両親意外に求めるものではありません。」

 あちこちから呻き声が上がる。何か思い当たることがあるのだろうか。


「必要なことは何であるかも考えないで、無闇に的外れなことを繰り返す。そういうのを無駄な努力って言うんです。サッカー選手を目指して毎日バットの素振りをしている人に、どんな言葉を掛けますか? 試合に負けて落ち込んで、でも、僕だって毎日素振り千回頑張ったんだ!って言われて、何と答えますか? その頑張りに意味はありますか?」

 司は頭を振って必死に否定しようとするが、言葉が出てこない。

「他の方も、なにか私の話にオカシイ点があったら言ってくれて良いですよ。」

「いや、なんかすげえ納得した。確かに俺、何も考えてなかった。なんかさ、適当になんか上手くいくだろって勝手に思ってて、でも上手くいかなくてさ。で、碓氷とか津田とかなんか上手くいってるの見て、なんかあいつらズルいって。」

 優喜の言葉に、榎原敬がなんか言う。なんか。

「とりあえず、頑張ったことを免罪符のように言うのは、今後一切やめていただけますか? そして、何が必要なのかちゃんと考える。分からなければチーム内で話し合う。良いですね?」

 司は、無言で頷くだけであった。

「でもさあ、碓氷って考えていることを話してくれないよね。」

 伊藤芳香が不満を口にする。

「そうそう。何か考えがあるってのは分かるから一々文句言うつもりは無いんだけどさ。」

 寺島理恵が頷き、さらに言う。

「意見を聞いてくることはあっても、相談してくることってないよね。」

「っていうか、結構大事なこと勝手に決めてくるよね。」

 この際だからと、口々に不満を言う。

「ええい! 分かりましたよ! 私が悪かったです。」

 優喜は大きく息を吐き、一度言葉を切る。

「大変申し訳ありませんでした。今後はきちんと考えを説明するようにします。もし、説明を忘れているようだったら聞いてください。」

 優喜は素直に頭を下げる。


「それでは、気を取り直して、ウサギ狩午後の部行きますよ! 稼げるときに稼ぎます。お金が無くて雨のなかウサギ狩とか嫌ですからね。」

 優喜が号令を掛け、全員で南に向かう。

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