1-13 揃わない足並
「あ、おかえりー。どうだった?」
ウサギを担いでやってくる『イナミネA』と『カエデ』を見つけた奥田友恵は手を振りながら声を掛ける。
採集状況が芳しくない『点滴穿石』は既に仕事の達成と薬草の換金を済ませて昼食を摂っていた。
「手伝うか?」
「大丈夫だよ、後ちょっとだし。」
堀川幸一の申し出を芳香が遠慮する。まあ、五人目とか入る隙間無さそうだしな。ぞろぞろと裏手のケモノ窓口に向かっていく。
「おう。お前ら今日もウサギか。」
「ほかにいい仕事が無いんですよ。」
ウサギを降ろしていると、ケモノ担当のオヤジが声を掛けてきた。
「シカは狩らんのか?」
「今は季節じゃないでしょう?」
「だから、獲る奴がいなくてな。肉も出回らんのだよ。」
「あー、そういうものですか。あ、これ三匹は私たちイナミネAで、二匹がカエデでお願いします。」
優喜が受け答えしながらカウンターに向かい、プレートを提示する。
「ちょっと待ってな。これ先に運ばせてくれ。」
オヤジは手早くウサギを運び込み、手続きを済ませる。
「ウサギ一匹が銀貨五枚銅貨六十五枚。三匹だと銀貨十五枚銅貨百九十五枚。おい、釣りの銅貨一枚あるか?」
優喜が銅貨一枚を出すと、オヤジは銀貨十六枚を手渡す。
「で、二匹の方が銀貨十枚銅貨百三十枚。ほい。」
現金を受け取り、楓は顔を綻ばせる。
「ところで、これはランクアップのポイントになるのですか?」
「ああ、ウサギだと一人一匹一ポイントだ。」
「七から六へのランクアップは……」
「たしか四十二ポイント必要だな。」
「それ、何とかして早くする方法って無いのですか?」
「毎日大量に狩って来られたら上も考えるだろうが、こんな数しか狩れないんじゃ話になんねえな。一日に一人一匹なんて誰でもできるんだよ。最低でも一人三匹くらい狩ってきな。お前ら人数多いからな、それ位でもこっちが溢れっちまう。」
ランクを上げるには結果で示すしかないようだ。当面はウサギ狩を頑張るしかなさそうである。
「ご飯食べよう!ご飯!」
根上拓海が急かして食堂に走っていく。元気だなアイツ。
食事をしながら優喜は津田めぐみに『点滴穿石』の状況を聞いている。
「じゃあ、ここまでの分、書いておいてください。」
優喜はルーズリーフノートをめぐみに渡して言う。ページには左から日付、適用、対象、収入、支出、総合残高、A残高、メシア残高、穿石残高、カエデ残高となっており、既に二十行ほど書かれている。
「なにこれ。こんなの付けてたの? マメだね。」
「実際に財布の中身を確認して、残高の付け合わせはしておいてください。いつの間にか減っていることもありますからね。不本意かもしれませんが、自分は誤魔化していないって証明することも必要なんです。お互い知り合って一ヶ月も経っていないのですから。」
「信用、されてないかな。私。」
「あなたは全員を信用していますか? あなたが信用していない人からは信用されていませんよ。」
「あー、そうだね。ところでカエデって何?」
「メシアが早くも分裂しました。村田カエデさんがリーダーなのでカエデチームです。」
「私は楓。カエデって書いてフウって読むの!」
楓が会話に割り込んでくる。
「あ、ごめんなさい。その話はあとでお願いします。先にお金の確認をしちゃってもらえますか。お喋りは歩きながらでもできますので。」
優喜は電卓を差し出して仕事を優先するよう言って、食事に戻る。めぐみは小野寺雅美と時田直弥を呼んで帳簿をつけつつ財布の中身の確認をはじめた。
食事を終えて伸びをする優喜に、めぐみが帳簿を返す。
「ちゃんと合ってたよ。こっちは今日は銀貨九枚銅貨五十六枚の稼ぎ。あ、お昼ご飯分引いてね。」
「薬草はいけそうですか?」
「かなり厳しい。森の中を歩き回るのもなかなか難しいよ。金額でもAの方が上でしょう? こっちの方が一人多いのにさ。で、さっきみんなとも話したんだけど、昼からはウサギ狩に一緒に連れて行ってもらえると嬉しいんだけど。」
午後はウサギ狩がメインになるようで、その方向で話が進む。時間当たりの稼ぎが一番多いのは現在の所ウサギ狩だ。
「皆さん食べ終わりましたか? そろそろ行きますよ。」
優喜が声を掛けると一斉に立ち上がり、トレーを持って食器を下げる。
カトゥムルス木工で荷車二台を受け取り、優喜たちはやはり町の西の畑に向かう。
「なにこれ?こんなのどうしたの?」
「紙二百枚で買いました。」
驚く『点滴穿石』のメンバーに、優喜はドヤ顔で言う。
「これで担がなくて済むんだね!」
「そんなこと碓氷が認めてくれると思っているのかな? かなァァ?」
歓喜する五十嵐寿に、理恵の恐ろし気なツッコミが入る。それでも雰囲気は明るく、和気藹々としながら狩場に向かっていた。
そのころ『メシア』は、森の中で薬草を探していた。しかし、相変わらず探す能力は無いようで、一向に目的の物が集まらない。
「くっそ、どこにあるんだよ。」
「喚いてないで真面目に探してくれよ。お前だけだぞ。一つも見つけてないの。」
力也の愚痴に、中邑一之進がウンザリしして言う。
「なあ、いったん戻らないか? 腹減ったよ。」
「そうだな。一度戻って立て直そう。で、町はどっちだっけ……」
誰からも返事が無い。
「え?」
「マジ?」
道に迷ったようだ。村田楓が言っていた最悪の事態って奴か。
「みんな落ち着け。僕らは町の南の森に来ているんだから、町は北にある。今は昼頃だろう。太陽があっちだから、向こうに行けば良い。」
司が大雑把なことを言う。本当に大丈夫なんだろうか。
森の中は倒木、岩、崖などのため、まっすぐ進むことなどできない。思った方向に進むのは意外と困難で、そのために山菜やタケノコを採りに山に入って道に迷う人は多い。いつの間にか、思っていた方角とは全然違う方向に進んでいるのだ。
『メシア』はまさにその状態にあった。目的の方角である北から大きく逸れ、北東方向に進んでいる。
今もまた、何も考えずに沢を越えていく。今まで沢なんて一つも越えていないのだから、帰り途に沢など有るはず無いのだが……
一方、『イナミネA』、『カエデ』、『点滴穿石』の合同ウサギ狩チームは調子よく狩を進めている。既に十一匹を荷車に乗せ、新たに見つけた五匹を追い込んでいる。
いつも通りに穴に落としてからの袋叩きで止めを刺す。穴を戻して荷車に積み込むと、優喜は引き返すよう号令を出す。ただし、帰りは町とは逆の草原側でウサギ探しをしながら進む。
荷車は一台に四人が付き、二人が引き、二人が押している。
新たに四匹のウサギを発見し追い込みをかけていると、横手から何かが飛び出してくる。体長一メートル以上ある大型のイタチだ。テンかも知れない。
最も町から離れた位置で追い込みをしていた益田海斗に襲い掛かるのを、すぐ近くにいた堀川幸一が体当たりをして防ぐ。
「全員、全速力でこちらへ! 山口さん、益田君の向こうに壁を。風はウサギの足止め、水はウサギを撃って!」
矢継ぎ早に指示を出し、魔法陣をばら撒くと優喜は自ら詠唱を始める。
海斗と幸一がイタチに背を向けて走り出し、茜の魔法で生まれた土壁がイタチの追撃を阻む。茜は立て続けに土の魔法を詠唱しウサギを穴に落とすと、さらに次の詠唱を始める。
壁の横から飛び出したイタチに、優喜はタイミング良く土の槍を放つ。身を躱し、即死を避けたものの、土の槍はイタチの足を砕き、イタチは地面を転げまわる。
さらに茜の放った追い打ちが直撃し、イタチは動かなくなった。
「ウサギにも止めを。」
優喜の指示で魔法と石が穴に叩きこまれて、狩は終了である。
「二人とも、怪我は大丈夫ですか?」
イタチを引き摺りながら優喜が声を掛ける。
「俺は大丈夫だけど堀川が。」
「かすり傷だ。大したこと無いって。」
当人の言うように、傷自体は深そうではない。服の袖は破れてしまっているが。
「上着を脱いで、袖をまくってください。」
厳しい表情で言う優喜に圧され、幸一は腕を出す。
「破傷風や狂犬病は恐れるべきです。他にどんな感染症があるか分からないのですよ。加藤さん。神殿での治療はどのように行うのです? 薬で消毒などするのでしょうか? それとも魔法だけ?」
「普通は怪我も病気も魔法で治るって言っていたけど。薬を使うのはお金が無い人が使うんだって。」
「では、治療魔法とやらを試してみましょうか。加藤さん、詠唱は覚えていますか?」
「おい、俺は実験台かよ。」
「魔法の練習のために態々怪我をするわけにもいかないじゃないですか。こういう時に練習しておかないと。」
「水は山口さんですね。一緒にお願いします。確か、治療魔法はこんな感じでしたよね。」
優喜が魔法陣を書くと加藤聖の説明に従って茜が手を添える。聖が詠唱をして、二人で魔力を込めるが魔法は発動しなかった。
「さあ、再チャレンジです。まだまだやりますよ。一回失敗したくらいで落ち込まないでください。」
繰り返し治療魔法にチャレンジし、九回目で発動して治癒の光が幸一の傷を癒していく。
「ほら、やればできるじゃないですか。やらずに尻込みしていたら絶対にできないんですよ。」
言っていることは間違っていないのだが、何か一言多い優喜。だが、聖の表情は明るい。
組合に戻った一行は、ウサギとイタチを買取に出す。全部合わせると金貨一枚に達するが、チーム毎に分割しての受け取りなので、まだ金貨を拝むことはできなかった。
優喜は組合の受付で『メシア』の仕事状況を確認し、皆でウサギ狩をしている旨を『メシア』が戻ったら伝えてもらうようお願いして組合を後にする。
「メシアは朝に薬草の仕事を請けて、まだ終わっていないそうです。」
沈鬱な表情で優喜が言う。
「お金、倍にして返してもらわないとね。」
津田めぐみは結構シビアだ。
夕暮れ、ウサギを九匹狩って戻ってきても、『メシア』は何の音沙汰も無かった。
「今からでも探しに行った方が良いんじゃねえか? さすがにヤバいって。」
「無理です。今から私たちが探しに行くのは最悪手です。話し合うべきはお金の使い方です。私たちの手元には銀貨にして百八十五枚程度あります。今受付で聞いたのですが、明日の朝から捜索するとして、依頼料は一人銀貨十四枚程度が相場らしいです。」
「今からは無理なの?」
「残念ながら無理なんですよ。津田さん、空を見てください。もう日没です。日没で町の門が閉まってしまいます。依頼を出したって、町の外に出られません。」
みんな揃って空を見上げる。空の色は青から赤に変わりつつあった。
「明日の日の出、開門で開始。正午で受け付け終了、日没、あるいは見つかったら終了。内容はこの制服を着た男七人組を探す。場所は南の森。仕事の詳細説明の時に、南の森が手に入れやすいと説明したそうなので。ここまでは良いですか?」
優喜の依頼内容の説明に、揃って頷く。
「問題は金額です。依頼は前払いです。朝一から動いて欲しければば今から依頼を出すべきなのですが。」
優喜は言葉を切り、全員の顔を見回しす。
「ぶっちゃけ、お金を使ってまで彼らを助けたりするの反対。放っておけば良いっていう人いますか? 良い悪い抜きにして、ぶっちゃけちゃって下さい。」
優喜は酷いことを言いながら手を挙げる。優喜が一人ひとり見回すと、こっそりと一人だけ手を挙げている。
「では次に、余っているお金なら出しても良いけど、自分の夕食やベッドまでは捨てたくはない、という人は手を挙げてください。人の目を気にして遠慮すると夕食やベッドが無くなりますよ?」
拓海が真っ先に「ご飯はゆずれないッ!」と叫び手を挙げて、笑いが巻き起こる。
「全員ですね。分かりました。では、銀貨七十五枚を残して依頼を出してきます。」
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