第28話サバク

 

 頭一つを失ったにも関わらず、はやさはいささかもおとろえることなく暴れまわり、大地がえぐれ巨石がいくつも宙を舞う。

 将門まさかどは巨体から想像もつかない程、軽やかに降ってくる巨石と大蛇おろちの攻撃を避けながら、鉄拳を何度も叩き込んでいく。


「む……叩き潰した頭が回復し始めているのか、面倒な」


 将門は潰した頭から黒い煙が立つのを確認しながらつ。


「あと七つを……いや、一撃で本体の千代を仕留めるのが最良か!」


 言うが早いか、将門は大蛇おろちが暴れまわり、抉れ飛んだ巨石の元へと駆け寄る。

 にやりと笑いながら将門は巨石を持ち上げる。


八塩折乃酒やしおりのさけはないが、石は大量にある……腹一杯に喰らうがいい!」


 巨石を大蛇おろちの大口へと向かって投げつける。

 巨石が口に入り、噛み砕く間に次々と投げられ多くの頭がへしゃげていく。


『マサカドドドオオ!』


 ついに怒髪天どはつてんき、中央の頭の一つが地をいながら大口を開け、将門の正面より突進するように迫る。


「それを! 待っていた!」


 将門は熊が立ち上がった時のように、両腕を斜め上にあげ、待ち構える。


 衝突――見えない壁にぶつかったように大蛇は動きを止める。

 将門は上顎うわあごの牙二本を両手で掴み支え、下顎したあごを左脚で踏みつけ、身動き出来ないように抑えていた。


「さて……覚悟はよいか?」


 右手で掴んだ牙が将門の腕力に負け、みしりと音をたて始め――遂にはへし折られる。

 へし折った牙をまじまじと観察する将門。


「おお、鋭い牙だ……こんなもので刺されたら、さぞ痛かろう――なっ!」


 てのひらから落とした牙を的確に右脚で捉え、杭を打ち込むように大蛇おろちの下顎へと深々と突き刺す。

 黒い泥を噴出させながら、大蛇おろちは全身を使い暴れる

 ――が、将門が掴む中央の頭だけはピクリとも動かない。


「暴れるな、これから仕上げだ!」


 右手で上顎を更に押し上げながら、左手で掴んでいる牙もへし折る。

 将門は左手で、くるりと牙を回転させ先端を上顎へと突き刺す。

 黒い泥が将門の顔に吹きかかる――が、御構い無しに牙を突き刺したままに大蛇の頭へと飛び乗る。


「では、大蛇をさばくとしようか!」


 上顎から突き出た牙を両手でしっかりと握り、尻尾の先へと向かい引っ張り始める。

 苦しみの声を上げながら必死に身を捩る大蛇。

 大きく口の開く筈の大蛇の頭が、くの字に曲がり、口端が裂けはじめる。


「うオおおぉ!!」


 雄叫びを上げ、将門は一気に大蛇おろちの背を駆ける。


『ワレノ、ガカラらだ』


 大蛇の皮と身と脊椎せきつい骨が雷鳴のような音を立てながら半分に引き裂かれていく。

 途中何度も振り落とそうと大きく暴れたが全てが無駄に終わり、尻尾の先まで綺麗に剥がれる。


「こんなところか……大蛇の影法師といえども、こうなって仕舞えば暴れないようだな」


 将門は巨体の骨つき半分を遠くに投げ捨てる。

 捌かれた大蛇の半身は徐々に泥へと戻りはじめる。


「千代は……草薙剣くさなぎのつるぎの代わりに尻尾に入っていたか」


 尻尾の部分から這い出ようとする千代を見つけ、将門はゆっくりと歩み寄る。

 力を使い果たしたのか、千代は空を仰ぐように倒れる。


「ああ……お父様、千代は呪と融け合って……お父様の元にもどります」


 千代は光る一筋の涙を流し、体が泥に変わりはじめる。


「千代よ、見事なまでの呪術であった……迷わずに諏訪すわの地へと、父親の元へと戻るがいい」


 その言葉に驚いた顔をする千代。


「分かっていたなんて、なんて意地の悪い人」


 千代は狂った笑いでも無く、ただただ困ったような笑みを浮かべる。




「……あとは、いつになれば目を覚ますかだ」


 千代は完全に泥と成り果て、その横にただずむ将門は誰もいなくなった世界で一人言つ。


 にわかに、暗かった天が渦巻きながら割れ、巨大な腕が降りてくる。

 それは黒い爪をもち、赤黒い肌の逞しいが、人ならざるモノの腕――

 将門が立つ大地ごと、黒い泥を大蛇の残骸を全てを掌で掴み、将門ごと天へと戻っていく腕。


「おお! これはまた面妖な!」


 体が金縛りに掛かったように動かないままに、全てをすくい上げる巨大な掌から転がり、天からこぼれ落ちる。


「今度ばかりは皆に多大な迷惑をかけてしまったかもしれんな……良乃も流石に怒るだろう」


 肌身で落下の感触を感じながらも悠長ゆうちょうに考え事をしながら、浮遊感に身を任せる。

 何処までも落ちていくうちに良乃の声が将門の耳に届き、暖かい光が射し込んでくる。





 鼻孔が燈芯草とうしんそうの香りにくすぐられ、将門は目を覚ます。

 将門は八重畳やえだたみの上に寝させられ、幾枚かの着物がかけられていた。


「此処は何処だ?」


 ゆっくりと体を起こし、周りを確認する。

 周りには誰もおらず、見覚えのない質素な部屋であった。


「それにかけられていた、この着物は……」


 着物を手に取り、嗅ぎはじめる将門。


「この匂いは良乃――」


 俄かに襖が開く……そこに立つのは平良乃、その人であった。

 ーー沈黙と硬直、お互いに顔を見合わせたままに時が刻まれる。


「だ……誰の着物を嗅いでいるんさ!」


 わなわなと震えながら顔を赤くし、将門に近づく良乃。

 着物を引ったくろうと、伸ばした手を逆に絡めとられ将門の腕に抱き締められる。


「戻ったぞ、良乃も息災で何よりだ」


 その一言により、つつみが崩壊したように涙を流し、将門の胸を濡らす。

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