第六十八話:自分のものは自分のもの

 


第六十八話:自分のものは自分のもの




 真昼間、照りつける太陽の下。時刻は12時を少し過ぎたところ。


 自分は人々の視線を受けながら統括ギルドまでの道を歩いていた。足跡にはまだ新鮮な血が滴り、服からもぽたぽたと赤い液体が零れ落ちる。髪から伝った血が目に入りそうになり、自分は機嫌悪く手の甲でそれを拭い去った。

 抱えている卵にもべったりと赤い液体が付着していて、NPCもプレイヤーも、何があったんだと恐々と窺うような視線を投げかけてくる。


「……」


 雪花と弥生ちゃんは荷車に乗せてきた砂竜モドキの死体を、業者と話し合って専用の倉庫に運び込んでいる最中だ。ギリーもそれに付き添わせ、自分は今一人で統括ギルドに向かって歩を進めている。

 自覚できるほど不機嫌に眉を寄せ、鼻面に皺を寄せる自分の外見は砂竜モドキを仕留めた直後よりも酷いものだった。

 血で血を洗う、とはよく言ったもので、あれから数回の戦闘を済ませた自分は見事に返り血で全身を赤く染めていた。


 道路に落ちた血液は、しばらくはその血生臭い痕跡を残すものの、時間の経過と共にゆっくりと魔素となって消えていく。

 抱えた卵がぶるりと震え、自分はその度に掌から魔力を吐き出し、際限なく魔力を呑み込む底なし沼に注ぎ込む。


「魔術師から際限なく魔力を吸い取るなんていい度胸だ……」


 潜めた唸り声が周囲の人間にも聞こえたのか、誰もが腫れ物に触るように遠巻きに道を開けてくれる。自然とひらけていく道を歩いていれば、急に横道から飛び出してくる影。自分に体当たりをかまし、抱えていた卵を奪って走り出そうとする影の髪を引っ掴み、そのまま悲鳴を上げるのを無視してずるずると引きずりながら来た道を大した動揺も無く引き返す。


「エリア外まで散歩でもしようか、お兄さん」


「ぎぶ、ぎぶぎぶ! ごめんわかったもう二度としないから!」


「――寝言は寝て言え」


 勿論、奪われた卵もしっかりと回収し、その心にきっちりと自分の力を刻み込むべく、エリア外を目指して歩いていく。

 痛みをオフにしているらしく、髪を掴んでいる自分の手を無謀にも掴んで引きはがそうとするので、髪を掴む手を放してやりながら、そのまま足を上げて振り下ろす。

 男の顔面が道路に沈み、聞き慣れた足音に顔を上げれば走り寄ってくるギリーと雪花の姿。


「ギリー」


『承知した、主』


 靴裏で呻く男を顎で示せば、即座に意味を理解したギリーが男を咥えて走り出す。悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 ギリーよりもわずかに遅れて自分の下に到着した雪花が、一瞬だけ心配そうに自分を見たが、ギリーが引きずっていく男を振り返り、すぐにそんな甘い感情は吹き飛んだらしい。


「……ボス、そのまま統括ギルド行くの?」


「ちょうどいい。雪花、露払いをしろ。鬱陶しい」


 雪花の問いかけを半ば意識的に無視しつつ、自分は再び統括ギルドに向かって歩き出す。先程の男でもう何人目になるか数えたくもないほどの襲撃を片付けつつ、ようやくここまで来たのだ。


「さっさと統括ギルドに預けて、風呂に入りたいんだ」


「あ、そだね。流石にそうだよね――よかった、血に塗れてないと落ち着かないとかじゃなくて……」


 小声で囁く雪花の足を蹴りつつ、大通りの横道に入る。少し歩けば竜が丸まったような独特の紋章が見え、木で出来た扉を雪花が恭しく開いて見せた。

 中に踏み込めば一瞬ざわりとどよめきが広がったが、すぐに皆視線を逸らしていく。布巾を構えた雪花に卵を渡し、一応綺麗にしてから個人倉庫の中へ。

 しばらくは統括ギルドに通い、定期的に魔力を与え続けることになるが、ずっと抱えていて数えきれないほどの襲撃を受けるくらいならば、その程度の手間は問題ない。


「……何人仕留めた?」


「数えきれないくらい」


「収穫は?」


「見事にゼロ」


「……宿屋に戻るぞ、雪花」


 やってられん、と目を細め、自分は投げやりに雪花を連れて統括ギルドを後にする。後ろ姿に野次を投げたやからに、意味は無いと知りつつも自分の愛銃が火を噴いた。


「――エリア外で会ったら消し炭にしてやる」


「ほらボス! 宿屋行って綺麗にすれば気も晴れるって!」


 眉間に走った衝撃に驚いた顔をしている男を横目に睨み、急かす雪花に従って今度こそ統括ギルドを後にする。

 人々の不愉快な視線を浴びながら、ブーツを鳴らし道を行く。雪花が差し出したタオルもすぐに真っ赤に染まり果て、無駄だから止めろと言えば困ったように雪花が苦笑する。


「仕方ないよ、ボス。竜の卵とか、珍しいにもほどがあるもん」


「ばらしたのは〝ヒューマン・アイザック〟だ。奴め、腹いせに言いふらしやがった……」


「まあ、負けたらそうなるだろうねぇ」


 小砂漠、正式名、アルカリ洞窟群から帰還しようとする自分達を待っていたのは、プレイヤーや一部のNPCによる襲撃の嵐だった。

 自分が本来持っているのは、砂竜、ニブルヘイムの卵とは別の竜の卵なのだが、彼等にとってはそんな区別はつかないだろう。彼らはただ、自分が竜の卵を手にした、という情報だけを元に襲って来たのだから。


「竜の卵に目の色変えて襲撃が続々だよ」


「……押し付けられたのに、渡す気はないの? ボス」


「例え処分に困っていようとも、自分のものに手を出す奴は生かして帰すわけにはいかないだろう」


 にっ、と血塗れのまま雪花に笑いかければ、ぞっとしたような顔で雪花が頷いた。当然の話だ。例え遊んでいない玩具であっても、自分のものは自分のもの。いらないからといって差し出せる性格なら、とっくのとうにニブルヘイムの卵などそこらのプレイヤーに譲渡している。


「拾うか、拾わないかは自分の自由だった。拾ったからには何からも守り通すし、育てきる」


「苛烈だねぇ、ボスは……あ、こっちだよ。この通りを右に」


 そう。たとえ、絵面的に完全にニブルヘイムに押し付けられた卵だったとしてもだ。自分はあの卵を拾わずに帰ることも出来たし、見てみぬふりをすることも出来た。

 この世界のモンスターの卵はどんな扱いをしようとも、割れることも死ぬことも無いのだから、何も心配する必要などないからだ。


「それでも拾ったから育てると?」


「そうだ。責任は取る。成長したらニブルヘイムで遊ばせてやる」


「さいですか」


 溜息と共に雪花が項垂れ、宿に着いたよと諦めと共に片手を上げる。扉を開けばベイツが驚きもせずに鍵を差し出し、お帰りとさらりと言う。

 後ろからの軽やかな足音に振り返れば、弥生ちゃんが満面の笑みで血塗れのモーニングスターを手に走って来た。


「ああ、弥生ちゃん。手続き終わった?」


「終わったわよー。途中でギリーと会ったから一緒にぷちっとやってきたの!」


「それはいいね。トラウマになりそう」


 哀れな男の末路に笑いながら、遅れて顔を覗かせたギリーの頭を撫でる。ご苦労様と労えば、嬉しそうに耳を伏せた。ギリーはそのままモンスター用の小屋に向かい、自分達は滴る血を気にもせずに階段を上がって2階の仮部屋の扉を開ける。

 NPC達は血の汚れをあまり気にしない。汚れは全部纏めて後で落とせばいいというようなスタンスらしく、ベイツも特に何も言わなかった。


「さて、では。血塗れで申し訳ないけど、自分が音頭を取らせていただきます」


 雪花と弥生ちゃんと自分でテーブルを囲み、木のコップに冷たい水を入れて祝杯を掲げる。


「――アルカリ洞窟群の探索、協力ありがとうございました」


『ありがとうございました!』


 自分の音頭に従って、弥生ちゃんと雪花がコップを打ち合わせながら復唱する。


「これにて契約は終わりだけど、機会があればまた」


「ええ、楽しかったわ。また今度、敵として会わないことを祈って」


 冷たい水を飲みほして、弥生ちゃんとの短期契約が終わりを告げた。予定よりも収穫の多かった二日間を祝福し、雪花と弥生ちゃんが祝杯を掲げる中。自分はそっと、これからの波乱に杯を掲げた。


「……幸あらんことを」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る