第六十三話:砂竜モドキ

 


第六十三話:砂竜モドキ




 出会い頭の軽い戦闘を終え、倒した獲物を確認する。


 字面だけを見ればゴーレムを狩っていた時と同じなのだが、今回は獲物も違うし大きさも違っていた。


「でかいな、これは……」


 大きさはざっと頭だけで1メートルあるかないか。通路の奥に沈んでいる身体まで含めれば、一体どれだけの大きさになるのか。

 プレイヤーがモンスター狩りではなく、人狩りに走るのも無理はないだろう。

 しかし、1人では仕留められないモンスターも、しっかりと事前に作戦を組み立てた仲間とならば、急な出会いでもそうそう押し負けることは無い。


「やぁっぱチームだと違うねー。俺ともっさんだけで動いてた時はほんと、こんなの尻尾巻いて逃げるのが常識だったのに」


「本当はこれが理想なんだよな……魔術師2人に物理職、しかも鈍器使いは本当に相性がいい」


 今の自分の主な戦い方は、素早さと瞬発力を生かした動きで敵の戦力を削ぎながら、最後に派手に致命傷を叩きこむやり方。

 雪花の戦い方は序盤、回避に徹し、敵の動きをよく把握した上で小細工を弄して削っていくやり方。


 僅かな間ではあるが2人でモンスターやプレイヤーを相手にする時は、敵の動きを把握することに長けている雪花が後ろで細かな魔術と助言でサポート。その手助けを元に自分が敵を消耗させながら一撃を叩きこんでいく、というやり方だったのだが、本当ならそこにもっと強烈な一撃を叩きこんでくれる仲間がいれば完璧だったのだ。


「ふふーん、やっぱ爽快! 上手く噛みあえばチームプレイは強いのよねー」


 弥生、と名乗る彼女は噂されていた頃よりも、格段にそのプレイヤースキルを上げていた。巨大なモーニングスターを軽々と扱いながら、壁を蹴って高所へと昇っていく様子はまさに獲物を狩る鷹のような動きだった。

 高所からの狙いも抜群で、これまで何体ものゴーレムを先程の作戦でほふってきたが、一度も頭以外を打ち砕いたことは無い。


「や、本当に助かるよ」


「でも、正式に組む気は無い。でしょ」


「……組みたい?」


 感謝の言葉に見透かしたような目でそう尋ねてくる彼女は、笑いながら首を振った。


「いいえ。私は私の予定があるし、それに狛ちゃんはソロでも通用する動きをもっと身に着けた方が良いと思う。ソロでやれるならチームでもやれるけど、逆は無いから」


 すっ、と笑みを引っ込めて、モーニングスターを軽く振り、可愛らしい羽のような形の薄桃色のケープを翻し、弥生ちゃんはニヤリと悪い笑みを浮かべて見せる。その笑みと重なるように誰かの顔がチラつくが、誰だったか、思い出せない。


「じゃ、獲物の山分け始めましょ?」


「おー」


 袖をまくり上げ、力強くガッツポーズを決める姿はやはりどこか男らしい。転がる翼爪を注意深く布で包み、拾い上げた弥生ちゃんは断面を眺めて感嘆の声を上げた。


「すごい、余程切れ味がいいのね」


「おかげで鞘に困ってまして」


 使ったナイフは注意深く仮の鞘に収め、その爪が鞘を突き破らないように気を付けながら、柄に絡めてキツく布を巻いていく。結局、今はまだ緊急時に使えないナイフでしかない。しっかりと固定してしまってから、震えているギリーの頭をゆっくりと撫でる。


「大丈夫? ギリー」


『ほ、本能だ、すまない。そ、それは鱗か? それとも羽毛か?』


「羽毛だよ、もう死んでる」


 毛を逆立て、いつもよりも膨らんでいた身体が落ち着いていく。震えも収まり、丸まっていた尾がゆっくりと戻ってから聞いてみれば、先程打ち倒したモンスターはドルーウの天敵だったらしい。


「砂竜モドキ、というのが正式名称らしい」


「へー」


「モドキだったんだ」


 ギリーの通訳として他2人にも説明すれば、思い思いの反応が返ってくる。


 先程のモンスター、正式名称を『砂竜モドキ』。俗称、悪食鳥あくじきどりという地極系のモンスターらしく、その俗称の通り、何でもかんでもとりあえず呑み込むらしい。

 実際に目の前でゴーレムの破片、砂、岩、とおよそどうみても食べ物ではないものをぐいぐいと呑み込んでいる様子を見ているので、納得の俗称だった。


「厄介なのは、モンスターの目で見ると砂竜なのか砂竜モドキなのか分からないこと。砂竜と同じ臭いを分泌しているため、臭いでの特定が出来ないこと。特徴としては振動に頼って狩りをする。聴覚は悪く、嗅覚もいまいち。雑食性で時には精霊も食べる……」


 らしい、と締めくくれば、雪花も弥生ちゃんもふーん、といった感じだった。話としては聞いていたし、しっかりと要所はメモっているようだが、まあ確かにこの3人ではよほど警戒を怠らない限り、先程の手応えから見るに脅威ではない。


「砂竜探しが難航する、ぐらいが問題かな」


『そんな簡単な話じゃねぇよ!』


「痛いっ!」


 唐突に、呑気に伸びをしながら欠伸をしていた雪花の腹を尾ではたき、小さなドルーウがキャン! と可愛く一鳴きした。

 小さいといってもギリーと比べれば小さい、という大きさだ。いつの間に近付いてきたのか気が付かなかったが、チビくらいだろうか、懐かしいなと思ってそれを無理矢理抱え上げれば、下ろせ下ろせと吠えまくる。


『下ろせよ! 砂竜モドキなんて群れの一大事だぞ、そんな簡単な話なもんか!』


「そうかそうか、よしよしよしよし」


『……ケンカ売ってんのかテメェ!』


「砂竜モドキが脅威ねぇ、君の群れは今どこに?」


 躾のなっていないモンスターの扱いはここ数日で慣れたつもりだ。噛まれないように鼻面をがっしりと掴み、斜め上から目を合わせれば、大抵のモンスターは大人しくなる。

 目の前のドルーウも例にもれず、尾を丸める程ではないが耳を伏せながら降伏の鳴き声を上げた。


『……1層に集まってる』


「よし。で、ドルーウは群れでも……勝てないか」


 先程のギリーの怯えようを見るに、どうやらプログラムとして怯える行動が組み込まれてしまっているようだ。擬似的に心拍数が上がり、恐怖という感情に支配される。

 学習性AIだから、というわけでもなく、野生の動物が示す反応に準拠しているようだ。猫を見た鼠がパニックを起こすようなものだろう。


『アンタ等、さっくり倒しただろ。お宝やるから1匹残らず討伐してくれ』


「何匹いるかと、宝による」


『純度が高くてデカい晶石がある。それを1つずつくれてやる。数と居場所はリーダーが知ってる』


 もうじき、砂竜モドキの繁殖期が始まるから、その前に倒さないと冬の間の棲家がなくなる、とそのドルーウは語った。

 通訳として2人にも事情を説明すれば、弥生ちゃんは報酬として提示された宝を見てから考えたいと言い出した。

 モンスター達が宝というようなものならば、どれほどの価値になるかわからないと。


「緊急クエストみたいなものね。発生条件は何かしら」


『自然の摂理っつーことで、時期によっては食うか食われるかの問題を抱えた奴は多い。俺等だったら、【砂竜モドキがアルカリ洞窟群にやってきて繁殖期を迎える秋に、俺等と話せるスキルを持った人間が現れ、1頭でも砂竜モドキを倒す】だろうな。そんな奴いたら普通に依頼するわ』


 目の前に問題を解決でき、尚且つ事情を聞いてくれる余地がある人間がいればな。と、ドルーウはそう言った。

 事情を聞いてくれる余地の基準は恐らく、契約スキル【ドルーウの友】だろう。ドルーウを殺したことが無い状態でドルーウと契約することにより手に入る、特殊なスキル。


「――だってさ」


「すっごい……システム的なクエストは存在しないけど、ちゃんとクエストらしいものが起きるようには設計されてるんだ」


「あぁ、このゲームはクエストとかないもんね。俺もそれは思ってた、どうやってプレイすんだろって」


 まあ、いざ始めるとやることあり過ぎてどうしようって感じだけど、と肩を竦める雪花にがぶりと噛みつきながら、ドルーウが早くしろよ! と吠えまくる。

 どうやらせっかちな性格らしい。悲鳴を上げる雪花を宥めながら歩き出そうとすれば、意外な立場のものがそれを阻んだ。


『主、それはいけない。倒したそれは、去年に生まれた子供だ、親はもっと巨大で強い。あれを砂竜モドキの基準にしてはいけない』


「子供……? この大きさでか?」


「……子供にしては大きいわね」


 同じドルーウである筈のギリーは低く唸りながら自分達の歩みを阻み、一回り小さいドルーウに向かって獰猛に牙を剥く。


『主をお前等が逃げる為の囮に使うようなら、その顎、噛み砕くぞ――!』


『なにおう、テメェなんて――!』


「――自分は野生のドルーウより、自分の契約モンスターを大事にする」


 意味、わかるね? と低く潜めた声で囁けば、ドルーウは悔しそうに歯噛みする。ここで感情に任せてギリーを謗れば、お前達なんて知ったこっちゃない、という意思表示は大切だ。

 自分はお人好しな方ではない。利があれば与するも、感情に逆らうほど気が長いわけではないのだ。


『……俺はある意味捨て駒の偵察係だ。詳しいことはリーダーに聞いてくれ』


 案内するから、という言葉に、ギリーを見ればふんふんと臭いを確認し、1層にはいないだろうと頷いた。

 決定を待っていた弥生ちゃんをちらりと見れば、やはり条件と見返りを自分の目で確認してから考えるという。


 着いて来いと尾を緩く振りながら疲れたように言うドルーウの後に続き、自分達は砂竜モドキを置いたまま、1層へと戻り始めた。








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