第二十話:恐怖のゲームシステム

 


第二十話:恐怖のゲームシステム




「ヤマトリカブト……」


・日本三大有毒植物。ヤマトリカブトとハナトリカブトで毒性の強さが違う。世界最強の毒性植物。花の毒性は弱いが、葉も花も蜜も毒性を持ち、特に根は最も危険である。

山葉附子は毒性を持たないが、判断がつかない為に危険。花の色は青紫、赤紫が主流だが、白いものも。

LD50は0.02グラム/キログラム。解毒剤なし。根っこの場合、2~5グラム。葉っぱの場合は小さなもの1枚が、致死量の目安。傷口からも侵入する為、傷がある手で触れるのは危険。

減毒方法はにがりや塩水などと共に加熱するのが一般的。

症状は痺れ、呼吸困難、臓器不全、嘔吐。油に溶けやすく、効果が迅速にあらわれる。

開花期は秋、主に沢筋などの湿地に生える。暑さに弱く、暑い地域には生えない。春の新芽は柔らかそうで、誤食事故が多い。ニリンソウやセリ、ゲンノショウコ、ヨモギなどと葉が似ている。

 毒性番号は12番。図の頂点に位置する神経毒の系統。




「……これ、どうしろって言うんでしょうね運営は」


 正十二角形。時計と同じくその頂点に位置する12番の文字。記された毒の系統は神経毒であり、トリカブトはこの12番に分類される毒性を持つという。


 毒の系統は4つ。神経毒、実質毒、血液毒、腐食毒の4つの中に、3種類ずつの毒があるのだという。毒に直接的な名前があるわけではなく、~番の毒というように表されるようだ。


 トリカブトは12番の毒を代表する植物であるらしく、12番の毒自体は他にもまだまだあるらしい。正十二角形を時計回りに、11~1の毒は神経毒、2~4は実質毒、5~7は血液毒、8~10は腐食毒として見ることができる。


「おいジジイ。お前の嫌いな毒が12種類もあるらしいぜ」


「死ねばいいのに運営」


 あんらくさんの声に即答するルーさんの腕の中で、アレンがぶちぶちと文句を言っている。ジジイは柄が悪いだの何だのと言いつつも、一応は仲直りをしたらしくルーさんの手は優しくアレンの頭を撫でている。1人と1匹で床に座り込んでいる様はちょっとシュールで、ちょっと可愛い。


「ルーさんが毒を嫌いなのはわかりましたけど、これ解毒剤とか作れるんでしょうか」


「僕が目を通した時には解毒ポーションとかは載ってませんでしたから……その2とかに載ってるんじゃないですか?」


 にこり、と微笑みながら言うフベさんに、みんなで一斉に溜息を吐く。「膨大なるポーション研究:その2」の存在がどんどん現実味を帯びていく中、しかしそのタイトルを持つ本は借りられる書籍の中には存在しなかったという。


「ありませんでしたよぉ。「あなたの知らない恐怖の毒達」もありませんでしたし……書籍集めにもろうするんですか。びっくりですぅ」


「そうですね。必要な情報を集めるのに、かなり手間がかかるかと」


「けっ。めんどくせぇ」


 運営は何考えてやがると言いながらも楽しそうに口の端を吊り上げるあんらくさんに、アレンを撫でながらいじけているルーさん。フベさんは優雅に紅茶を飲みながら色々と考えているようで、ニコさんと今後の打開策を話し合っている。


 しかしそう簡単に解決する問題でもなく、情報に強い2人が出した結論は攻略しつつも、毒を持つモンスターが出てきたら対応策を考えようという先送り案だった。


「とりあえず、解毒ポーションの作り方がわからない上に、売ってないともなればどうしようもありません。実際に問題の毒を持ったモンスターが出てきた時に手を尽くしましょう」


「そうですねぇ。妥当でしょう、それが。とりあえずはただのポーション作りに特化すべきかと思います」


 フベさんの結論にニコさんも頷いて、とりあえず毒薬は作ってみても解毒剤に関しては後回しということになった。

 トリカブトは扱いに気を付けながらも毒薬として利用してみることにして、ちょうどフベさんもいるし基本はポーションを作ってみようという話になる。


「草を刻むんですね!」


「狛、その前にお風呂沸いた。洗ってきて」


「……あ、そうだった」


 アンナさんに呼び止められて、めくるめく膨らんでいたポーションへの妄想が音を立てて弾け飛ぶ。

 床に敷かれたシートの上できゅるきゅると文句を言っている3馬鹿と、外を出歩いたことで汚れてしまったギリーを連れてお風呂に入ってこいと言うアンナさん。


 アレンはお留守番をしていたため、ルーさんに撫でられたまま行ってらっしゃいと尻尾を振る。意外と人懐こいようで、撫でられるのは嫌いではないらしい。


「えーと、じゃあ行くよー」


『風呂! 風呂だな!?』


『泡って食えるの?』


『え、食べれるの?』


「食べられない食べられない。あれ、ギリー?」


『主。ルーシィが毛に埋もれて出られなくなった』


「……なんだって?」


 衝撃の告白に、そういえばルーシィの姿がだいぶ前からなかったことを思い出す。色々あったせいですっかり忘れていたと慌てれば、なんとルーシィはギリーの毛に埋もれて遊んでいるうちに羽根に毛が絡まって、見事出られなくなったらしい。


 毛に埋もれているせいで声も届かず忘れ去られたまま、首筋の毛に完全に埋もれたルーシィはすっかりふて腐れてしまっているとか。


「……ギリー、ちょっとごめんね」


 そっと毛をかき分けてみれば、右側の首の毛の部分に透き通る羽根の先がきらきらと光って見え、傷をつけないようにそっと毛を退かしていく。

 ちまちまと毛を避けてひっかからないようにそっと救いだした小さな妖精は、その可愛らしい頬をぱんぱんに膨らませて涙目になっていた。


「ルーシィ……」


『びっくりですよ私も! もう全然絡んじゃって出られなかったんですから!』


「静かだと思ったら、可哀想に……」


『うるさいってことですか!? それは私がうるさいってことでしょう!』


「よし、お風呂行く?」


『行きません!』


「じゃあお留守番」


 ひょいとあんらくさんにルーシィを手渡して、かしかしと痒そうに身体をかいているちょい馬鹿な子を見る。そう言えば名前をつけるのを忘れていたとしゃがみこみ、目線を合わせれば可愛らしく首を傾げる。


「えーっとね、『リク』と、『トト』と『チビ』!」


 ちょい馬鹿はリク。しっかりものの子がトトで、小さい子はそのままチビと名前をつける。それぞれに名前はそれでいいかと訊ねれば、3匹とも尾を振ってそれぞれ契約の石を差し出してきた。躊躇いもなくそれを飲みこみ、3匹を引き連れてお風呂場へ向かう。


『すげー!』


『湯の匂いだ。すげぇ』


『わー』


 自分の服は脱がないまま、袖だけまくって浴室に入る。意外なことにアンナさん宅のお風呂は広く、湯舟は大人が3人入っても余裕があるほどの広さがある。ドルーウ3頭も余裕に入る浴室に、それぞれ大人しくお座りをさせる。


 シャワーからお湯を出しながら、とりあえずチビを呼んで石鹸を泡立てて全身を丁寧に洗っていく。もうVRとは思えないほどの完成度だが、わしゃわしゃと泡だらけになり、羊のようになってしまったチビが思うより可愛くて、写真をぱしゃり。


『何してるのー?』


「んー、記念。もこもこで可愛いねチビ」


『もっこもこー』


 気持ちよさそうに目を細めるチビの全身をゆったりと洗い流し、綺麗になったので湯船にぽんと放り込む。

 お湯の池だー、とか言いながら犬かきで泳ぐチビを見て和みつつ、次にトトを呼んで再び泡だらけに洗いまくる。白いはずの泡が茶色いってことは、かなり汚かったのだなと苦笑しつつ、綺麗に泡を流せば満足そうにトトが吠えた。


『気持ちいいなこれ。お風呂いいな』


「よかったね。ほら、トトもお湯浸かってな」


 機嫌よく自分から湯船に入るトトに、チビがそっと鼻先を押しつける。そのまま2匹して浴槽の縁に顎を乗せ、こちらをじっと見ている様子がたまらなく可愛くて思わず写真を連写。


 最後にリクを呼んで洗おうとしてその背中に手をかければ、妙な感触に一瞬動きが止まる。指先にあたる……ぼつぼつしたもの? できものかなと首を傾げながらも毛をかき分けて、地肌に食い込むその塊を直視した瞬間にぶわりと産毛が逆立ち――この時点で初めてVRの身体に産毛が生えていることに驚いた――、一拍遅れてきゅと締まった喉が勝手に悲鳴を上げる動きをとる。


「ぅ、ぁおぁああああ!?」


 自分でもよくわからない悲鳴に反応し、流石に4頭は狭いからという理由で置いてきたギリーとルーさんが慌てた様子で浴室の扉を開けて飛び込んでくる。


「どうしたの狛ちゃん!?」


『どうした主!』


 お前等いくら自分が両性でも見た目は女なんだから裸だったらどうする気だ、とか関係ない事をめまぐるしく考えつつ、ギリーに抱き着き慌ててその毛をかき分けてくまなく確認。先程見た悪魔がいないことに安堵して、そのままその首に抱き着いてずるずると脱力する。


「……ルーさん。急に開けないで下さい」


「あ……ごめ。良かったよ服着てて、じゃないか。……えーと、どうしたの?」


『主?』


 流石に裸だったら不味かった、というのはルーさんもわかっていたようで、謝罪をしながらも何で悲鳴を上げたのか首を傾げる。


 ギリーも辺りに危険がないことを確認し、次に浴槽の縁に顎を乗せ、目を丸くしたまま硬直していたトトとチビをギロリと見る。

 2匹はギリーに睨まれて慌てたように首をぶんぶんと横に振り、次にリクもギリーに睨まれて尻尾を丸めながら耳を伏せる。


『わか、違うもん! 違うもん!』


「あー、違うんだけど違くない」


『どういう?』


「あのさ――」


 ――VRMMOって、ダニとかノミがいるのは当たり前なの?


 浴室に反響するその言葉に、ルーさんがこめかみを押さえて目を閉じる。


「え――なに、今なんて言った? 狛ちゃん」


「……VRMMOファンタジーって、ダニとかノミがいるのは当たり前なんですか?」


「……」


 絶句。ひくりと喉を鳴らしながら黙り込んだルーさんが、ぐりぐりと目頭を押して、俺疲れてんのかな……とそっと呟く。

 ダニ。そうダニである。血を吸って膨れた焦げ茶色の悪魔。皮膚に食い込むその禍々しい姿。かつて図鑑で見た拡大図に総毛立ち、慌ててそれを閉じた記憶がまざまざとよみがえる。


「……ダニ?」


「後、ノミ……です」


「……が、いるの?」


「いるんですか」


「いや、普通いねぇよ」


 いるわけねぇよ、と普段の言葉遣いが外れたルーさんが、頭痛がする気がすると言って頭を抱える。ギリーがリクに向かってぐっと歯を剥きだし、びくりと後ずさったリクがぎゅっと目をつむる。


『あれほどノミ取りをしろと言っただろう!』


『ごめんなさいぃ……』


『ダニも取れと言っただろう!』


『だってぇぇ』


「身体をかいてたのはノミのせいか……」


 話を聞けばどうやらドルーウ達はノミやダニを取るのに、様々な手段を講じるらしい。

 例えば柔らかな草を噛み、くしゃくしゃにしたものをくわえて鼻先だけを出して水の中に全身を沈め、しばらく動かないでいることで水から逃げた虫をそこに集めたり。砂漠の端に遠征し、熱い砂を嫌というほど浴びて擦りつけてダニを落としたり。


「つまりそれをサボっていたと」


『そうなる。ただそれだけやっても全部は落とせないのだから――』


「――何もしていなければ、こうなると」


 それこそ大量に、としか言いようが無い程に全身にたかっているノミやダニ。ちょっと毛をかき分けただけで目視できてしまい、思わず嫌悪感に悲鳴を上げたというわけである。


 とりあえずその虫だらけのリクだけを浴室に待機させ、浴槽の中でやっちまったよ、みたいな顔で仲間を見ているトトとチビを連れてお風呂からいったん退却。


「フベさん! ノミ取りの薬って売ってますか!? それか本に載ってます!?」


 すぱーんと良い音を立てながら、目頭を揉んでいるルーさんと共にみんながくつろいでいる部屋に戻り、早急に問題を解決すべく声を張り上げる。

 ちょっと目を見開いて驚いたような顔をしたフベさんが、さーっと「膨大なるポーション研究:その1」の目次を辿り、ノミ取り薬とダニの駆除薬があるねと返す。


「あるんだ!?」


「材料わかります!?」


「レシピは無いけどノミの嫌がる成分を含む草とかあるらしいですね。どこまで効くかは不明ですが。あ、「あなたの知らない寄生虫の恐怖」とかあったから、そこに打開策があるかもしれませんよ」


「寄生虫!?」


「あの毒の本を見てしまった今。まさか……とは言えない」


「……ちょっと抗議文書こうかな。運営に」


「ダニ、ノミ、寄生虫……洒落にならない」


 主に効くとされているのはニガヨモギ。これはノミに対しての予防薬でもあり、この世界においては明確にノミ殺しの効果を持つらしい。


「ニガヨモギなんてありましたっけ」


「図鑑を見る限り恐らくとしか言えませんが、エアリス周辺で採れたはずです。でもこの場合は店で買った方が安いと思いますよ」


「……ちょっと買いにいってきます」


 泣く泣く……仕方なくである。契約モンスターといえども流石にあれはない。びっしりのノミ、ダニはちょっとないどころの話じゃない。

 ドン引きする程たかっていたのだ。よく痒くて仕方ないとかにならないなと思う程の量である。

 いってらっしゃい、という声を聞きつつ、自分はギリーに乗って、本日2度目の薬屋訪問と相成ったのであった。


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