141話 『魔王の中にネズミの』
桜が『力』に体を乗っ取られて、ほぼ一日が経過している。
厳密には、
「二十時間ちょっとってトコかなぁ? 乗っ取られた時刻は、正確には分かんないけど」
念動力で出現させた時計を眺めながら、桜がそう呟いた。
更に厳密に言うと、経過時間は二十時間と十二分だ。
九蘭家にて桜とルイ老人の戦いが終わったのが、土曜の午後五時五分。現在時刻は日曜の午後一時十七分。
「明日は月曜日だし、今日中になんとかしないとね……あっ、そうだ。どうせなら」
桜は悪戯っぽく無邪気にニタリと笑った。
「二十四時間以内! あたしの
何も無い空間で頭上を向き、両手を万歳し、胸を揺らす。
「トゥエンティフォー!
そんなこんなで。
桜が勝手に自分自身で設けたタイムリミット、残り三時間四十八分……なんて言っている間に四十七分。
「さて、そうと決まったら」
桜は一旦大笑いをやめ、もう一度念じた。すると桜の体の半分程もある、大きめのクッションが出現。
その上に寝そべり、だらりと手足を伸ばす。
「まずは~…………どうしよ?」
自信満々なワリに、
◇
「ところで
「……つーん……」
「ああそうか。『ライアク』って名前を気に入ってるんだったね。桜の中から聞いてたよ……で。どう思うんだい、ライアク?」
「………………無ー、視いーぃ……」
桜の体を乗っ取っている泥人形の問いに、莉羅はわざとらしい無視で応えた。
「無視と口で言ってしまっては、無視にならないのでは?」
とテルミは考えたが、黙っておくことにした。
「やれやれ、つれないね。じゃあ昔のように一方的に僕から話し掛けよう」
「…………だめ。ねーちゃんを、返さないと……聞かない……もん」
「おや。無視するんじゃ無かったのかい?」
「……つーん」
無視モードに戻る莉羅。
桜はクスリと笑い、上目遣いで莉羅を眺めた。
「桜を返して欲しいんだ?
「…………むし」
「ふふっ。でも僕もこれでいて
そう言った後、思い出したように、
「僕の不利益にならない範囲でね」
と利己的な面を隠そうともせずに付け加えた。
「……ならば、今すぐ姉さんを元通りにして頂けませんか?」
「ダメだよ。それは僕の不利益になるのさ」
そう答えながら、桜は手を伸ばしテルミの顔に近づけた。
テルミは身構え逃げようとするが、桜の反射神経の方が一枚も二枚も上。
姉の指先が、弟の額をちょこんと突いた。
◇
「あれ? これって……」
再び、桜の中。
本物の桜の人格は、クッションの上でダラダラしつつ、自分が今いる空間を観察していた。
すると先程超能力で出現させた時計に、どこか違和感を覚える。
時計を包む空気が、グニャリと曲がりくねっていると言うか……
「な~んか、時計の周りの空間が歪んでる。多分あたしの超能力がこの『意識の監獄』に影響を与えているのね……ってヤダ、意識の監獄ですって。あたしったら中二臭~い。もうすぐ大学生のお姉さんなのにね」
自分にツッコミを入れつつ、更に時計を凝視して考える。
「中二はともかく。つまり察するに……本当ならば今のあたしは、この監獄で超能力なんて使えない。それでも使った。使えた。無理をしたから監獄が歪み始めた……ってトコかしら?」
そう言って寝転んだまま、頭の下からクッションを引きずり出す。
確認してみると、やはりクッションも時計と同様、周りの空間に影響を与えていた。
どうやら推察は当たりのようだ。
桜は時計とクッションを横に並べ、目を凝らし見比べる。
「時計よりクッションの方がより歪ませてるわね。多分、大きな物質の方が影響も強くなるのかな?」
ここまで考察して、桜はピーンと来た。
立ち上がり、軽く飛び跳ねる。
胸も声も弾ませて、満面の笑みで言い放つ。
「よっしゃー! いっちょ、ディ〇ニーリゾートでも出してみっかー。それも舞浜のじゃなくて、フロリダにある世界一デカいヤツ!」
……………………
フロリダのネズミ的なリゾート。
四つのテーマパーク、二つのウォーターパーク、六つのゴルフコース、数多のリゾートホテル。
全部合わせて、品川区の五倍の広さ。
そんな夢のリゾートが、桜の意識内に建造された。
「たんたらたんたん! たんたらたらたら! たららららららららららららららら!」
リゾート内に流れる軽快なBGMを、共に口ずさむ桜。
ちょうどエレクトリカル的なパレードが行われている。
ただし意識内のテーマパークであるためスタッフ等の人間は存在せず、無人のパレードカーが走っている状況。ミ●キーもド●ルドもいない。
桜は遊びたい気分を抑え、数百メートル先にそびえ立っているシンデレラ城を眺めた。
注意深く見るまでも無い。
城の真ん中、一番高い塔のてっぺん。その真上の空間。
そこに、巨大な穴が開いていた。
「さーて。あの穴……」
桜は目を閉じ、集中してみた。
ここは自分自身の意識中。
あの穴の行先は、おぼろげながら分かる。
「やっぱりアレを通って行けば、いつかは
桜は更に集中し、『バレるかバレないか』を確認してみる。
今の桜は、一方的に『表』の様子を伺う事が出来るのだ。
とは言えハッキリと分かる訳では無く、『
「とりあえず、あの穴に入って右に行けばバレないみたいね。意識内に右左があるってのも何か変だけど。でもほら、右脳型人間とかよく言うし……ってアレは無根拠のデマだったっけ? いやデマなのは血液型性格診断だっけ? アレ? どっちもデマだっけ? どっちでも良いけどさ。あ、でも柊木ちゃんが『近所のおばさんが三百万円の壺を買ったらしいですぅ。持ってると幸せになれるらしいですぅ』って言ってたけど、あれはデマ……というか詐欺よね絶対」
独り言を呟きながら、桜は一瞬でシンデレラ城へと接近し、軽い足取りで城壁を垂直に駆け登った。
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