56話 『妹のシャイニング子供会』
「し、ししししし失礼しましたぁぁぁああ」
いずなはそう言って顔を真っ赤にし、少々涙目になりつつ、走って逃げたのである。
「あー。誤解されちゃったー」
鈴はテルミと握手したまま、呑気に言った。
テルミもしばし呆然としていたが、鈴の言葉でハッと気付く。
「……あ。いずなさん!」
いずなは『鈴がテルミにプロポーズした』と勘違いしているのだ。
テルミは慌てて追おうとしたが、鈴が手を握ったまま引き留める。
「まー、良いんじゃなーい?」
「しかし誤解されたままでは、蕪名先輩が困ったことになるのでは?」
「困らないですよー。柊木ちゃんなら、誰かに言ったりはしないだろうしー」
と言ってニコリと笑う。
「誤解は追々解けばいいよー」
「そうでしょうか……」
「そうでーす」
そして鈴は窓ガラス拭きを再開した。テルミもそれに倣う。
それに追いかけたところで、どう説明すれば良いのか。上手い言葉が見つからないのだ。
しかし、なんとなくウヤムヤになってしまったが……テルミは、鈴の「桜に恋している」という告白が気になっている。
と言っても、テルミは同性愛に偏見を持つような古い人間ではない。気になっているというのは、鈴が「本人にはとても伝えられない」と言った部分である。
その意味と辛い心情を推し量り、テルミの心にまた『お世話したい病』が顔を出しかけた。
だが、こればかりはお節介の焼きようが無いだろう。
女同士だろうが、男同士だろうが、男女恋愛だろうが。本人達がどう思うかが全て。
頼まれてもいないのに余計な口出しをするのは、相手を傷つけるだけだ。
逆に言うと、頼まれれば喜んでお節介するのだが……鈴にその気は無いだろう。
この事について、テルミはもう追及しないと決めた。
「では、とにかく掃除を終わらせてしまいましょう。先輩」
テルミが笑顔で話しかける。
すると鈴は、どこか安心したように微笑み、
「わかりましたー輝実さまー」
と返事をした。
「……それにしても。ゴミ袋、どうしましょうか?」
本来ゴミ袋を持ってくるはずだった柊木いずなは、どこかへ走り去ってしまった。
テルミは、窓の
「新しい袋を頂くか……それともやはり、いずなさんを追うべきでしょうか?」
と呟いた。
◇
「肝試しですって?」
「うん……にーちゃんも、行くの……くふふ……」
真奥家の居間。
テルミが、いつもより早めに夕食を作っている事。
それを手伝っている
この二つの事柄に疑問を持った桜が、弟の尻を撫でつつ尋ねてみると、「子供会で肝試しがあるから」と返ってきたのだ。
「あー、そう言えばそんなの毎年やってたわね」
「今年は……りら達が、オバケ役……だよ」
その肝試しは、近隣にある複数の子供会が合同開催している企画だ。
近くにある別小学校の生徒、つまり公立中学校へ進学すれば同級生になる子達と、今から触れ合っておこうという友達作りの場なのである。
特に莉羅達六年生は、五年生以下を怖がらせる側として働く事で、他校生と話し合ったり連携したりで絆を深め合うというわけだ。
そしてテルミは今回、子供達を監視するボランティアを引き受けた。
怪我をしないか、迷子にならないか。六年生が行き過ぎた驚かせ方をしないか。変質者などが近づいてこないか。大人達で気を配るのだ。
「でもあの引率役って、ボーイスカウトの高校生大学生でしょ? テルちゃん、ボーイスカウト入って無いわよね」
「はい。部活に家事に武術に忙しいので、正式加入はしていないのですが」
忙しくなかったら喜んで加入している、という意味を含む。
「ただ地域清掃のボランティアにはよく参加しているので、スカウトの方々とは友人なのです。そして今回莉羅の件もあり、手伝わないかと誘われました」
「ふーん。よくそんな面倒臭そうなの引き受けたわね……まあテルちゃんってば、子供の世話とか好きだもんね」
弟とは正反対のタイプである桜は、理解できないボランティア精神に半ば呆れつつ言った。
「それで莉羅ちゃんは、どんな方法で下級生を怖がらせる気なの? 死人を復活させたり、地獄の番犬を召喚したり、映画シャイニングみたいに辺り一面を血の海にしたり? 何しろ超魔王の知識があるんだから、小学生をショック死させるほどのホラー演出なんて簡単よね」
「ううん……そんなのは……だめー……」
莉羅は首を大きく横に振った。
子供達の怪我やパニックを避けるため、六年生には多くの制約が課されている。
走って追いかけるのは駄目。大声は駄目。
「あたしの時はそんなルール無かったわよ。火気厳禁くらいだったわね。たった数年で色々やかましくなったのねー」
「ねーちゃんの代が、やり過ぎて……失神者まで、出たから……決まり事が増えた、らしい……よ」
それも失神したのは、引率者である大人だった。
桜が小学六年生の時は、それはもう大惨事だったのである。
どこからともなく聞こえる小さな足音。それがどんどん近づき、大きくなっていく。
後ろを振り向くと斧を持った怪人。顔にはジャック・ニコルソンのお面。
それが子供達や引率者の名前(事前に調べておいた)を呼びながら、追い掛けてくるのだ。
そして逃げた先には、血まみれの紳士たちの幽霊。
「そんな、シャイニング体験アトラクションを……ねーちゃんが、考えたせいで……」
「ありましたね、そういうの……参加者のほとんどが泣いていましたよ」
「あれえ、そうだったっけ? 忘れちゃったわ、あははは」
桜は笑いながら弟と妹の肩を叩いた。
ちなみにテルミもその時の被害者である。
あれはトラウマレベル。参加者の間では未だに語り草だ。
ただ、あれを演出した桜のプロデュース力を、神聖視するファンもいるのだが……
「でもさー莉羅ちゃん。そんな制約ばっかで、どうやって怖がらせるのよ? コンニャクでも吊るす?」
「えっとね……お経を流したり、LEDライトを光らせたり……色々、あるけど……一番の、目玉は……」
莉羅は少々得意気な顔で説明する。
「隣の学校に、背が低い、双子の女の子がいてね……その子達に、青いワンピースを着せて……道の真ん中に、二人並んで立って……下級生の名前を呼んで、『一緒に遊びましょう』……って、不気味に、誘う……の」
「やっぱシャイニングじゃん!」
そんな話をしている間に、夕食の支度が完了した。
家族四人で食べ、すぐに洗い物を片付ける。
歯を磨き、莉羅の浴衣を整え直し、トイレを済ませ、支度完了である。
「気を付けて行ってらっしゃい。テルちゃん、莉羅ちゃん」
「はい。姉さんも、ヒーロー活動をするな……とは言いませんが、無茶をしないようにしてくださいね」
「はーい」
桜はキルシュリーパーという名前で、正義のヒーロー……っぽい事をしている。今夜も当然出動予定だ。
「それより莉羅ちゃん、暑いので水分補給を忘れちゃ駄目よ。それにテルちゃん、汗かいちゃうだろうから、帰ったら一緒にお風呂入ろうね。洗いっこしようね。身体の隅々まで手を這わせて、くすぐったくも気持ち良くなって。お風呂に入るだけじゃなくて、私の中に入」
「それでは行ってきます、姉さん」
「いってき……まーす……」
桜の台詞を受け流し、テルミと莉羅は出発した。
「途中で、チャカ子ちゃんと……合流して……現地へ、ごー……」
「はい。今日は楽しんでくださいね、莉羅」
「うん……くふふ……」
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