31話 『弟の入浴シーンに乱入系ホモ』

草一そういち兄貴アニキィィ! 俺、女の子達が温泉入って仲良くキャッキャウフフしてる所に乱入して、無理矢理襲いてえッス!」

「おう……おめえエロ動画の観過ぎだな。別に良いけどよお」


 舎弟の提案に、草一は若干引きつつも頷いた。



 大勢の女子が島に上陸したという情報を、草一はすぐに組員達に知らせた。

 すると悪党集団としては、当然のように性的暴行をしたくなる。


「くっだらねえなあ……まあ、仕方ねえか」

「【みんな、男の子だもんね~ぇん】」


 女性に興味を持てない草一だが、男の劣情は分かる。

 本土に繰り出すのは一日延期し、今まで苦労をかけた部下達をスッキリさせるのも良いだろう。


「よし分かった。あのガキどもが風呂に入るまで、待ってようじゃあねえか」

「さっすが兄貴!」

「粋ですぜぃ組長オヤジ!」


 そんな組員達のゴマすりに、草一は気分を良くしながら「ただし」と付け加える。


「テメエらが女どもと遊んでいる間、俺ぁヤる事があるからよ……へへへ、邪魔すんなよ」

「【んまぁ~ん! ソーっぴったらヤラスィ~ん!】」


 そうして草一達は、夜まで酒盛りを続ける事にした。

 女子達に見つからないように、島の裏手にある倉庫で呑んでは食べる。


 組員達は昨夜も遅くまで騒いでいたせいで、まだ午前中だと言うのに、


 「夕方くらいに起こしてくだせえ」


 と言い残し、早々に寝てしまった。


「まったく、こいつら呑気だなあ……ふあああ」


 草一も大きなあくびをした。

 徹夜の疲れがついに来たようだ。

 事務所から盗んだ大量の札束をベッド代わりにし、横になり微睡まどろんだ。


「じゃあ俺も夜まで寝るとするか」

「【え!? ちょっとちょっとぉん! 寝ちゃうのぉん?】」


 ロンギゼタ601が、何故か少し慌てた様子で語り掛けてきた。

 草一が目を閉じると、まぶた裏の闇にいる筋肉質な男が、白いウサギを抱えて腰をくねくねと振っている。


「ああそうだよ。どうせ夜までやることもねえしな」

「【んもう。ずっと起きてて欲しいのにぃん!】」

「うん? なんでだよ…………」


 質問の答えを聞く前に、草一は眠りに落ちてしまった。


「【まったくぅ~ん。眠くなるって事は、まだ力が馴染んでないみたいねぇん。寝ちゃったらが遅れちゃうのにぃん……まあでもぉん、そんなに慌てる事も無ぁいかぁ~……どぅふふふ】」




 ◇




 酒に酔って寝るという行為は、往々にして遅刻を生み出す。

 夕方までに起きるつもりであった草一とその部下達も、当たり前のように寝過ごしてしまった。


「あ、兄貴! みんな! 起きろ、起きろって!」

「ん……なんだぁ、うるせえな……」

「もう夜ッスよ兄貴ィ! 早くしないと温泉! 温泉!」


 そうして彼らは温泉施設に向かった。



 草一以外の組員達は、まっすぐ女湯へと向かった。

 そこで彼らに、二つの不幸と一つの幸運が舞い降りた。


 一つ目の不幸は、真奥まおく桜の入浴が既に終わっていた事。

 飛びぬけた容姿とスタイルを持つ桜の、一糸まとわぬ姿を拝めなかった。


 一つ目の幸運も、真奥桜の入浴が既に終わっていた事。

 もしそこに乱入していたら、一瞬で消し炭にされていた。


 そして二つ目の不幸は、そもそも桜がこの島にいた事。



 彼らはいとも簡単に捕縛され、拷問を受けるのであった。



「アニキ? そーいち? 誰よそれ」


 キルシュリーパーこと桜は、彼らを見下しながら聞く。


「俺たちの族長リーダー……いや、組長オヤジで……」

「リーダーなのかお父さんなのか意味分かんないわ。ハッキリ喋りなさい」

「あ、あぎゃあああ!」


 桜は男の左腕を枯れ枝のように折り、肘から先を千切り取った。

 肉が裂け、骨が飛び出し、血が蛇口のように噴き出す。


 それを見ていた生徒会女子達の中には、ついに失神する者まで現れた。

 桜は「後で莉羅りらちゃんに、あの子達の記憶を消して貰わないとね」と考えながら、千切った腕を放り捨てる。


「お、おいカラテガール! もうやめろ!」


 という殺し屋グロリオサの言葉を完全無視し、桜は、


「もう一度きちんと説明しなさい」


 と男に凄んだ。


「く、くみちょう……草一さんは、俺らの組の、くみちょ……」

「あー、オヤジってヤクザの組長の事かー。んで、そのオヤジちゃんは今どこにいるのよ?」




 ◇




 部下達が悲惨な目に遭うより、少し前。

 草一は、女湯とは別の温泉施設……つまり男湯に辿り着いた。

 男湯と女湯は別荘を挟んで反対側にあり、距離にして四百メートルほど離れている。


 草一は堂々と施設の表玄関から入り、脱衣所からガラスドア越しに浴場を覗き込んだ。


「おっ、ラッキーだったぜえ。ちょうど風呂に入ってるようだ」

「【あらぁん! あの子お肌綺麗ねぇ~ん】」


 その時テルミは頭を洗っていた。

 シャンプーを泡立て、髪に馴染ませるように丁寧に手を動かす。

 泡が髪を逆立て露出したうなじが、草一の目に飛び込んできた。


「【まぁ~、あのオトコノコ可愛い顔なのに、意外とカラダがガッシリしてるぅ~ん。美味しそぉ~ん!】」

「だよなあ……!」


 草一はとりあえず上半身だけ裸になった。

 そしておもむろに、浴場に続くガラスの引き戸を開ける。

 力を入れ過ぎ、扉が音を立て砕けてしまった。


 その音に、テルミは髪を洗う手を止めた。


「……姉さんですか?」

「いいえ。お兄さんですぜい」


 聞き覚えの無い男の声。

 近づく足音。浴場内にも関わらず靴を履いているようだ。

 どうやら普通の入浴客では無い。

 そもそも今この島に、男は自分一人のはず。


 テルミはシャワーヘッドを持って立ち上がり、振り向きながら急いで泡を洗い流す。

 特に顔前面に付いている泡を優先的に流し、目を開け声の正体を確認した。

 三メートルも無いすぐ近くに、三十路前後の見知らぬ男が立っている。


「まだ洗ってた途中だろ、泡が勿体ねえなあ。俺が洗ってやるからさあ、体の隅々、穴の奥までよお! ひゃははははは!」

「【いっやぁ~ん。ソーっぴったらクソドスケベ野郎ねぇん!】」


 草一は両腕を前に伸ばし、下品な笑い顔で歩き出した。


 まだテルミの後頭部には泡が残っているが、丹念に湯を浴びている段では無い。

 シャワーヘッドを床に落とし、テルミは相手から離れるべく横に移動した。


「おおっと」


 草一はふざけた口調で、わざとそのまま前進し壁に激突した。

 二本の腕が大理石製の壁にずぶりと突き刺さった。

 固い石材を、まるで豆腐のように扱っている。


「【あっらぁ~ん。高そうな壁なのにぃ、酷い事するわねぇんソーっぴ!】」

「あー、痛ってえなあ」


 壁から引き抜いた草一の手は、折れた骨が突き出し血に塗れていた。

 が、その傷がみるみる間に治っていく。


「おお!? なんだ、こんな便利回復パワーもあったのかよ。601ロクマルイチ!」

「【う~ん、良いカンジよぉんソーっぴ。その調子でどんどんパワー使ってねぇ~ん……!】」


 テルミは後ろ歩きで草一との距離を取りながら、考える。


 この男は普通では無い。

 姉や妹、柊木ひいらぎいずな、伊吹こうのような、特別な力を持っているようだ。


「逃げんなよ。楽しい事や気持ち良い事が待ってんだぜえ?」

「【ソーっぴが一方的に気持ち良くなるんだけどねぇん】」


 醜悪な表情を浮かべる草一。

 その下半身の膨らみに気付き、テルミは眉をひそめた。


「ここは男湯で、僕は男ですよ」

「んなこた知ってるぜ。俺も男だから、男湯に入るのは何もおかしかぁねーだろお?」


 テルミはじわじわと後ろに下がる。

 広い浴場。草一との距離を十メートルほど稼ぐことが出来た。


「おいおい、鬼ごっこがしてえのかよ? 分かった分かった。その代わり捕まえたら、たっぷりサービスしてくれよなあ!」


 草一は膝を曲げ、腰を低くする構えを取った。


 武道や武術の構えではない。アマレスに似ているがそれも違う。

 しかしテルミも知っている構えだ。

 母が言っていた。武道の素人でも、体格が良ければ路上の喧嘩で勝てる方法。

 ただ、全力で相手の腰に飛びかかるタックル


 目の前にいる男は体格が良いとはとても言えない。

 テルミより背は高いが、腕は細いし腹は少々だらしない。


 しかし先程の異様な怪力。

 テルミは用心し……


「……っ!」


 草一が足を動かした瞬間、左に飛び跳ね逃げた。


 直後。

 大きな音を立て、壁および浴槽の一部が崩れた。

 テルミに避けられた草一が、壁に頭から突っ込んで行ったのだ。


 テルミは再度考える。


 速い。

 見えなかった。


 謎の男は、とても人間とは思えない速度で向かって来た。

 野生のクマやライオン。いや違う。それよりも遥かに速い。 

 あれはそう、まるで……



「姉さんのようだ」



 テルミは小さく呟いた。


 ただタックルの構えを見るに、喧嘩慣れこそしているが武術に関しては素人らしい。

 しかしとにかく速く、力強く、


「あー、いてえなあ……首の骨折れてるみてえだわ」

「【大丈夫よぉん。すぐに治るからぁん、どんどん怪我してねぇん!】」


 不死身。

 捻じ曲がった首を両手で元の位置に戻すだけで、瞬きする間に完治した。


 そして更に……


「この調子だとアッチの方もすぐ回復して、何度も出来そうだなあ」

「【んも~ぉん! ソーっぴったら下品よ下品~! ドンびき~ぃ!】」


「……どうしてあの男性からは、二つの声が聞こえるのでしょうか……?」


 草一以外には聞こえないはずの、ロンギゼタ601の声。

 それが何故か、テルミにも聞こえていた。

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