第4話 Accident
「き、君……あんまり私が外に出ると……」
「大丈夫ですよ。今あなたは会社の方へ向かっていることになってますから」
「へ?」
理解できていない様子の早瀬。当然だろう。自分が別の場所に向かっていることになっている、などと言われてもスムーズに納得できるわけがない。
その様子を理解すると美洋は説明を追加する。
「僕が情報を流したんですよ。『早瀬実は自身の会社にいる』という情報をマスコミに。上司の端末からそんな指令が来たら従うしかありませんからね。あとで怒られるでしょうが」
「な、なるほど……?」
【まあまあ、細かいことは気にせずに! 私たちについてきて!】
やはり理解できていない早瀬であったが美洋にそれ以上説明する気は無い。代わりにハイドがその小さな両手で早瀬の背中を押す。ハイドにも説明する気はないようだが。
代わりに説明すると美洋たちが行ったのは家を取り囲んでいた取材陣の上司の端末をハッキングし、誤情報を伝える、というものだ。
勿論、記者が確認のため上司に折り返しの電話をかけることもあったがそれはハイドに任せた。過去の通話記録から音声を再現し誘導したのであった。
黙々と歩くこと数分。美洋は目的のカフェへと到着する。カランカランと音を立てながら扉を開き三人は入店する。
「いらっしゃいませ~! あ、美洋君! ハイドちゃんもいつも通りきれいな赤髪ね。紫の瞳もとってもキュートよ!」
店に入った二人は店員と思われる女性に出迎えられる。カフェの制服に身を包み髪は腰まで伸ばしたポニーテールの女性だ。
【こんにちわ!
「こんにちわ澪さん。店長から話は聞いてますか?」
「うん、聞いてるよ。早瀬さんもどうぞどうぞ。こちらへ」
簡単な挨拶をすませると美洋と早瀬は店の奥の別室へと案内される。質素な椅子と机のみの部屋。だが、そこには窓もなく外部から視覚的には完全に遮断されていた。
「私に……気遣ってくれたのかな?」
早瀬が美洋に尋ねる。彼としてはこの連日、取材陣に囲まれ続けてため、こうして周りの目を気にしないでいい空間というのはありがたいものであった。だが、
「いえ、念のためです。上司の命令に逆らって取材する記者も一部にはいますからね」
「え?」
【まあまあ、腰をお掛けになってください。早く冤罪を晴らしましょう】
そう言って、美洋は自分から椅子に座り、ハイドはその向かいの椅子を引いて早瀬が座るように促す。
戸惑いながらも彼は座るが同時に、嬉しさを伴った声で尋ねる。
「は、晴らしてくれるのか!?」
「あなたは犯人ではないでしょう? それなら僕が晴らします。理不尽な罰は嫌いでして」
そのタイミングで先程の店員とは別の、眼鏡をかけた三つ編みの女性が無言でコーヒーの入ったカップを二つ、ココアの入ったカップを一つ、音もなく机に置くと速やかに部屋から出て行く。
ココアはハイドが手に取った。
届けられたコーヒーを口に運びながら美洋は自身の推測を語っていく。
「まず、あなたには動機がない。メリット……この場合は海外の会社に厚遇される、大金が手に入るということですかね。それに対してのデメリットが大きすぎる。あなたは罪人として裁かれ、子供達もまともに生きることができなくなるでしょう。それにお金に関してはこれから確実に稼げたはず……」
「い、一体どこからそんな話を……」
「間違ってましたか?」
「いえ……事実です……」
【私が調べたんだもん! 間違いなわけないよね!】
早瀬は驚いたように口を開くが美洋はそのリアクションにほとんど無反応。反応したのはハイドのみであった。威容はそのまま話を進めていく。
「まあ、そういうわけです。続きを話しますね。ハイド……この子が先ほどあなたの家にお邪魔した際に――」
【え~とですね! 結論から言いますとあなたの家から押収されたパソコンにはウイルスがいた痕跡が消された跡がありました! いや~丁寧な仕事ぶりでしたね!】
美洋の言葉を遮って、ハイドは語りだす。美洋は呆れた顔をするが早瀬の方はそれどころではない。自分がどういう状況にいたのか、ようやくことの一端を知ることができそうなのだから。
「ウイルス? 消された? どういうことですか?!」
【だからですね。あなたの家に置いてあったパソコン、いえ、辿っていけばあなたの会社のパソコンから携帯、果ては奥さんや子供たちに持たせた端末からもウイルスは検出されませんでした。ウイルスがいた痕跡も。あなたが横領の罪その他もろもろに問われたときにパソコンにウイルスがいないかどうか調べても出てこなくて犯人扱いされたことにも納得です。でもでもでも! 美洋の言うことを信じてさらにさらに調べていくとウイルスがいた痕跡を消した痕跡が見つかったのですよ! いや~我ながらよく見つけることが――】
「ハイド、ありがとう。もういい」
美洋は得意げに語る赤髪の少女の頭に手をやり、ストップをかける。早瀬は全て理解している訳ではないがそれでも『自分のパソコンにウイルスがかかっていた』という自分が置かれていた状況を知ることができた。当然その顔は複雑だが。
「ここからが本題です。僕とハイドは今回の事件をとある人物のアカウントがSNSに投稿したことから知りました」
「とある人物?」
「僕の姉のアカウントです。今回の事件は僕の姉がSNSに投稿していました」
「君のお姉さん?」
「はい、もう死んでいますが」
「!? それは申し訳ないことを……死んでいる?」
早瀬の方も気づいたのだろう。不思議そうな顔をしている。ハイドも空気を読んでか黙っている。
「はい。死んでいます。だから彼女のアカウントが動くなんてことは訳が分からない。だから今回の事件に興味を持ちましたし、その過程であなたの冤罪がわかりました」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、ついでですので。僕が知りたいのはたった一つです。誰が姉のアカウントを動かしたのか」
勿論、美洋の狙いはその先、そのアカウントを動かした人物が姉の遺産を何かしら持っている、あるいは所在を知っているのでは、と考えての行動だがそこは伝えない。この目の前の早瀬という男には関係ない話だ。
「なるほど……それで助けてくれたのですね……」
だが、その事情を知らなくても早瀬は勝手に、美洋が姉思いな弟であると認識して納得する。
「はい、ですが、ここでお願いがあります。仮に警察に、その乗っ取りを行った人物が捕まってしまえば姉に関する情報が掴めないかもしれません。どうして乗っ取りを行ったのか、どうしてこの事件をSNSに挙げたのか、どうして乗っ取ったのが僕の姉、水城真希奈のものだったのか」
【というわけでもう少し私たちに協力してね! 逆探知さえ成功したらあなたは冤罪を晴らすことができて、私たちは目的の人物に会って情報を手に入れられる! ウィンウィンじゃない?】
赤色の髪を左右に揺らしながら楽しそうにハイドは男に話しかける。彼にとっても自身の冤罪が晴らせるなら悪い話ではない。快く許可を出す。
「勿論! こちらとしても助かります。本当に……本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる早瀬。妻子はマスコミの目にさらさないために実家に帰し、孤独の中ひとり耐えてきた彼にとって美洋とハイドの存在は光そのものであった。
〇〇〇
「で、ハイド、そのウイルスを送った人物っていうのは?」
早瀬とカフェで別れ、タクシーで信頼できる人物のもとへ送ると、家には帰らず目的地へ足を運ぶ。
美洋の横をご機嫌で歩きながらハイドはこたえる。
【うん、それが意外でも何でもないんだよね。さっきのおじさんの同僚だったよ。その人の家のパソコンでウイルスは作られて、そして犯人役の早瀬さんに送り付けた】
「ふーん、確かに、同僚を蹴落とす、というのならわからなかくもない。成功しそうになかった海外の会社との約束にも納得がいく」
【でしょでしょ! あ、次の角を右ね】
道案内しながらハイドは己の集めた証拠を美洋に言い聞かせる。まとめるとシンプルに『早瀬実を失墜させるために濡れ衣を着せた人物がいる』というものだ。何ということはない。
「この家か」
そしてついに美洋は目的の家にたどり着く。表札にある文字は【藤原】。
【そうそう、この家の主さん! 名前は藤原信彦さん! 独身だし出世の勝負は早瀬さんに敗北怨みは充分!】
美洋が玄関に備え付けられているベルを鳴らす。だが出ない。
「ハイド、その人今この家にいるんだよね?」
【ん? そうだよ? 生活リズムもバッチリ把握済み! このハイドちゃんに死角はないぜ!】
「またキャラがぶれてるよ……。出てこない」
しつこくチャイムを押すこと一分。彼の我慢は限界を迎える。鍵穴に針金を差し込み鍵を解除する。
【美洋く~ん。余計な犯罪は起こられるよ~】
「僕は悪くない。犯罪者のくせに出てこない方が悪いんだ」
美洋はハイドの推測を確信している。彼女が言ったことはこの数年間の付き合いの中で間違ったことはなかった。今回の鍵開けに関しても後々レイに怒られるだろう。
そして今回の【藤原信之は家にいる】というのも正しかった。事実であった。その予言は外れてはいなかった。
美洋が扉を開く。鉄臭いにいおいが彼の鼻孔を刺激する。
家の主、藤原信之は確かにいた。玄関を開けたすぐ目の前に。
うつ伏せとなり、全身から血を流しながら、死体となって。
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