お宅のご飯を僕に下さい!

「それでは、あらためまして、シンタさん、トビセさん、おめでとうございます! 今日は行けなくてごめんなさい。かんぱーい」


 結婚式を終えた夜、MAKA-MAKAの大テーブルでは、ツムギの音頭でこの日何度目かの乾杯が行われていた。いつもの5人にトビセを加えた6人は、グラスを高々と掲げる。シンタとトビセはビアグラスに注がれたビールを一気に飲み干した。


「いやー、やっと飲める! 式の最中は注がれるばっかで全部足元のバケツに入れてたからな。生殺しだったわー。やっぱビールうめーなー」

「ほんと、おいしー」

「ふふ、お二人とも今日はお疲れ様でした。ご希望のカクテルがあれば作りますので、言って下さいね」


 ツムギが、2人のビアグラスに2杯目のビールを注いでいると、トビセが大袈裟にツムギに抱き着く。


「ありがとー、ツムギちゃん。とても馬飼野の妹とは思えない気の利きよう! 明日からこの店通うから! 道も大体覚えたから小関ナシでもひとりで来るからね!」

「は、はい」


 戸惑うツムギに抱き着いたままのトビセに、またもや勝手に持ち込んだうなぎパイを齧っていたミナミが話しかける。まだトビセとの距離を測りかねているのか、探り探りのぎこちない話し方だ。


「トビセさんが、シンちゃんやコーちゃんの事を小関とか馬飼野って名字で呼ぶの、なんか面白いですね。別の人みたい」

「そう? そう言われるとそうかもね。私も『小関』になったのにね。ふふ。最初に会った時からずっとこうだから。今さら変えるのも、ねえ?」


 トビセが隣のシンタに同意を求めると、シンタも笑って頷く。


「俺も飛世家の人間が他にいない時は、トビセって呼んでるくらいだしなあ。今まで通りでいいだろ。それともナミの方がいいか? どうだ? ナミ」


 シンタに「ナミ」と呼ばれたトビセは耳を塞いで首をぶんぶん振る。


「やめて! なんかくすぐったい! 皆も今まで通りでいいからね」

「おう、そうさせて貰うわ。やっぱトビちゃんの方がしっくりくるしな。それにナミだとそこのナナミと紛らわしくてめんどくせー」

「ミ・ナミですー」


 皆の話題は、自然に昼間の披露宴の話へと移っていった。あれがよかった、これが良かったとツムギに説明しながら話しているうちに、エンディング・ムービーの話になると、ヤスが腕を組んで、しきりに司会者の立ち居振る舞いに感心していた。


「あの司会者の人、やっぱプロだよね。あのムービーさ、そのままPCで再生するとカクついちゃうから、写真撮ってその場でDVDに動画書き出しレンダリングしたんだけどね、間に合わない可能性もあるから、あらかじめ、『当日の画像を使わないバージョン』の動画も作っておいて、先にそのDVDを渡してあったんだよ」

「ほー、そんなもんまで用意してたのか」


 コータが関心していると、トビセも知らなかったのかヤスに頭を下げている。


「うん。でさ、やっぱりちょっと書き出し間に合わないかなーと思って、渡しておいた方を使って下さい、って言いに行ったら『5分は稼ぎますから、やりましょう』って言われてさ。で、本当にサラっと伸ばしてくれてるんだもん。流石だね」

「そういうわけだったのか。シンタが長々と最後の挨拶してたのもそれか?」

「ああ、司会者の方が、『退出後にちょっとお時間延ばしますね』って連絡に来てくれてな。それで、少しでも協力しようと思って。慣れない事するもんじゃねーな。汗かいたわ」


 今度はヤスがシンタにありがとう、と頭を下げている。


「なるほどなあ、あの司会者さん、そういうの慣れてるのかもな。余興の時も、ミナミがいきなり1曲追加しても冷静に捌いてたし、しまいにゃ俺の所にマイクまで持って来たもんな」

「あ、あのマイクは私と小関が頼んだの」

「お前らか!」


 トビセが両目を瞑って頭に手をやり、てへっと舌を出すと、隣のシンタもそれを見て同じポーズを取った。


「てへっ、じゃねーぞ馬鹿夫婦。ロクなことしねーな」

「ふふふ。でも皆喜んでたよ。ウチのお母さんも『あのHey Judeの子頑張ってたね』って言ってたよ」

「Hey Judeの子なんて覚え方されてんのか俺は! ラストで式場内行進してた時、お前らのご両親が率先して手を振ってくれてるの見て、申し訳なくてその場で土下座するところだったわ」

「あはは。それも見て見たかったな」

「ったくよー、どいつもこいつも、いきなりムチャ振りしやがって。ミナミに、それにヤスもだぞ」


 コータがミナミとヤスを睨むと、2人も頭に手をやり舌を出す。まったく悪びれる様子もない皆の様子を見て、コータは思わず笑ってしまった。すると、ミナミがコータの肩に手を置いてもっともらしく言う。


「だって、ああいう時のコーちゃんが一番面白いんだもん。よかれと思って」

「わかる! だよね、ミナミちゃん。馬飼野はああいう追い詰められた時が一番面白くなるから。なんだかんだで綺麗にまとめるし」

「ですよね! トビセさんわかってますね! 気が合いそう。そうだ! 私だけはナミさんって呼んでいいですか?」


 ミナミとトビセは、きゃー、と嬌声を上げて手を取り合ってはしゃぐ。


「もちろんよミナミちゃん。ミナミ・ナミで馬飼野をどんどん弄って行こうね!」

「はい! でもそんな……私の方が先なんておこがましいです! ここはナミ・ミナミでコーちゃんを弄り倒していきましょう!」

「順番関わらずやめろよお前ら。出禁にすんぞ」

「「えー」」


 2人は揃って声を上げる。そのハモりが嬉しかったのか、トビセとミナミは2人でまたはしゃぎだした。


「ったく。追い詰められた時ねえ、まあ、やるしかねえもんなあ、って……ああ、そうだそうだシンタ。お前にちょっと頼みがあんだ。フェスの事だけどな……」

「ん?」


 コータが改まった様子でシンタの方に向き直り、口を開こうとしたとき、トビセがするっと横入りして来た。


「そうだ! フェス! 馬飼野、私もスタッフとして参加していい?」

「へ? ああ、親父の分の入場バンドが浮くから別に構わねーけど……」

「良かった! じゃあ決まりね。私、パル地下でお惣菜関係のバイトしてたから多少は戦力になるよ。小関にも、馬飼野が困ってるから手伝ってやってくれ、って言われてるし」

「まじか……。ありがとなトビセ、シンタ」


 コータがまじまじとシンタを見ると、シンタは笑って手を振る。


「いやいや、礼を言われる程の事じゃねーよ。それに……な、トビセ。目的は別にもあるしな」


 シンタがトビセの方を見ると、トビセはいたずらっぽく頷いた。


「ふふ。そうなの。実は私、ビーフの大ファンなの!」

「ビーフ? あーあー、BEEF or CHEKENか! そういう事か。んだよ、ちょっと感動して損したわー」


 トビセとコータの言う、「BEEF or CHEKEN」とは、フェスに参加するグループのひとつだ。ジャンルとしてはヒップホップとR&Bの中間位で、メンバーはフロントマンのティムを始めとしてウェールズ出身者中心の4人。メロディアスで内省的な音に乗せ、小心者チキンの空しい諦めに似た呟きともとれる歌詞を淡々と歌う。かと思えば、一気に思いが爆発したかのように、一転して叩きつけるような激しく、単純なリズムに合わせ、自らを鼓舞し、身の回りの矛盾を糾弾するような強い言葉ビーフを繰り返し歌い続けるというスタイルで人気に火が着いたグループだ。意外と言っては失礼だが生演奏にも強く、様々なフェスで引っ張りだこになっている。


「ビーフは2日目午前みたいだから、その時間だけは、何があっても私は抜けさせてもらうけどよろしく!」

「了解了解。それでも全然助かるわ。ありがとなトビセ。ツムギ、登録関係の手続きがあったら教えてやってくれ」

「はい。じゃあ書類は私の方で書いておきますね」


 ツムギが席を立とうとすると、慌ててトビセとミナミが、今じゃなくていいから飲もう飲もうとツムギを引き留める。そのやり取りを笑いながら見ていたシンタがコータに向かって尋ねた。


「で、コータ。フェスの頼みってのは何なんだ?」

「ん? あ、そうだそうだ。それだ。シンタ……」


 コータは改まってシンタの方に体ごと向き直ると、勢いよく頭を下げた。


「お宅のチキンご飯を、俺に下さい!」

「は?」


 突然、娘を貰いうける彼氏からの言葉のようなセリフを聞かされ、シンタが戸惑っていると、コータは顔を上げる。その目には、いつもの根拠の無い自信が漲っている。何日ぶりかに見るコータの目の輝きに、シンタは思わずニヤリと笑う。


「おいおい、コータ、調子戻って来たみたいじゃねーか。今度は何始める気だ。もちろん、ウチのチキンご飯なら喜んで嫁に出すぞ。作ればいいって事か?」

「いや、そうじゃねえ。俺にも作らせてくれって事だ。フェス用の飯としてな」

「フェス用の飯って、お前……」


 コータはシンタの言葉を手を前に出して遮る。


「シンタ、皆まで言うな。任せといてくれ。おい、みんな、ちょっと聞いてくれ」


 コータを除く5人が、何事かと注目する。


「明日――いや、もう今日の夜か。またここに来てくれ。お前達に発表したいんだ」

「発表したいって、何を?」

「俺が……」


 コータはそこで言葉を切ってニヤリと悪い顔をして笑う。


「俺たちが出す新作のフェス飯をだ」


 MAKA-MAKA内に軽いどよめきが起こった。日付も変わり、フェス当日までは、あと5日――。

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