第14話

 ――ボクとベティが連れて行かれた先。

 そこはグリューネバルト領の中心地、その一角。


(ここは”商会連合・ラウンドテーブル”か……)


 このスカーレット王国で、各領土を横断して”商業”を司っている組織。

 それが各地域ごとの商会が連合した”ラウンドテーブル”だ。

 教会に並んで王国内のどの領土にもある組織のひとつであり、その実権は大きい。


「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?

 ボクらを誰のところに連れて行くつもりなんです?」


 人混みのなかで、ベティが怯えているのが分かる。

 ボクの左腕を掴む彼女の手が、震えているんだ。


「ああ、なんだてっきり察しがついているのかと思ってたぜ」

「ボクは余所者なんですよ? 商会に誰がいるかなんて知りません」

「何、簡単な話だ。今からアンタらが会うのはラウンドテーブルの支部長にして、領主閣下の妹公――」


 領主閣下の妹……? それって、まだ見ぬゴットハルト先輩の叔母ってことだよね。

 となれば、ボクらを待っているのは――


「――フラウフリーデ・グリューネバルト殿下、ですか?」

「なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか。

 この先に待っているのは、フラウフリーデ殿下ご本人だ」


 そうして、街の中心部にある建物に通される。

 素朴ではあるが、その造りはしっかりとしていて教会や貴族に次ぐ規模の勢力が構えた建物なのだとよく分かる。受付を素通りして、その奥へ奥へと進んでいく。


「ここだ」


 支部長室と書かれた豪奢な扉、その前で領兵さんが息を呑む。

 ……へぇ、軽薄なこの人でさえ緊張するのか。

 この間はそういうこと、だよね。


「……懐かしい、匂い」


 ぼんやりと呟くベティちゃん。……懐かしい、か。

 まぁ、貴族というものは、その血を守り続けている人たちだ。

 ベティが生きた300年前にも、グリューネバルトという家はあった。

 この娘が懐かしいというのは、きっとそういうことなのだろう。


「さぁ、開くぜ……領軍警備局警務科第3部隊デニス・バルテル!

 霊廟襲撃事件の重要人物を連れて参りました!」


 デニス・バルテル。それが、この人の名前なのか。

 なんて思えていたのは、ごく一瞬のことだった。

 扉の向こう側に座る、1人の女性を捉えるまでの一瞬。


「――大儀でした。下がりなさい、バルテル」

「はい……? よろしいんですか?」

「ええ、他にも仕事はあるでしょう?」


 漆黒の長髪が揺れ、群青色の瞳が射抜く。

 鋭利な眼鏡を掛けて、黒い正装に身を纏う彼女が持つ空気は、尋常じゃない。

 決して攻撃的ではない。けれど、有無を言わせない。そういう力がある女性だ。


「了解しました。では、くれぐれもお気をつけを」


 ボクに釘を差すような視線を送り、この場を後にするバルテルさん。

 そして、ボクは向かい合うことになる。

 怜悧な空気を纏う貴族の”令嬢”――フラウフリーデ・グリューネバルトその人と。


「――まさか、目覚めた貴女を前にする日が来るとは思っていませんでした」


 腰掛けていた椅子から、静かに立ち上がり、ベティちゃんの前に膝をつくフラウフリーデさん。

 ……偉い人が、ボクに懐く女の子の前にひざまづく。

 いや、ベティは、慈悲王様に最も近い娘なんだから、おかしい事じゃない。じゃないんだけど、すごく緊張するな、これは……。


「……? クリス、この人、誰……?」


 くぅ……ここで、ボクに聞いてくるかぁ。

 どうすれば、失礼なく説明できるんでしょうか。さっぱり分かりません。


「この人は、グリューネバルト家の人で」

「――グリューネ、バルト」


 グリューネバルトという単語に覚えがあるのか。


「聞いていたとおりですね。彼女はまだ、目覚め切っていないようだ」

「ええ、それでも一級の魔法でボクたちを助けてくれました」


 フラウフリーデ殿下の瞳が、ボクの方に向く。

 ……さて、ここからが本番かな。

 きっと今のボクは、300年前の少女という超がつくほどの重要人物の保護者みたいに認識されているはずだ。

 じゃあ、フラウ殿下は、今のボクに何を持ちかけてくる? ボクをどう、動かすつもりだ?


「話は伺っています。彼女の名はベティ、そして貴女はクリス・ウィングフィールド。勇敢にもドラコ・ストーカーの首領と戦い、彼女のことを守ってくださった」


 自然な動きで、ボクとベティを椅子に誘導するフラウフリーデ殿下。

 そこには既に熱々のコーヒーが用意されている。

 

「まずは、心よりの礼を――」


 言いながら、ボクにまで頭を下げる殿下。

 ……まったく、慣れないね、こういうのは。


「――ですが、ひとつ確認させていただきたいことがあります」


 鋭利になる殿下の瞳。来た、これくらいの感じの方がやりやすい。

 褒め殺しにされるよりは。

 さぁ、何を聞いてくる? まぁ、察しはついているけれど。


「なんでしょう? 殿下」

「貴女は、どうやって海上霊廟に?」


 やっぱり、これか。

 バルテルさんの奴、分かっていて報告を上げていなかったのかな。


「バルテルさんから、聞いているんじゃないですか?」


 コーヒーを傾けながら、鎌を掛けてみる。

 さて、これで主導権を握れるかな。

 握ったとして、どう繋げるかという問題は残るけれど。


「ハァ……やっぱり知っていたんですね、あの人」

「あー、やっぱり教えていなかったんですね、あの人」


 こぼれる笑みに合わせ、こちらも笑っておく。

 まぁ、ああいう感じの叩き上げの兵士さんがペラペラ喋るとも思えないけど、少しネタにできるかな。


「優秀ではあるんですがね、どうにも問題もある人なんです」

「でしょうねえ、ボクなんて、入領するときに身体をベタベタと触られましたから」


 少しだけ声のトーンを下げる。

 あくまでもフラウ殿下を攻めているのではなく、ああいう人が居ると困るという形で外堀を埋める。


「あらあら……それは失礼しました。

 この街の玄関で、そんなことを……こんなことを言うのもおこがましいですけれど、この街のこと嫌いにならないでくれますか?」


 ……タルドさんにも言われた言葉だ。

 なら、ここから繋げるか。半ば不法侵入をしているわけだし、彼に領家からの追及の手が及ばないようにするには、印象を良くしておく必要があるだろう。


「ええ、この街で最初に出会った人は最悪でしたけれど、次に出会った人が最高でしたからね」

「次に出会った人? それは誰かしら」


 ――そして、ボクは口にする。

 タルド・ブラックベリー、その人の名前を。


「――それでタルドさんに案内してもらったんです。海上霊廟まで」

「なるほど。あまり誉められたことではないですが、貴女が居てくれたおかげで事態は最悪の結果を免れたのですから、結果としてはその人に感謝はしないといけませんね」


 よし、これでタルドさんへの追求は回避できただろう。


「では、クリスさん。もうひとつ聞いて良いかしら?」

「なんでしょう?」


 ……今度は、本当になんだ? 特に心当たりがないぞ。


「そもそも貴女は、どうしてこのグリューネバルト領に?」

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