第6話
――フラウフリーデ・グリューネバルト。
その人は、まだ見ぬゴットハルト先輩の叔母に当たる女性らしい。
ただ、かなり遅くに生まれた子供だったらしく、ゴットハルト先輩とは姉弟のように育ったというのが、タルドさんの話だ。
「フラウフリーデ殿下は、今のところたった1人だけの跡取り候補だ」
「ゴットハルト殿下が、魔術師だからですよね?」
「ああ、そこら辺は”魔術史学科”の君の方が詳しいんだろ?」
魔法王たちから人々を解放した英雄・初代スカーレット王。
そんな彼に味方した者たちが、今の貴族さんたちのご先祖様だ。
そもそもが反魔法王を目的として建国された国家。
魔法の才能を持つ人間は、当然に貴族としての家督継承が禁じられている。
いや、歴史の中でそうなっていった。
「政魔分離の原則については、学習済みです」
「なら、その説明はいらないな。ま、そういうわけで彼女は、グリューネバルトにとって最重要人物の1人ってわけだ」
そう言いながらタルドさんは、白みかんのジュースを傾ける。
乾く唇を、濡らすように。
「彼女が襲われたのは、2ヶ月前のことだ。
襲った張本人は、領兵に殺され、遺体は焼失してる」
「焼失、ですか……?」
頷くタルドさん。ギラつく瞳が、刻一刻と鋭利になっていく。
この話が、彼にとって真剣になるべきものなのだと分かる。
それほどに、彼は領民として領家のお姫様を敬愛しているということでしょうか。
「ああ、恐らくそういう魔術式でも仕込まれていたんだろう。
死ねば爆発する、典型的な”矢”の役割だ」
”矢”――おそらく、彼のいうその言葉の意味は暗殺者だろう。
あるいは、鉄砲玉という表現の方が適切かな。
凄腕のそれではなく、一度か二度で使い捨てること前提の殺し屋だ。
「その暗殺者が”竜族”だったってことですか? ドラコ・ストーカー、だったんでしょう?」
「そうだ、複数のドルンと1人のドラガオンが襲ってきたらしい。角が生えていたって話だからな」
――竜族、ドルンとドラガオン、か。そもそも竜族というのは、このスカーレット王国の北側に”帝国”を築く人間とは別の種族です。
人の半分ほどの背丈の小竜人・ドルン。
人の倍ほどは身長のある大竜人・ドラリオ。
そして、殆ど人と同じ姿を持つ竜人・ドラガオン。
この3種を総称して、竜族。
そんな竜族が形成する帝国の名が、竜帝国・ドラゴニア。
人と竜は、神話の時代から領土と富を巡って戦争を繰り返している。
それでも約半世紀前の戦争を最後に、竜帝国との大規模な戦争は行われていない。
「……ドルンならともかく、ドラガオンが”矢”って、おかしくないですか?」
基本的に、小竜人・ドルンは、寿命が短い代わりに数も多い。
『ドラゴニアが戦争をする理由は、ドルンの口減らしだ』なんて俗説もある。
対して、竜人のドラガオンは数が少ない。
ただ、その分、1人で1000人の兵士に匹敵する力を持ち『ドラガオンと人間の数が同数だったのなら人は竜の奴隷だ』なんて言われている。
「そこら辺が、謎ではある。
襲ってきた連中は、生きてるように見えなかったなんて話もあるしな」
「……”ベインカーテン”ですか?」
「さぁな、疑い出したらキリがない。ドラガオンとドルンの死体を手に入れたベインカーテンの仕業と考えるのもナシな話じゃない」
ベインカーテンか、ドラコ・ストーカーか。
どちらにせよ、スカーレット王国にとっての天敵が蠢いているのは確実というわけだね。
「でも、ドラコ・ストーカーだとしたら、何をするつもりなんでしょう?
こんなドラゴニアから最も離れた場所で」
ドラコ・ストーカー、それは竜帝国が人間の領土に放っている諜報部隊だ。
幾度となく歴史の表舞台に姿を現し、いくつもの人竜戦争の引き金を引いてきた。
「そこも腑に落ちない話ではあるが、最終的な目的が何であろうと事を起こすなら”生誕祭”だ。このグリューネバルトに一番人間が集まる絶好の機会だからな」
何かしらの口火を切るのなら、最高の機会というわけか。
暗躍しているのがドラコ・ストーカーなら半世紀ぶりの人竜戦争に繋がるような一手を打ってくるのだろう。
ベインカーテンだというのなら、集まった人間の分だけ”死”をバラ撒く。
「どちらにせよ、今このグリューネバルト領は、とびっきり危険ってことですね」
「ああ、その通りだ。だから、帰れと言っているのさ。
分かってくれたかな? クリスお嬢サマ」
『――もう、無茶をしちゃダメですよ?』
脳裏に”遠い故郷”からアカデミアまでの旅を支えてくれた護衛役の恩人の言葉が響く。彼女はボクに言った。もう、自分はいないのだから、無茶はするな。危ないことには近づくな、と。
「分かりは、しましたよ――」
彼女の言葉はもっともだ。けれど、ボクは、彼女との旅で知ってしまったのだ。
自分自身の実力も、この世界に広がるワクワクも、好奇心を満たすということの甘美さも。
故郷から出なければ、知ることのなかった全てを。
「――けれど、貴方の忠告には、頷けない」
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