アクロニム&レディ

「地下鉄来たよ。美洋とアリスは先に」



 ジキルがそう言うので、アリスはじっと見つめる。そんなアリスにウィンクをしてみせるジキル。



「お前たちも早く」



 美洋がそう言うが、そんな美洋の手をアリスが引いた。



「お兄ちゃんもう行くよ! ここにいたら邪魔になるじゃない」



 へかへかと笑うアリスのため息をつきながら美洋はアリスに引っ張られて地下鉄へと向かう。



「皆もすぐに来いよ! 真希奈姉さんは最悪諦めてもいい」

 どう考えても真希奈を運ぶのは難しい。どう考えても見つかってはいけない人体創造故、それは残酷な結末になるかもしれないが、『悪魔の玩具』を持ち運ぶことが出来ればここにいる全員を助ける事が出来る。



「大丈夫、美洋。ボク達は必ず君の元に戻る。ボクを最後まで信じてくれるんだろう?」



 ジキルの言葉に頷く美洋は非常用エレベーターで地下へと降りていくのを見送る。

 エレベーターが下りていくとジキルはたははと笑う。



「さぁ、エクスマキナの最終問題。これはまだ人間には早すぎるんだよね」

「そうね。いつか、沢山の言葉プログラムを紡いで幾百、幾千の失敗を重ねて、幾万の挫折の後に到達しなければならないわ」



 美洋とアリスが離れた事で、電子戦を放棄したジキルとハイド、ここには突入部隊が多数入ってきている。


『パズル化した施設内を確実に攻略し、ここへと向かってきている。どうする? 迎撃するか?』


 そういう『悪魔の玩具』に対してジキルは首を横に振る。そして水城真希奈の試験管に触れて言う。



「私達は人と争わない。それは無意味な事だよ。多分、私達は人類を超越した。言うなれば御伽の国の住人なんだ。だから、誇り高く、私達はありたいと思う。その為にここを爆破しよう。私達のボディも、エルデ、君のシステムも人には持て余すオーパーツだよ。大丈夫、必ず言の葉(プログラム)を紡いで、美洋やアリスがボク達を再び出会わせくれる」



 それにハイドは頷くと『悪魔の玩具』のところへ向かう。そして自分の胸に触れる。そこから一枚のメモリチップのような物を取りだす。


『否、拒絶します。私はあなた達の行為を激しく非難します』


 分厚い壁の向こうから足音が聞こえる。そんな事は関係のない事のようにハイドはそのチップを水城真希奈の入る試験管のところへ向ける。



「ここを開けて頂戴。私は生きた証を残したい。それには水城真希奈の蘇生が大事なの、お願い私を、私がいた事を証明させて!」



 ハイドの心からの叫びに対して、二つのメモリーチップを入れるソケットの一つが開く。それにハイドは心底嬉しそうな顔を見せる。



「ありがとう。エルデ、愛してるわ」



 そう言ってハイドはチップをソケットに刺すと自分と繋がっているケーブルを外した。それと同時にハイドの身体は電池が切れた玩具のように倒れた。そのハイドの抜け殻をジキルは抱きしめる。



「ありがと、ハイド」



 ガシャガシャと目の前の扉を解除しようとする音が聞こえるので、ジキルはその扉に向かって言う。



「すみません、扉の向こうにいる人たち」



 これには中に人がいる事に突入した人たちは驚き、ジキルに無事であるかを聞く。それにジキルは問題ない事を伝えた後に、リーシャが眠る場所を伝える。



「そこの回収をお願いします。運んであげてください。ここはそのあとで大丈夫です。ですから、ここからできる限り離れてください!」



 ジキルの言葉から何かを感じ取ったのか、突入部隊の人々はすぐに戻るといいリーシャが眠る場所を目指す。


『この部屋の自爆システムを開始します。宜しいか?』



「うん、お願い」



 ジキルは、今までの美洋との思い出をメモリーから全て回想する。そしてジキルには涙を流すという昨日はないハズなのだが……目に光る何か。



「ボクは、人間になりたいよ。人間はいいね。ボク達は弱くて、賢しくて、汚い人間が羨ましくてしかたがなかった。だから、せめて真希奈を助けてあげようね? エルデ、いい子だね」



『承認……いたします』


 ジキルは笑顔を見せるとハイドと同じように、自分の胸に手を当てる。そして同じようにメモリーチップを取り出した。



「エルデ、怖くないよ。ボク達の心をあげる。ずっと一緒だから、だからもう休もう。ボク達は人類がボク達と対話ができるようになるまで、しばらく待ってあげようね」



『私は……悲しい』


 そんな『悪魔の玩具』に対してジキルはほほ笑んで見せる。そしてゆっくりと開く二つ目のメモリーソケットに自分の記憶が刻まれたそれを差し込んだ。



「大好きだよ。美洋」



 ジキルは自分の存在そのものであるそれを引き抜く。真希奈の入った試験管が部屋から地下の脱出用地下鉄へと下降していく。

 そしてしばらくして、小さな爆発の後に、巨大サーバー施設心臓部『悪魔の玩具』は跡形もなく吹き飛んだ。

 地下鉄に乗り込んだ。美洋とアリス、操縦に関してもほぼ自動で設定されている。街の近くまで一直線で行けるらしいそれに乗り込むと発車の準備をする。手際よく、アリスと地下鉄を発射させる。



「うぅ、うっ……ううぅ」



 美洋が気が付いた時には、肩で泣くのを堪えているアリスの姿、それに美洋はリーシャの死を思い出す。頭を抱えながらアリスに言う。



「やはり、ジキル達は嘘をついたんだな?」



 動き出す社内でアリスは泣きながら頷く。『悪魔の玩具』を爆破する気でいる事それを持って全てを終わらせる気でいる事。



「そうか、なら僕達は僕達の仕事をする。ジキルは僕に戻ると言った。どんな形であれ必ず戻ってくる」



 美洋が淡々とそう言って端末を開く、その様子にアリスは声を上げて泣く。そんなアリスに美洋は言う。



「アリス、ミサイルアラートだ。何処の国か分からないけど、エルデの管理から離れた瞬間撃ってきたんだろう。僕が迎撃する。『悪魔の玩具』の迎撃システムをハックしろ!」



 アリスは泣きながら首を横に振る。美洋と違い、心を閉ざして壊されたアリスは、美洋と関わる事、ジキルやハイドに優しく扱われた事で、毒が抜けたように、年相応の子供の反応を見せる。それに美洋は叫ぶ。



「アリス、君は僕に勝ってみせたんだろ? 最後に一回くらいいい事の為に君の力を使ってみせろ! 僕はジキルがいなければこの様だ。だけど、君が力を貸してくれればなんとかできる。力をかせ!」



 涙を拭きながらアリスは、なんどか咽て、モバイル端末を操作する。美洋は震えるアリスの肩を抱き寄せる。



「お前ならできる。僕はミサイルの迎撃計算をする。頼むぞ」

「うん」



 アリスの震えが止まるとアリスは、美夜達を苦しめ、先ほど大勢のハッカーを足止めしたあのアプリを起動。



「くそう。物凄い強固なプロテクトがかかってる。これ、解除する前にミサイルが落ちるよ」



 突入部隊が全滅する。これは国際問題どころではなく戦争が勃発する。美洋は片手で計算しながらアリスに言う。



「迎撃対象。連合国主要ミサイル・ジャバオック。あとは迎撃システムのコントロールを奪うだけだ。お前のアプリをアップデートする。お前も手伝え」



 美洋はトランプ兵のアプリを手動でアップデートするという、そしてそれを始める。脳の認識と身体が寸分狂いなく動いている。



「凄いよお兄ちゃん。私も」



 二人で並び、ソフトのアップデート、もはやそれは書き換えと呼んでもいいような所業を成し遂げる。人間を越えた者達が限界を超えた瞬間。



「よし、これなら『悪魔の玩具』のコントロールを奪えるだろう! やれヴォーパルソード!」



 アリスはトランプ(切り札)からジャバオックを倒すヴォーパルソードを抜いた。スーパーハッカー達のプロテクトをぶち破ると、コントロールを奪い返し、ミサイル迎撃用のフレアを放つ。発射の振動はあるが、その跡に地震のような振動はない。

 迎撃が成功した。



「お兄ちゃん!」



 アリスは美洋に抱き着く、美洋はまさかこんな事が自分にできるとはと思う。安堵と思考の限界でアリスに押し倒される感じで倒れる。



「……アリス、よくやった」



 アリスはもじもじと恥ずかしそうに美洋に「あのね?」と聞く。それに美洋は「どうした?」と外から見れば兄弟、あるいは兄妹に見えたかもしれない。



「私、これから罪を償ったらお兄ちゃんとサイバネティクスハンターしたいっ!」



 その申し出に美洋は少し考えてアリスの頭を撫でた。



「あぁ、待ってる」



 美洋達が巨大サーバー施設から離れてしばらくすると大きな爆発音が聞こえた。それは恐らく、ジキル達の選択した答えだったんだろう。

 完全に水城真希奈の遺産全てがこの世から消えた瞬間になる。この音を聞いてアリスは再び美洋にしがみつき泣く。

 それをあやしながら美洋はジキルとの思い出を思い出す。色々、ジキルには迷惑をかけたなと美洋は思う。



「ジキル、君の事も待ってるから」

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