ギーク&アイドル
美洋はとても機嫌が悪かった。というのもジキルが今回勝手に取ってきた仕事はテレビ出演込みの仕事であった。こういう物は極力というか全部断ってきていた。
何故ならできる限り姿をさらしたくはない。サイバーハントは直接オフラインで対峙する事は少ないと言われているが、犯人の居場所を特定し、その場で押さえるという事が一番 犯人逮捕の近道なのである。
「ジキル、これはどういう事?」
手元の端末をタイプしながら美洋は不快感を全開でそう言った。それにジキルは嬉しそうに笑顔を見せる。
「ギャラがいんだよ! それにあのリーシャとピノッキオも出演するらしいよ? 僕達の圧倒的な仲の良さを見せつけてあげようよ!」
完全に仕事をする気がない。美洋はジキルが鏡の前で服なんかを合わせている様子を見て美洋はため息をつく。
「そんな事ジキル、ワンダーランドに関しては足がつかめたのか?」
日野元アリスはどれだけ取り調べをしても何一つとして喋らず黙秘を続けていた。事件が事件だけに美洋達ですらアリスへの面会は許されていない。それ故に真希奈のアカウントに関していまだ何もアクションが取れない。
停止を申請しても何故か却下される始末。カチカチとWebのニュースを読んでいると面白そうな記事を見つけた。
「便利アプリ帽子屋さん?」
それは簡単な補助アプリのようだった。帽子屋さんというコミカルなキャラクターに語り掛ける事で色々な事を手助けしてくれるらしい。
例えば行きたいお店に行くには今からどのルートを取ればいいか? ある事について勉強をしたいのだが、どんな教材、どんなスクールに通えばよいか……それらアプリを使用する者が多ければ多い程、アプリが勝手にアップデートされていくという。そして近しい使用者とチャットにて匿名のコミュニケーションを取れる。
それが一円もかからないとくれば誰もが使用するだろう。美洋にとっては別段必要なアプリというわけではないが……
「美洋は僕がいるからこんな帽子屋さんなんていらないよね!」
「あぁ、成程。このシステムに既視感を感じる所以は亮さんが関わっているからか……さすがは姉さんが認めた科学者の一人だ」
「あー、美洋の保護者をしてくれていた人だね! その内僕もお礼を言いにいかなくちゃね!」
「今は寝たきりだけどね」
今やジキルは美洋の保護者なんだろう。確かにそう言われて否定する理由もない。何か飲み物でも飲もうかと美洋が思ったその時……
SNSに面白い情報が流れてきた。
『帽子屋さん』で犯人逮捕。もしかしたらもうサイバーハントはいらないんじゃないか? というような呟きであった。一体何を逮捕したのかというと、ひったくりをしたバイクを帽子屋さんのアプリを入れた誰かが撮影し、それを共有。街の監視カメラがそれを元にひったくりのバイクの行先を『帽子屋さん』に返す。
それを見た人たちが次々にそのバイクの行先を予測し共有。最後は警察に報告し全てのポイントで待っていた警察にひったくり犯は掴まったのだと言う。
「確かに凄いな。街に住む人々全てに追われれば逃げ場がなくなるね。一つ間違えればかなり危険なアプリじゃないか?」
あきれながら美洋はミネラルウォータのペットボトルを持って来るとそれをグラスに注いでゆっくりと飲む。
「えっとね美洋」
「うん」
ジキルはもじもじとそれは人間とまごう事無き動きをしてから話し出した。それは可愛い姿なのかもしれない。ただ、美洋にはそう感じれる感情が乏しい。
「美洋、実は今度のテレビ出演はこの『帽子屋さん』アプリを美洋、君とリーシャが解説したりするんだけど……」
美洋はそれがどれだけ面倒な仕事かという事を想像して気絶しそうになった。自分はただ悪を見つけ悪を断罪するそれだけの生業をしているサイバーハントでしかない、コメンテーターなんてした事もないし、客を楽しませるような話なんてできるわけがない。
「今すぐにその仕事を断っておいて、見えている恥をかくより最初に頭を下げた方がいくらかマシだろう」
こうなった美洋はテコでも動かない。そんな美洋を見てジキルはテレビ局に連絡をいれようとしたが手が止まる。
「ねぇ、美洋……これ」
美洋が面倒くさそうにジキルの最後のあがきを見る。それを見て美洋も少し考える。それはSNSの投票機能を使い、匿名の人々が勝手に裁判を始めていた。
捌くべきか、そうでないか……
司法が決める事を住民たちが匿名という事をダシに勝手に初めてしまっている。サイバーハントも警察も裁判所ですら必要ないという過激思想の持ち主達。彼らの思うように裁判が進み勝手に刑罰を与えるという信じられない事が堂々とSNSで行われ、中にはそれを誹謗する声も上がるが、すぐに何処の誰だかを晒し上げられはむかうと、叩かれるという恐怖から誰もそれに対して何も言わない。
「確かに、これなら悪を捌く事も容易いかもしれないな。よく考えているじゃないか、納得できる面もある」
ジキルは耳を疑った。自分のセンサーがおかしくなったんじゃないかと……まさかそんな事を美洋が言うわけはない。
「美洋はこれがいいと思うの?」
美洋はジキルをじっと見る。それは笑顔ではなく、ただの反応。一瞬口角が緩んだようにも見える。
「いや、これは明らかな犯罪だよ。そしてこういう犯罪者を裁く為に僕たちサイバーハントがいるんじゃないかい?」
彼らの行いを肯定したように見せたのはそれは美洋なりの冗談だったのだ。実際には美洋はこn『帽子屋さん』というアプリを使い悪を裁く匿名の使用者たちを悪と断定した。
「成程、僕にやらせたい仕事が見えてきたよ。このテレビ局お仕事って生放送なんじゃないかい?」
美洋がそう聞くのでジキルはそれがその通である事を頷く。
「これは、恐らく公共の電波を使い、サイバーハントの無能さを見せつける事に意味があるんだろう。馬鹿々々しい。あの女の子とロボットは知らないけど、僕とジキルがこんな大衆向けアプリに負けると本気で思っているいのかな?」
美洋はそう言うとカタカタとタイプし自分の姉が使っていたSNSのアカウントページを開く。
水城真希奈のアカウントはこう呟いていた。
「スナークハントが始まるよ! 楽しいお祭りの始まりだ」
美洋は自分の姉を語るアカウントがそう呟いているのでその画面を消した。今尚何ものかに勝手に操作されているそれ……
この犯罪者を捕まえる事が美洋にとっての最重要課題である。果たして嘲笑してこんな事をしているのか、それとも何か大きな理由があるのか……
いずれにしても美洋にとっては関係のない事だった。それらは全て悪なのだ。かならず電子の海からリアルの世界には引きずり出してやろうと願う。
「ジキル、僕は思うんだ。この世の中にいる全ての悪がいなくなる事なんてありえるんだろうかと……」
美洋の悲願は恐らく神という存在をもってしても叶う事はないだろう。悪を一つ潰せばまた新しい悪が……
それはイタチごっこと呼ぶにてあまりにも善を掲げる者が不利なゲームである。この世界の不平等さが既に答えるを出しているという事に目を背けて美洋、そんな無限の闇と表現してもおかしくはないそれら目に見えない悪と戦う事を誓う。
「ねぇ、ジキル僕の姉さん、真希奈ならこのアプリの事、それに今起きているこの裁判ゲームに関してどう思うだろうか? 面白いと笑うだろうか? それとも間違っていると怒るだろうか、僕の姉さんに作られたジキルならわかるのかい?」
この質問はありとあらゆる事に対して返答ができるであろうジキルにとって一番厄介な質問でもあった。
「ボクは……分からないよ」
「分からない?」
それはあまりにも人のような返し方だった。この二人だけでいるから二人は異常性に気づいていないが、ジキルはより人のように、美洋は悲しいくらいには人の思考ではない。
「だってボクは真希奈に生み出されたそんだよ。でもボクは真希奈じゃないんだ。ボクはボク、ジキルとして今を君と生きているんだよ」
AIとしてはもうジキル程感性と呼べる存在はいないだろう。だが、それ故に美洋はその回答を良しとしなかった。
「ジキル、僕はまた君に同じような質問をしたいと思う。その時には僕が納得のいく否定か肯定を教えて欲しい。僕は分からないだなんて曖昧な答えを君にしてほしくない」
それはジキルが天才と言われた姉、水城真希奈が生み出したオーバーテクノロジーの塊である。そんなジキルが分からないだなんて言う事が美洋には理解できなかった。
「……美洋」
「テレビ局に行くんだろう? 青を使えば一時間以内には到着するよ。話はこの件が終わってからにしよう」
「うん!」
嬉しそうに美洋の腕に自分の腕を絡める。彼らは忘れていた。そのおかしな使われ方をしているアプリだけでなく、自分達のような存在が同じ番組に出演するという事を……
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