−1-72 茶番劇


 ……梅雨。


 毎年、誕生日の季節になるとこの島国にやってくる一つの年中行事だ。


「じとじとジメジメ、嫌な季節だなあ……」

「そう嫌わなくても、君の生まれた季節だろう?」

「……関係ねぇだろ」



 雨が降り続いて気分が落ち込むのに加え、少し後に期末試験を控えている。

 俺や遥都はそこまで問題じゃないが、クラスの中で勉強が苦手な奴らは阿鼻叫喚。


 気候だけならいざ知らず、教室の雰囲気までどんより落ち込むこの時季は正直に言って好きではない。……もっと言えば、嫌いだ。


 嫌いと言っても程度ってやつはあるし、誕生日パーティーの時はヤなことを忘れられるから好きなんだけどな。



「でも、確かに気が滅入るね、一週間近く降り続いてるんだから」

「ああ、運動会が梅雨入りの直前で助かったな」


 残念なことに、俺には雨に濡れながら運動をする趣味はない。


「そういえば神依、今年の誕生日会はどうするんだい?」


 遥都は言葉がわざと子供っぽく聞こえるようなアクセントで話す。

 ……やっぱり何だか、ムカつくな。


「誘わなくても来るんだろ? 別にいつも通りさ」

、神依と家族さんとオレ……でいいのかい?」


 さっきのは普段もよくある言い方なんだが、今日の遥都は矢鱈と妙なアクセントで話してくるな。

 何かあったのか?


「そりゃそうだ、誕生日会はずっとそうやってたろ?」

「……ああ、『ずっと』そう、だったね」


 からかってくると思えば気を落とす、そんな様を見ると、本当に雨続きで気持ちが沈み切ってるのかと流石に心配になってくるな。



「遥都、今度気晴らしにどっか出掛けるか?」

「え……どうしたんだい、突然」

「いや、何か悩んでるように見えたからな」


 遥都は勉強熱心だし偶には、リフレッシュも必要だろう。

 それに、ここ最近一緒にどっかに行くことが少なくなっちまったからな。


「ふむ、そうか……なら、そうしよう」

「なんだ、珍しく素直だな」


 直後、”待ってました”とばかりに微笑む遥都。

 大抵の場合、悪だくみかの前兆だ。


「ああ、神依に心配されたら終わりだからね、気分転換も必要と思うさ」

「へぇ、なんだ、軽口言えるなら案外大丈夫じゃねぇか」

「そうでもないよ、今オレの心は神依に心配をさせてしまった罪悪感で一杯だからね、ハハハハハ」


 突然、遥都が大きく笑った。

 教室にいる他のクラスメイトが何事かとこちらを見ている。


「遥都、お前俺のことを何だと思ってんだ……?」

「優しくて、能天気で、あんまり人の心配をしない冷たい奴かな」


 矛盾だらけの遥都の答えは、今まで幾度となく聞かされたものだ。


「今回も言うが、それテストに書いたら0点だぞ」

「ハハハ、オレにテストの話をするのかい?」

「……そう返されたら、もう言葉が無いな」


「じゃあ、出掛けるのはいつにするんだい?」

「無難にテスト後じゃないか、それなりに近いしな」

「時期はそうするとして、どこに行こうか……」


 やっぱ、そこが問題だよな。

 遊園地は疲れそうだし、一緒に買い物……なんて性格じゃないよな。

 喫茶店、水族館? ……妙な場所しか思い浮かばんな。


「ああ、出掛ける日までに俺がいい場所調べとくよ」

「それなら任せてもいいかい? オレは少し疎いからね」

「よし……任せとけ」


 今更”俺もよく分からない”だなんて言えるはずもなく、テスト勉強と共に、ネットや図書館を使って”いい場所”を探し続ける十数日間を過ごした。


「どれどれ、この店の売りは”カップル限定メニュー”と……アホかッ!」


 遥都の気分転換のために、俺のストレスが溜まりまくる日々であった。




 そして、お出掛けの当日。


「神依、これは……」

「すまねぇ、俺には無理だった」

「なるほど、数十日かけても見つからず、結局公園にしたんだね」

「悪いな……」


 それっぽい場所が載っていないだけでなく、少し良いと思った所には必ず”カップルにおススメ!”の文字がありやがる。

 苛立ちと共にが俺のストレスを増大させる。

 だったら無難に行こう、ってことで街で一番大きい公園を選んでしまった。



「でも、公園でくつろぐのも良いじゃないか」

「……そう言ってくれると助かる」


 遥都のための外出なのに、逆に俺が慰められるなんてな……


「噴水を見ながら、神依のように頭を空っぽにして過ごすのも乙なものだよ」

「そうだな……って、遥都お前!」

「ハハハ、神依といると安心するよ」

「そりゃあ、良かったよ……!」


 なんだ、俺の杞憂だったのか。

 でも俺の幼馴染と言えるのは遥都くらいだし、こういう付き合いは大事にしないとな。



「だが、なあ……日が暮れるまでここで座ってるつもりか?」

「む、もう30分も経ったんだね」


 俺が声を掛けると、遥都は腕時計を確認してそう呟いた。

 そして立ち上がり、大きく体を伸ばした。


「だけど、行く宛はあるのかい?」

「あぁ……いや、無いな」

「なら行きたい場所があるんだ、そこで良いかい?」


 なんだかんだ言って、遥都も楽しみにしてくれてたんだな。


「おう、何処なんだ?」

「そうだね……『行ってからのお楽しみ』、かな」


 お出掛けの時の常套句を楽しそうに言う遥都につられ、俺の顔もついつい綻んでしまった。




「へぇ、意外だな」


 空間いっぱいに満たされる電子音、そこを行き交う人影。

 チカチカ光る色とりどりのLEDに、ジャラジャラと聞こえるメダルの金属音。


 俺たちはショッピングモールのゲームセンターに足を踏み入れた。


「意外とは心外だね、ゲームをしないように見えるかい?」

「ああ、お前がやってる所,一度も見てねぇからな」


 家で遊ぶ時も俺が遊ぶのを遥都が見ているだけだった。

 遥都とできる話は本か映画の話ぐらいだったけど、それのお陰でゲーム三昧の人生を送らずに済んだから、遥都には感謝しないといけないな。


 ちなみに遥都は推理物の小説が好きで、かつて俺も無理やり読まされた。

 面白かったから文句はないが、推理作家に詳しくなっちまった。



「しかし、本当に見たことないぞ?」

「……あまり、大っぴらにできないジャンルだからね」

「……マジか?」


 遥都がいつもの悪い顔をしているのが恐ろしい。


 ”大っぴらにできない”と言うと、具体的に何だ?

 ギャルゲーとか、美少女ゲームとか、グロテスクなゲームを……?


「まさかお前、ヤバい奴やってんじゃ……」

「もちろん、何もやってないよ」


 そうか、やっぱりそうだったか……ん?


「あー、やって、ないのか」

「ん、何か残酷なモノでもやってると思ったかい?」

「誰かさんの物言いのせいでな」


 いつもの悪い顔に気づいてたのに乗せられちまった。

 今回はあんまりだが、本気で俺を嵌めた時の遥都は本当にいい顔をする。



「んじゃ、やっぱゲームはやってねぇのか」

「機会が全然なくてね、だからこそ、こういうのに憧れてたんだ」


 遥都はポケットに手を突っ込んで、中からがま口の財布を取り出した。

 やたら硬貨の音が鳴るのと財布が異様に膨れているのを見て、相当な小銭が入っていると思われる。


「ここでは、遊ぶのに100円玉が要るんだろ?」

「そうだが、何枚入ってるんだ、それ?」

「大体……5000円分くらいかな」


 となると大体50枚ってことか、多すぎだろ。


「なんでそんな量持ってるんだ?」

「元々誘うつもりだったんだよ、それで予め両替しておいたんだ」

「いやまあ分かるが……今日で遊びつくすつもりか?」


 ゲームセンターで5000円も使うなんて、クレーンゲームに余程欲しいものが入荷した時くらいしか思い浮かばない状況だ。


「まあでも、全部使う訳じゃないよな」

「え、使わないのかい?」

「使うつもりかよ! ……遥都、お前本当に”ここ”に来たことないんだな」


 この世間知らずさんは、よく俺を騙すくせに所々本物の天然も入ってるから手が付けられない。



「だから、何かお勧めがあったらまずそれを遊ぼうと思うんだけど、どうだい?」

「なら、アレにするか」


 俺が指したのは、車の運転席を模した筐体の某有名なレースゲームだ。

 何台かあるから対戦もできるし、操作も多分難しくないから遥都でも何回かやればできるようになるだろう。


「あれは、何だい? 車のハンドルが見えるけど」

「見ての通り、車を運転するんだ」

「なるほど、これをマスターすれば運転免許が取れるのかい?」

「そんな訳あるか! 教習所のシミュレーターじゃねぇんだぞ」


 軽口を飛ばしあいながら、それぞれ機械にお金を入れてゲームを始めた。



「神依、これ、どうやって選ぶんだい……?」

「ハンドル回せ、動かしたい方にな」


「なあ、決定って……」

「ハンドルの真ん中にボタンあるだろ? 押せば決定だ」


「神依、少しアクセルが遠いなぁ」

「ちょっと待て、調整してやる」


 と、初めてのゲームに混乱する遥都を手伝いながら、普通より時間をかけてようやくレーススタートに漕ぎ付けた。


 開始直前、横を見ると緊張からか遥都は手が震えている。


「ゲームだろ、リラックスしろよ」

「そう言われても……神依、何故ニヤついてるんだ?」

「いやー、遥都のこんな姿初めて見たからな」


 文武両道で非常に博識で落ち着いていることが多く、度々焦りとか緊張からは縁遠い存在だと感じる遥都だがまあ、人間味のあるところを見てホッとした。



「お、始まるぞ」

「あ、ああ……!」


 カウントダウンが3つ続いて、スタートの合図が鳴らされた。


「よし、勝つぜ!」

「神依、なんでいきなり加速したんだ!?」

「”1”の時にアクセルを踏めばスタートダッシュができるんだ!」

「早く言ってくれよ!」

「ハハハ! 悪い悪い」


 難易度は50cc、いわばイージーだ。

 遥都も2位と3位の間を行き来してるが、開始早々の差もあってかなりの距離が開いている。


 しかし二ラップ目、偶然順位が落ちて良いアイテムを手にした遥都が追い上げを始めた。


「は、速い!」

「いつまでも1位でいられると思わないことだね!」


 手にしたのは黄金のキノコ、だ。

 小さな矛盾は気にしない。


 無闇矢鱈に使えば落下するようなアイテムをその頭脳で有効活用し、遥都は俺との距離をズンズンと縮めていく。

 そしてついに抜かされようとしたその時、事件は起きた。



「……ぶふっ!?」


 俺は噴き出した。一体何を見たのか。


 知ってるかもしれないが、このゲームはキャラのフレームに自分の顔写真を入れられる。

 遥都はその写真を入れていた……お姫様のフレームに。

 それに飽き足らず、妙なキメ顔をしてやがった。


 遥都に抜かされるその瞬間、その顔写真が画面に大きく映し出されたのだ。


「ぐ、卑怯な手を……!」

「ハハハ、このティアラ、まるで女装みたいだね」


「っ……!?」


 そして遥都のもう一言が、笑いで崩れた俺の操作を決定的に破壊した。

 しかし、今回は笑いではなく発作的な恐怖心だったんだけどな。


 ”そうなった理由は、少し前を思い出せば分かるはずさ”


 結局ズルズルと順位は落ちてしまい、このレースは遥都が1位、俺が最下位と『面白い』結果に終わることとなった。



「ハァ、ハァ……無駄に疲れたぜ」

「さあ神依、2回戦に行こうか」

「いや、ああ……次はエアホッケーにしないか?」


 今日は、もうレースはしたくない。


「神依がそう言うなら、そうしよう」

「助かる、ありがとな」


 その後も、俺と遥都はそれなりに羽目を外して遊びまくった。



「このゾンビ、数が多いね……」

「来たぞ、右に2体だ!」

「了解、撃ち抜いてやるよ!」


「あのぬいぐるみとか良さそうだぞ」

「冗談じゃない、お菓子を狙うよ」

「……よし、掴んだ!」

「落ちないで……そのままそのまま……取れた!」


 俺も出す分は出したが、当初5000円分あったという遥都の小銭は約3時間の内に4枚ぽっちに減ってしまった。


「今日は楽しかったな」

「ああ、新鮮な気分だったよ、また来よう、神依」

「そうだな」


 ”ちなみに俺は、今後3週間の週末、連続でゲームセンターに駆り出されることを知らない”

 ”最初のうちは遥都の小遣いの心配もできたが、最後の方はまあ、ヤバかったな”


 ”ともあれ、何よりも楽しかったのは事実だし……”


 ”これが、俺に訪れた最後の『まともな夏』だった”



 高校2年の話はここで終わり、ついに最終学年が訪れる。


 3年になってやって来た一人の転校生。

 彼女の行動が、図らずも俺が手にしていた”偽物の平穏”をかき乱し、目も当てられない程グチャグチャに壊してしまうこととなる。


「ここに、転校するんだ……うまく、やっていけるかな」


 だけど、それはまた次の話だ。

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