3章 第7話 灯台下暗し
翌週。テストも何とか乗り切り、迎えた夏季休暇2日目。
どこか夏の訪れを感じさせるようなカンカン照りの太陽により、キラリと水面を輝かせた噴水の側で、ルトは1人立っていた。
何故この場所に居るのか。
それは今日がエリカと共に捜索を行う日であり、彼女と初めて会ったこの場所ならば、迷う事なく合流できると判断し、集合場所とした為である。
そして、その判断はどうやら正しかったようで。
いつも通り早めに着いてしまったルトが周囲を眺めながらボーッとしていると、ここでルトの視線がエリカの姿を捉えた。
「……やっぱり、フード被ってる」
2度会って2度そうであった事から何となく察していたが、エリカはあいも変わらずフードで顔を隠している。……この炎天下の中で。
その姿に、何かしらの理由がある事は勘付いている。
しかしどうしても「暑そうだなー」と思ってしまい、ルトは思わず小さく笑ってしまった。
と、ここでこちらへと歩き寄ってきたエリカが、遂にルトの存在に気付いたのだろう。
キョロキョロと周囲を見回しながら歩くエリカの視線が、ルトの居る所で停止する。
同時に、ピクリと反応をするとその歩みも停止した。
しかし、それも一瞬の事。エリカはすぐにハッとすると、先程までよりも少し早足でルトの元へと寄っていく。
そして、ルトの前へ到着すると開口一番に、
「……あの、流石に早すぎないかしら」
少し呆れの篭った声音でエリカは言った。
というのも、現在の時刻は午前8時40分。
集合時間として設定していた午前9時までまだ20分もあるのだ。
完全なるエゴではあるのだが、人探しを手伝って貰う以上、ルトを待たせてはいけないと考え、集合時間よりもだいぶ早いこの時間にエリカはやってきた。
しかし想定外にも、ルトはそんなエリカよりも早く到着していたのである。
「昔からの癖でね」
言って、ルトは頭を掻きながらアハハと笑う。
彼自身、あまりに早く来過ぎると、相手方に気を遣わせてしまう事は理解している。
しかし幼少からの癖というものは、どういう訳か抜けないのである。
「ちなみに以前ルティア達と待ち合わせした時は何分前にここに?」
フードの下、半目のまま問うたエリカに、ルトは当時のことを思い起こし、
「えっと、40分前だったかな……」
「重症ね……」
「ごめん。次からは気をつけるよ」
「その方が良いわ。貴方自身の為にもね。……それよりも──」
言って改めてルトの方へと向き直ると、表情を真剣なものに変え、深く頭を下げる。
「改めて、捜索の手伝いを申し出てくれてありがと。正直、いくら探しても重要な手掛かりが見つからない現状に辟易としていた所なの」
街に来てから既に2週間。先日遂に学園で死神の姿を目にしたとは言え、結局会えずじまいで夏季休暇へ突入してしまった。
死神が学園に居るという事実と、夏季休暇という現状。
……加えて住処や名前など一切わからない事を考えれば、最早これは手掛かりほぼなしと同義だと言える。
そんなエリカの感謝の言葉に、ルトはさも当然といった様相で、
「いえいえ。困っている人が居たら助けるのは当然の事だからね」
言って柔らかく笑ってみせる。
そのあまりの人の良さに、エリカは何となく少しだけ含みを持たせた声色を作ると、
「流石、お人好しね」
対しルトは何とも言えない表情で、
「……それって褒めてる?」
「ええ、勿論よ」
完全に言い切ったエリカに、ルトは何となくフードの奥でこちらをからかうような笑みを浮かべているような気がして、
「ほ、本当かなぁ」
と声を上げる。そのやりとりが面白かったのだろう、エリカは小さく笑い、
「……フフッ、とりあえず行きましょ」
そして彼女の声の後、2人は早速尋ね人の捜索を開始した。
◇
街を並び歩きながら、白髪の人間を見つけるべくキョロキョロと周囲を見回す。
本来効率を考えるのならば、2人別行動の方が良いのかもしれないが、現状情報が白髪という事しかなく、尋ね人かどうかの判断はエリカにしかできない。
その為、2人は共に行動をするようにしているのである。
とは言え、2人はなるべく別方向に目線を向けるようにしている為、1人の時より効率良くなっているのは確かであった。
と。ここまで特別会話は無く探し回っていた2人であったが、流石に無言の時間が続いた事に辟易としてしまったのか、ルトはちらとエリカの方へと目を向けると、落ち着いた声音で声を上げた。
「エリカはこの街に来てどの位経つ?」
「おおよそ2週間よ。初めてルトと会った日が最初ね」
一瞬目線をやるエリカに、ルトは目をぱちくりさせる。
「あ、まだその位なんだね。どう? この街には慣れた?」
「いえ……基本あの森に居たから、街の事は殆どわからないわ」
別段強調するでもなく、ごく当たり前であるかのように言うエリカに、ルトは先程よりも大きく目を見開くと、
「えぇ!? 2週間居て殆ど街に来てないってこと?」
「……食料を買いに来たくらいね」
唖然とするルト。
しかしそれも仕方がないと言えるだろう。
エリカのような未だ成人もしていない幼い少女が、2週間という短くない期間を態々1人森の中で過ごし、その上街に来ても食料を買う以外は特に何もしないなんて……。
何故そんな事をしているのかルトは知らない。
もしかしたら望んでやっている事なのかもしれないし、逆に何かしらの言えない事情があって仕方がなくやっているのかもしれない。
こればかりはエリカ本人しかわからない事だ。
が、ルトは横を歩く少女から、年齢を感じさせない大人びた口調で平然と話すエリカから、何となく悲哀のようなものを感じたような気がして。
ルトは一瞬グッと口を紡ぐと、数瞬の後、まるで旧友に話すかのような、重たさの感じない調子でゆっくりと声を上げる。
「……なら、人探しついでに観光でもする?」
ルトの言葉に、思わずエリカは歩みを止める。
「え……? いや、でも……」
戸惑い、迷い、そして幾ばくかの恐怖か。
とにかく様々な感情の入り混じったような声を上げる。
が、そこにルトに対する強い拒絶は見られない。
ならばと、ルトは話を続ける。
「ほら、せっかくの王都なんだ。観光の一つでもしないと勿体ないと思うな」
本来ならば、顔を見られる危険が増すような行動をエリカが進んで取るような事はしない。
しかし、何故だろうか。
理由はわからないが、ルトの言葉はスッと胸に入ってきて──。
エリカはフードの奥からジッとルトの顔を見つめた後、意を決したのかウンと小さく頷くと、
「……わかったわ。その、案内をお願いしても良いかしら」
どこかまだ恐怖というか抵抗があるのだろうか、少し固さのある彼女の言葉に、
「もちろん! ……とは言っても、僕もそこまで詳しい訳じゃないけどね」
言って、それを解すかのような和らげな笑みを浮かべる。
確かにリアリナが居た頃は、色々な場所に連れ回されていた為、庶民街のお店にはそこそこ行った事はある。
しかし現在は、貧乏という事もあり、お店に行く事もそれこそルティア達と出かける以外には無くなったし、何より学園に入学した為平日は殆どを学園で過ごすようになったのだ。
リアリナが街を離れて早2年。短いようで長いこの月日が経てば、当然店事情だって変わってくる訳で。
その間、街を歩く事さえあれど、店に入る事が殆どなくなってしまえば、ルトの店に対する情報など最早当てにならなくなってしまうのである。
そんな頼りになるのかならないのかわからないルトの言葉に、
「……何か不安になってきたわ」
「大丈夫大丈夫! さ、行こうか」
変わらず明るいルトに、
「……ええ、そうね」
とエリカは確かに頷き──こうして2人は人探しの傍ら、ルト主導の元街を見て回る事となった。
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