2章 第3話 学園大会

「学園大会?」


 昼休み。いつものように3人が円形に座る中、アロンがポツリとその名を挙げる。

 しかし、名前すら聞いたことのなかったルトは、小さく首を傾げた。


「そ。毎年数回、様々な条件の元行われる学内の小さなイベントだな」


「確か、学園の生徒なら誰でも参加可能でしたよね?」


「おう! ただ、参加した所で成績や進路に影響しねーから、毎回あまり参加者はいねーみたいだけどな」


「へー。そんなイベントがあったの、知らなかったよ。……で、アロンはどうしてその話題を?」


 ルトの言葉に、アロンは待ってましたとばかりに、


「もし2人が暇なら、一緒に参加してーなと思ってさ!」


 2人の顔を見て、さらに話を続ける。


「なんか、今回は内容がめっちゃシンプルでさ。とにかく魔物を倒してポイントを稼げば良いらしいんだよ。んで、その合計ポイントが一番多い人が優勝」


「わかりやすくて、良いですね!」


「だろ? 更に、何と今回の開催場所は、俺たちの馴染みある、あのアルデビド草原ときた訳だ」


「確かに、あそこならだいぶ知り尽くしてるし、多少は有利に事を進められそうだね」


「そうなんだよ! それにさ、開催日時が来週の日曜なんだよ。てことは、来週はパトロールが出来なくなる」


「なるほど。それならいっそ、大会に参加しちゃおうって訳か」


「おう! 最終的に倒した魔物に応じて相応の報酬も払われるみたいだしな。……どうだ?」


 若干の不安を滲ませながら、2人へと問うアロン。

 しかし、その不安も杞憂だったようで、ルトとルティアはニコリと微笑むと、


「もちろん。アロンの提案なら、喜んで参加させてもらうよ」


「私も、参加致しますわ!」


「まじか! よっしゃ! なら、放課後エントリーしにいこーぜ!」


 こうして、あっという間に来週日曜の予定が決定した。


 ◇


 単調な日々が続き、迎えた日曜日、大会当日。


 夏らしい蒸し暑さのために、額に汗を滲ませながら、ルトは廃屋の様な家を飛び出した。


 向かう先は、草原前の門周辺。本日の集合場所として指定されている位置である。


 ルティア、アロンとも現地集合となっている為、ひたすら直線的に走り向かう。


 足が軽く、グイグイと前へ進む。

 気のせいか、日を追うごとに身体能力が向上しているような気もする。


『恐らく、少しずつ我の存在が馴染んできたのだろう。霊者を身体に宿すものは纏わずとも、ある程度の身体能力を有している。お主も彼らに近づいたという訳だ』


 当たり前の様に、ハデスはルトの心の声に返答をする。


「なるほどね。これは嬉しい誤算だ」


『とは言え、纏わず戦える程向上する事はない。纏に比べればほんの微々たるものだ。あまり期待しない方が良い』


「おっけー。──ッ!」


『頭痛か』


「うん。前に比べるとマシになったけど、まだ時折痛むよ」


 そう。実はハデスを受け入れてから、定期的に頭痛を引き起こすようになったのだ。


『仕方がないさ。人格が形成された今、我を受け入れたのだ。馴染んだとは言え、まだまだ溝は深い』


「わかってる。……時期に収まると思うし、大丈夫」


 ここ数日はだいぶ良くなり、1日3回程度になった。時間も1回数分だ。

 決して耐えられない痛みではない。


『無理はしない方が良い。あまり酷いようならば身体を休める事も検討する事だな』


「死神なのに案外優しいね、ハデス」


『……宿主が調子を崩せばこちらも被害を受ける。だから案じた、それだけだ。それに──いや何でもない』


「…………? っと、そろそろだよ」


 と、ひたすらに歩を進めていると、遂に目の前に大きな門が見える。

 同時に、ルトは妙な違和感を感じた。


「……なんか、人多くないか?」


 そう。門周辺に集まる学生の数。それが予想よりも遥かに多かったのだ。


 と。


「おーい! ルトー! こっちこっち!」


 近づき、その人数に驚いていると、突然聞き慣れた声が耳に届く。

 そちらへと目をやると、そこには大きく手を振るアロンとルティアの姿があった。


 どうやら向こうの方が先に着いていたようである。


 ルトは多少スピードを上げると、2人の方へと寄っていった。


「おはよう、アロン、ルティアさん。……なんか凄い事になってるね」


「おはよう、ルト。……参加者の人数エグいよな。100人は居そうだ」


 毎回参加者はおよそ30人程度だと言う。

 つまり、今回は普段の3倍以上人が集まっているのだ。


「……なんか、人が増えるような事ってあったっけ?」


「とりあえず、周囲を見回してみな」


「……え? うん」


 言葉の後、ルトはぐるりと周りを見て、最後にルティアへとチラと視線を向け、


「……なるほどね」


 小さく苦笑いを浮かべる。

 対し、ルティアは相変わらず自分の事には疎いのか、可愛らしく首を傾げた。


 周囲は、そんなルティアの事を再びチラと見た。

 恐らく、今回人が増えたのは、ルティアが参加するという情報が、何らかの形で漏れたからだろう。


 基本的に学園大会に実力者は参加しない。

 しかし、今回は1年の序列1位が参加するのだ。

 なら自分も……という人間が増えても何らおかしなことではない。


 それにルティアは学園のアイドルといった立ち位置でもある。

 とりあえず一目見たい。あわよくば話をしてみたい。

 そんな輩も少なからずいるのだろう。


 そしてそれは……実力者にとっても例外ではないようで。


 突然、


「おい! ルティア・ティフィラム!」


 というルティアの名を呼ぶ声が3人の元へと届いた。

 思わず振り向く3人。


 そこには、以前ルティアに思いっきり振られたイグザの姿があった。


「あら、イグザ先輩。お久しぶりですわ」


 一歩前に出ると、ルティアは一切緊張や動揺を見せずに、小さく笑みを浮かべる。

 対しイグザはあいも変わらず高圧的な態度のまま、一方的に言葉を放つ。


「挨拶をしに来たんじゃねぇ。……今はこれだけを伝えに来た」


 言って、人差し指をピッとルティアの方へと向けると、


「ルティア・ティフィラム……テメェには、ぜってー負けねーからなッ!」


 と強く宣言。

 次いで、ルトとアロンをグッと睨むと、フンと鼻を鳴らし、身を翻し離れていった。


 沈黙。しかし、それも数秒後に吐かれたアロンの息によって破られた。


「プハァ! ……こえぇ」


「相変わらずみたいだね、先輩は」


「……よくビビらなかったな、ルト」


「いやいや、ビビり過ぎて声もでなかっただけだよ」


 実際には、ハデスの影響で一切の恐怖を感じなかったのだが、それを口にしては心配をかけてしまうことになる。

 だから、ルトは申し訳ないと思いつつも、嘘を吐いた。


「なるほどな! にしてもルティアちゃんは、まだイグザ先輩に絡まれてるのか?」


「いいえ。あの告白以降は、すれ違っても何も言ってくる事はありませんわ。……それ以上に、どこか避けられてるような気も致します」


 首を傾げるルティア。


「……あの時の失恋が余程応えてんのかね」


「案外律儀なのかもしれないよ。ルティアさんの発言を受けて、内面を磨いていたり……」


「さっきの様子をみる感じだと、まだまだ先は長そうだったけどな」


「だね」


 とりあえずあの高圧的な態度が治らなければルティアは振り向いてくれないだろう。

 ルティアの1人の友人として、そう強く実感したルトであった。


 と、そんなやりとりや、談笑をしているといつの間にか開始10分前となった。


 ここにきて初めてかかる号令。3人を含め計102人の学生はそれに従い、門の前へと整列した。


 そしてそんな学生達へ向け、再度確認の意味を込めて、今大会のルールが説明された。


 内容は至ってシンプルである。


 獲得したポイントが最も多い者が優勝となる。

 今回対象となるのは草原に生息している魔物や動物であり、ポイントはオークが2ポイントで、その他の魔物は基本1ポイント。

 動物に関しては、基本0ポイントだが、希少価値の高い数種類については、ポイントがつくようになっている。


 倒した魔物については、規定部位を剥ぎ取り、支給されたアイテムポーチ(200キロまで収納可能な魔術道具)へ入れる。


 そして、優勝賞金は500リル。


 ……とのことだ。


 ルトは改めてそのルールを確認すると、よしと小さく声を漏らした。

 次いで、再度放たれた号令に従い、門の前へと並び立つ。


「……始まるね」


「なんだか、ワクワクしますわ!」


「な! ……今回も負けねぇからな、ルト! ルティアちゃん!」


「……私も負けません!」


「今回こそは勝たせてもらうよ」


 言って、3人はニヤリと笑う。

 と、同時に、見張りである教師が、全員に届くように声を上げ、


「制限時間は4時間。尚、終了時に帰ってないものは失格とする。……では、スタート!」


 言葉の後、魔術による乾いた爆発音が響き、学園大会が始まった。

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