破壊の化身

「未出撃のグラフィアスに空対空ミサイルを積めるだけ積んで直ちに出撃させろ!」

 エルハサンが吠えた。グラフィアス戦闘機のハードポイント数は八箇所だが、増槽を取り付ければ増槽上の四箇所のハードポイントも使用できるので最大十二発となる。これだけ武装しても機動力を維持できるのは、高出力双発エンジンの賜物である。

 エルハサンの策は、グラフィアス戦闘機の到達可能な最高高度一万五千メートルから一斉に空対空ミサイルを撃ち下ろすことだった。空戦型オークはあくまで生身の生物体。敵兵がこの高度まで到達することはまず不可能であるため、上さえ取れれば一方的に攻撃できるはずだ。

「戦闘中の各飛行隊は、グラフィアスの道を切り拓け!」

 高度を上げるためには、敵が蠢く戦闘空域を突破することが前提となる。一秒間で六十五発を発射可能なベスパ戦闘機の二十ミリバルカン砲が火を噴いた。

「第二艦隊アイテール、ロスト!」

 前線を押し返していた第二艦隊から凶報が飛び込んできた。アイテールは旧第五艦隊から第二艦隊に吸収された巡洋艦である。

「駄目です、旧第五艦隊所属艦が次々と消えていきます! 詳細不明」

 ここにきて、急造艦隊の弊害が出てきたのだろうか。旧第五艦隊の連携がうまくいかなくなったのかもしれない。

「……ラム卿と少し話してくる。アクール軍監、ここは任せる」

 フィネラスが静かに立ち上がった。



 無傷のまま健在な艦隊は、司民卿ディスティーヌ率いる第四艦隊のみであった。カレファキエンス級戦艦二隻を擁する重火力偏重な艦隊にもかかわらず、聖地を挟んだ反対側の海、西大怒海に布陣しており戦闘には加わっていない。壊滅的被害を被ったプーゲンの第三艦隊とは対照的だ。

 もちろん作戦通りである。

 ディスティーヌの射撃命令に従い、二隻の戦艦に搭載された計十八本の砲塔が、虹色の尾を引く魔法弾頭を発射した。

 戦闘中の第一艦隊以下、東大怒海の各艦隊の上空を、幾筋もの虹が架ける。空中で炸裂した魔法弾頭は、一列に並ぶ十八の魔法陣を形成した。首都エソリスから聖地にかけて等間隔に整列したそれは、ラグナ=レイの道標となる。

 キマロリネスら天宮班は、ラグナ=レイの最終調整に入った。


 魔法陣一から十八の適正位置展開を確認。

 域内魔法力密度上昇。魔法力圧臨界まで十、九、八……。

 ……三、二、一。魔法力圧臨界突破。

 魔法力濃度適正値。

 域内思光体、検出限界以下。干渉なし。

 銃口補正完了。

 ラグナ=レイ、最終拘束解除。


 首都エソリスの北西部概ね四分の一を占める工業オーディン区には巨大な砲身が設置されている。複雑怪奇な配管が張り巡らされた工場群や石油化学工場プラントの煙突が噴くフレアスタックを、砲身本体やそれを支える幾本もの太い支柱が丸ごとそっくり蓋をしてしまうくらい巨大な建造物だ。すなわち、現在のエソリス市は、その四分の一にも及ぶ面積に日の光が届いていないのである。

 日中なのに工業地帯の美しい夜景が見られるとあって、ラグナ=レイの建造が始まってからというもの工業オーディン区はビュースポットとしてひそかなブームにもなっていたと聞く。

 天宮・クリスタルルームの二つの秘宝から抽出された膨大な魔法力が、オリハルコンの柱を二重螺旋となって駆け降りる。エネルギー配管が青白い閃光を放ち、まるで天から降り注ぐ神の威光のようだった。

 地上のラグナ=レイ本体に魔法力が充填され、黒光りする金属の砲身までもが徐々に青白く輝き始めた。

「ユネハス魔導兵部隊、魔法障壁全力展開。予備ブースターも全て開放せよ」

 キマロリネスが地上班に指示を出す。ラグナ=レイは魔法技術に長けたユネハスとの共同開発兵器だ。ユネハスから借り受けた魔導兵部隊はラグナ=レイの各支柱のほか、工業オーディン区と商業フェンリル区の境目に布陣している。ラグナ=レイ発射の衝撃を最小限に留めるためということになっているが、商業フェンリル区はともかく真下の工業オーディン区に甚大な被害が及ぶことは免れないだろう。

「東大怒海展開中の各艦隊、エネルギーシールド全方位全力展開! 衝撃に備えよ!」

 範囲固定。

 発射五秒前、四、三、二、一……。



 神官団長シャカは、自身が率いる第二艦隊旗艦フルグリエンスの甲板に立っていた。

 上空で閃光が飛び交う。今もまさに、機関銃にくり抜かれて腹から下が皮一枚で繋がっただけの空戦型オークが、血を撒き散らしながら落下して水柱を上げた。自軍の被害も相当なものだ。もう何機の戦闘機が黒煙を噴き爆散したことか。

「ラム卿には悪いことをした」

「いやぁ、こうでもせんと出し抜けまいて。一応、ラム卿には断りを入れたつもりじゃよ。無理を道理にするのは年寄りの仕事じゃと」

 笑いながら応えたのは司宮卿プーゲンだ。

「そんなんで通じるわけないだろ。あとな、一応私はお前より一つ下の世代だ。私まで年寄りに入れてくれるな」

「えぇ……。若返りが進む神官団にあって、わしはお主を胃もたれ階段昇り降り億劫やたら早起き若者みんな同じ顔に見える仲間だと思っとったのに」

 シャカはプーゲンの軽口を無視して振り返った。見上げた先は、艦の作戦指揮所だ。

「……おいでなさったぞ、プーゲン」

 突如、作戦指揮所に青い火炎が渦巻き、強化ガラスが粉々に砕け散った。まばゆい火柱の立った作戦指揮所を背景に、窓から飛び出した黒い影がローブをはためかせながら甲板に降り立つ。

 シャカは遅れてやってきた爆風で長い銀髪がぐちゃぐちゃに荒れ狂うのにも構わず、静かに言った。

「待っていたぞ、フィネラス大公殿下。いや、フェリキュール・ブラック」

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