意志の力

「うわすごいこれ!」

 窓に駆け寄って歓声を上げたのはハンクだ。ガラスに前のめりで両手をつき、顔が上下左右にせわしない。

「何すましてんだよ。ジョージも来いって!」

 ジョージたちがいる部屋もかなりの高階らしく、下を見るとまるで人が豆粒のようだった。プレーリー村の三階建ての学校しか知らなかったジョージはリアシーの巨大な闘技場でも度肝を抜かれたものだったが、今いる高さはそれらを鼻で笑うかのようだ。

 窓の向こうにはさらに高い建物も林立している。

 もはや同じ星にある国とは思えなかった。

「あれは?」

 はるか上空。バラバラという低い轟音と共に建物の影から姿を現したのは、鳥でも飛翔呪文の使い手でもない、奇怪な飛行物体だった。

「ヘリコプターという飛行機です。空軍所属の輸送機のようですね」

 答えたのはドレイクである。ヘリコプター? 飛行機? 何を言っているのかよく分からない。

 あまりの光景に呆気に取られていたが、先に我に返ったのはハンクだった。

「ちょっと待って。関所の周りって草原じゃなかった?」

「そう言えば」

 二人は揃ってドレイクに顔を向けた。

 ドレイクはにたにたと薄ら笑いを浮かべた。

「リアシーの方々が我が国の都市をご覧になったらどうなると思います? 文化レベルの格差に戦慄することでしょう。恐怖すら与えかねません。いらぬ不安を助長することのないよう、我々は一種の光学迷彩によって都市そのものを国外の目から秘匿しているのです。この建物も、リアシー側からは湖の畔に佇む古城として映ったことでしょうが、実際はただのビルですし」

 ジョージは、頷きながら聞いているハンクに耳打ちした。

「なあ。つまりどういうこと?」

 コウガクなんちゃらだか何だか、意味不明な単語が飛び出した時点でジョージの頭は停止している。

「バカ。アホ面かましてんじゃないよ」

 ハンクは罵言を二連発で放った。小声だが、険しい口調だ。

「はしゃいでやって損した。あいつ、僕らを遅れた国の出だと思って見下してるんだ。舐められたら足元見られる。分かったような顔しとけ」

 ひそひそ喋っているとドレイクが怪訝そうに目を眇めたので、ハンクが「何でもありませんよ」と笑顔で手を振った。

「……国境壁も我が国最高の素材で建造されています。我が国最高ということは、イコール世界最高の素材です。どのようにして破壊したか、誠に興味深い。お話頂けませんかパーキンソンさん?」

 そこに戻ってきたか。

 ハンクの言った通りだった。要するに、技術自慢をした上で「うちの国はすげーんだから話しといたほうが身のためだぞ」と優位に立とうとしているのだ。

 ハンクがこちらをジト目で睨んでいる。答えを間違えるとまたバカだのアホだの罵られそうだ。余計なことを言うなというフロルの忠告も思い出しつつ、

「剣でぶっ叩いただけだって言っただろ」

 そんなに睨まなくても、元より事実なのでこれ以上答えようがない。心配すんなって。

「あなたも強情ですな」

 ドレイクが露骨に不機嫌な表情になったが、ハンクは隣で「それでいい」と唇だけを動かした。

「あなたがおっしゃっていることが事実かどうか、今後調査を進めます。場合によっては再度お話を伺いますのでそのつもりで」

 ドレイクは捨て台詞と共に踵を返した。応接室を後にしようとしたドレイクの背中に、フィラーが話しかける。ドレイクは振り返りもせずぞんざいに頷くと、フィラーを置いて、足を踏み鳴らしながら出ていってしまった。

 扉が閉まるのを見届けた後、

「君、モリアーティーの人だったんだね」

と、ハンクがフィラーに声をかけた。いつもの軽い感じに戻っている。

「はい。あの時はありがとうございました」

 フィラーは頭を下げた。

「え? お前ら知り合い?」

「ジョージ、その発言は問題だよ。彼女は僕らのことを覚えていてくれたのに失礼じゃないか。君が株を落とすのは勝手だけど、紳士たる僕まで同列に見られかねないだろ」

 ハンクは左手を腰に当て、右の人差し指を咎めるようにジョージへ向けた。

「誰が紳士だ。どっちかってばペテン師だろ」

 ジョージの反論を無視し、ハンクはフィラーに両手を合わせて謝罪の言葉を述べた。

「ごめんね。こいつ馬鹿で」

 謝罪というか、半分は人の悪口である。

「いえ気にしてないです」

 フィラーはぶんぶんと首を振る。

「ほらまた気を遣わせちゃって。ジョージも知ってる人だよ」

 ハンクが「どうぞ」と促す。応じたフィラーはすらりと細長い指をフードにかけた。

 さっきは一瞬だった素顔が露わになる。

 再び長いブロンドが跳ねた。

「武闘大会ではお世話になりました。試合素晴らしかったです。決勝は何だかすごいことになっちゃってたけど……」

 あっ……。

 ようやく記憶が蘇る。オレが酔っ払いを黙らせて、フロルが染み取りして――。

「ハンクてめぇ何もしてねぇじゃん! エラソーに」

 喰ってかかると、ハンクは「したした! 仲良くなった!」と笑いながら逃げを打つ。

「黒いマントの人が使ってたのって『悪霊の焔』ですよね。わたしもとっさに対魔魔法障壁を張ったんだけど止められなくて……。あなたに助けてもらっておきながら、わたしは力になれなくて悔しくて申し訳なくて。こうしてまたお話できて良かった」

と、フィラーは伏し目がちに言った。

 高位呪文たる「悪霊の焔」に対して、普通の「魔法障壁アラ・マギクス」は無効なので、止められなくて当然である。申し訳なく思う必要などないのだ。

 そう言おうとしたら、

「気にしないで。助けたって言っても酔っ払いとっちめただけだよ。ジョージは腕っぷしだけが取り柄だから、使えるとこ使っとかないと存在意義がなくなっちゃうの」

と、すかさずハンクがちゃちゃを入れた。

「何もしてねぇお前が言うな」

 ハンクの頭をはたくと、スパンっ! と小気味良い音が応接室に響いた。フィラーは口元に手を当てて笑っていた。武闘大会の二日目、ジョージに手を振っていた彼女の上品な笑顔と同じだ。耳が熱を持つのを自覚し、ジョージはごまかしがてらもう一発ハンクをはたいた。

 フロルが戻ってくるまでの間、フィラーは雑談に付き合ってくれた。

 フィラーはジョージの一つ下ながら、呪文が得意なこともあって特殊な仕事の依頼を受けることが多いのだそうだ。今回の通訳案件もそうで、複雑な翻訳呪文のおかげでそつなくコミュニケーションを取れるらしい。最近は呪文なしでもリアシー語を話せるように勉強しているというから恐れ入る。

 モリアーティーの学生は勉学に励み、高いレベルの学校を卒業しなければ、ろくな就職ができないとのことだった。

 オレだったら食いっぱぐれるな……。

 ジョージは、モリアーティーに生まれなくて良かった、と肩を縮めた。プレーリー村でももちろん勉強ができるに越したことはないが、万年赤点でも将来の生活を直撃することはない。医者を目指すキユリみたいなのは別にして。

「魔法を習得したのも、将来のためなんです」

 現代のモリアーティーでは魔法に代わって機械が人々の生活を支えている。それでも魔法が使えれば職の選択肢が広がり、待遇も良くなる。魔法という天賦の才に恵まれたフィラーは、難関の王宮付魔法使いを目指しているらしい。

「母の影響もありますけどね。母も王宮で働いているんです。一度だけ見学したことがあって、もうかっこ良くて」

と、フィラーは目を輝かせた。

 歳下なのに、フィラーはジョージよりずっと将来に向けて努力している。明確な目標を持って、勉強して、魔法も上手くて、すでに仕事を得るまでに至っている。

 それに比べて自分はどうだ。モリアーティーまで辿り着いたのは、自分の意志と言えるのか。カール王の元へ行けとパックに言われ、カール王からは風晶石を運べとリアシー行きの船を手配され、寝ている間にフロルの馬車はモリアーティーへと進路を取っていた。周囲の状況に流されるまま、気付けば知らない土地に立っている。

 胸が少しちりっとしたが、眼下の道を「自動車」なる馬なしの馬車が何台も連なって走っているのにびっくり仰天し、すぐに忘れた。

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