第二章 純白の中の漆黒 4


 ジョージは不思議と冷静だった。

 思春期男子なら誰もが妄想したことがあるだろう。例えば、学校に武装集団が押し入ってくる。普段偉そうにふんぞり返っている体育のガチムチ教師に限って真っ先にやられる。

 血の滴るナイフの刃に狂気に満ちた表情で舌を這わせる悪いヤツ。

 追い詰められるクラスメイト。仲の良い女の子が人質に……、

 そこへ颯爽とオレが登場する! 

 つまりはその応用問題だ。武装集団だかなんだかはともかく、幼馴染の女の子をかばって守るという命題に変わりはない!

 ジョージの冷静さは脳内演習がもたらすささやかな成果だった。

 キユリを抱きかかえながら、四本の鉛筆の中心に手のひらを押し当てる。鉛筆を頂点とした正方形からすりガラスのような壁が出現し、二人を囲う四角錐を形成した。

 直後、ついさっきまで家だった材木が二人に襲いかかる。爆発の衝撃で引きちぎられた材木の断面はまるで針山のようにささくれていた。

 材木はジョージが作り出した壁に衝突すると、一旦空中へと大きく跳ね上がり、そして目の前にどしんと落下した。

「ジョージ! ジョージ! なにこれ!?」

 腕の中から金切り声が響く。

 黙れと言わんばかりに材木がもう一発。キユリはヒッと息を飲んだ。

「落ち着け! 大丈夫だから!」

 ジョージはキユリの絶叫を上書きするようにがなった。

「とにかくじっとしてろ!」

 幸い最初の一撃以上の大物はぶつかってこなかったが、その後も板や金属片やよくわからない破片が四角錘型の防御壁に衝突しては爆風に流されて後方へ飛んでいく。

 地面に刺した鉛筆は表面がぼろぼろと崩れ始めていた。

 やがて訪れる静寂。

 燃え尽きた鉛筆は一筋の煙と共に灰となって崩れた。同時に二人を守っていた四角錘の壁が霧散した。

「ジョージ……」

 家があった場所を眺めるキユリは呆然自失。ジョージの名を呼ぶのがやっとな様子だ。そして溜めに溜めた末、「パックさんじゃなかったね……」と、ものすごく今更なことをこぼした。日常からかけ離れたことが目の前で起きて、現状をなかなか理解できないのだろう。

 家の南側に設けられていたウッドデッキの一部と敷地周りの植え込みがかろうじて残っているだけという有様だった。瓦礫と化した建材や家具、その他もろもろの残骸などは、爆心地を中心に同心円状に飛び散っていた。

「まさかホントに流れ星だったのかな」

とキユリはおどけて見せたがまだぎこちない。ジョージはシッとキユリの口を塞いだ。

 流れ星じゃない。願い事なんか叶えちゃくれない。

 ログハウスのあった場所で黒い影がゆらりと動いていた。

 素早く辺りを確認すると、近くに折れた街灯が転がっていた。瓦礫の直撃でへし折れたようだ。チカチカと不規則に点滅しているところを見ると、衝撃で石が割れたか欠けたか、呪文が不安定になったのだろう。

 ジョージは折れた街灯を懐中電灯のように使い、自宅跡地へ近づいていく。背後にはキユリがピタリとくっついている。

 距離、約十メートル。

「おい」

 ジョージは意を決して声をかけた。

 しんと張りつめた沈黙。黒い影からの返事はない。

 キユリはジョージの服を引っ張った。なんだよ、と舌打ちしそうになるのをこらえて振り返ると、

「『おい』はないでしょ。礼儀がなってないよ。『あのー、すみません』くらいにしときなよ」

 キユリが今にも泣きそうな声でささやいた。内容とのギャップでジョージは不覚にも吹き出しそうになった。

「礼儀がなってないのはあっちだろ。こちとら挨拶もなしに家爆破されたんだぞ」

 そうだけど、と口の中でごにょごにょ続けるキユリをしっかりと背後に隠す。

「おい!」

 もう一度。ジョージは街灯を前方にめいっぱい突き出しながらにじり寄って言った。

「お前何者だ。ここはオレん家だ、なんでこんなことするんだ」

 返事はやや高めの男性の声だった。

「見事な大輪之陰たいりんのかげだった」

 ジョージの足が止まった。穏やかで澄んだ声だというのが第一印象だった。気味の悪い見た目に全くそぐわない。

 黒いマントで全身を包む男。黒いフードを目深にかぶっていて顔も見えない。本当に怪しい人は極めて普通の服装でまるで紳士のように接触してくるものだというのが定説だが、黒いマントの男は子供向けの絵本くらいにしか出てこなさそうな「怪しい人」の典型例だった。

「たいりんの……なんて?」

 怪訝そうな声はキユリだ。

「大輪之陰。さっきの防御壁だよ」

 防御壁……とキユリは反芻した。

 パック流剣術には奥義と呼ばれる秘技がいくつかある。いずれも剣術に魔法力を組み合わせたもので、ジョージが使用した「パック流『狂咲』大輪之陰」という奥義は、魔法力を込めた四本の発動媒体を使って強力な対物理障壁を展開する技である。

 同門の剣士しか知らない技をなぜ黒いマントの男が知っている。つっと汗が流れた。

「道をお尋ねしたいのだが」

 マントの男が静かに歩み寄ってきた。ジョージは街灯を彼に向けたまま後ずさりした。

「祠はどこだ?」

「そんなものはない」

 頭で考えるより先に口が即答した。答えた後にジョージは自らのミスを悟った。なぜなら、「そんなのあったっけ?」と間の悪い質問が背後から聞こえたからである。

 マントの男はくくっと喉で笑った。

「もう一度聞こう」

 また汗が垂れた。ジョージとキユリは一歩引く。

「祠はどこだ?」

 こうなっては沈黙の一手である。

「……」

 口の中がカラカラになった。マントの男の発した問いに対して「ない」と即答したのは悪手だった。すぐさま断言できるほど人は自分の記憶に自信は持てないものだ。普通は自分の記憶を疑う。まさにキユリのように。

 一方マントの男はというと、ジョージが口を割らぬと見て打つ手を変えたらしい。体に巻き付いていたマントがほどけていった。マントの内側もやはり漆黒の服であった。

「良かろう。お前はじきに答えたくなる」

 マントの男の姿が眼前から消えた。

「キユリ、離れ……」

 言い終わる前に頭を衝撃が貫いた。マントの男の拳がアッパー気味に顎を打ち抜いたのだ。地面から足が浮くほどの威力だった。先制攻撃を食らったと頭が理解する間もなく、続いて背中に叩き込まれた掌底一閃。ジョージは地面を削り、瓦礫を爆散させながら吹き飛んでいった。二百メートルほど吹っ飛んだ末、地面にめり込むようにしてようやく止まったのだった。

 マントの男はジョージが飛んで行った方向に右手を構えた。手のひらに球体が光っている。

 ぎりぎりで受け身を取ったジョージはマントの男の動きに気づいていた。あれは魔法力を高密度圧縮した砲弾、魔導砲という魔法の技だ。

 右手から放たれた魔導砲は寸分違わずジョージを捉えた。爆発が凍った大地をえぐり取った。

 

 四本の鉛筆が一撃で砂と化した。ジョージを魔導砲から守った四角錘型の障壁だったが、たった一発を防いだだけで発動媒体たる鉛筆が耐え切れなかった。

 補習に感謝する日が来るとはな、とジョージはひとりごちる。補習がなければ鉛筆は四本しかなく、二回目の防御壁は叶わなかったことだろう。しかしもう後はない。

 武器が、剣が欲しい――。

 ジョージは辺りを見回した。家に剣は何本か置いてあったはずだが、不運にも周囲には剣どころか武器になりそうなものは見当たらなかった。ログ材なら掃いて捨てるほど転がっているが、こんなものを振り回したところでどうなる。動きが鈍って逆に良いまとだ。

 ジョージは決意を込めて拳を握りしめ、

「うおおおおおお!」

 腹の底から大声を出しながら突進していった。

 マントの男に動きはない。構えすら取っていない。棒立ちだ。くっそ舐めてんのか。ペロペロかコノヤロウ!

 顔面を狙った拳はマントの男に届かなかった。障壁に阻まれ、そして強固な障壁を殴りつけた拳の骨が悲鳴をあげた。それでも、

「ああああああ!」

 さらに踏み込んだ。腕を振り抜く。

 マントの男の強力な障壁を破壊するには至らず、しかし破壊されることを恐れたのだろうか、彼は二メートルほど後方へと跳躍し間合いを空けた。

 今だ!

「キユリ!」

 キユリは腰が抜けてへたり込んでいたが、ジョージを見上げて安堵したように笑った。ジョージはキユリの背とひざ裏に腕を回した。

「逃げるぞ!」

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