或いは季節はずれの春愁

雨伽詩音

第1話月神の子

月の神から授かった玉を手に生まれたおまえは、花の散るにも紅葉の舞うにも心打たれず、さえざえとした銀色の髪をなびかせて笛を吹く。異形の姿をはばかって、宮中に出されることなく育ったおまえは、我が家に伝わる楽譜をそらんじて、朝となく夕となく楽の音に身をゆだねる。和歌の才もなく、漢学の能もなく、一族の恥と奥座敷に閉ざされて、されどひとたび笛を構えれば、月影さやかに雪もふる。おまえを疎む母君も、おまえを厭う姉君も、おまえの笛の音までは憎めまい。観月の宴の興を添えよとおまえを屋敷から連れ出せば、ふらふらと素足で池に歩みより、水中より伸びるきざはしを駆け昇り、玉だけを残して月へと帰って行ったのだった。


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第三十四回 お題「渡す」

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