六本の鉛筆に捧げる短編集

西塔那由多

羊と矛盾



オーストラリアの草原はすてきだ

青空は「青空」としか言いようがないくらい青く、

太陽は「太陽」としか言いようがないくらい輝いている

だだっ広い草原の草花は風に揺れ、ぼくたちを祝福している


「ここにドライブにきて正解だっただろう?」

ぼくは助手席の彼女にそう言った



沈黙



彼女は、眠っていた。あるいは意識を失っていた。 死んでいたかもしれない。


彼女はもの言わぬ者として、そこに座っていた。


彼女を起こすのは悪いと思い,

ぼくはまた窓の外に目をやった。


外には羊がたくさんいた。

ぼくはこの草原に柵がないことを不思議に思った。








しばらくしてもう一度彼女をみたが、彼女は依然としてもの言わぬ者だった


仕方ないな・・・

ぼくは再び窓の外に目をやり、羊を観察した。


すると、柵のない理由が分かった。


羊は草ではなく、矛盾を食べていたのだ。



羊は一心に、矛盾を食べていた。

疑うこともせず、矛盾を食べていた。

それをみているうちに、へんな耳鳴りがしてきた。


昔のニュースで、羊と矛盾をテーマにしたものがやっていた。

その頃は、羊に矛盾を食べさせるのは良くないのではないかと主張する人が多くいた。

それに対して政府のトップみたいな人が、

「人間が羊に矛盾を処理してもらい,羊は人間にエサとなる矛盾を与えてもらう。

こんなにも素晴らしい共生はありません。」

と、何度も繰り返していた。

ぼくも羊が矛盾を食べることに賛成だった。ぼくは羊の平和な生活よりも、

人間の矛盾のない生活を優先した。



でも、ここにきて思った。羊は矛盾ではなく、草を食べるべきなのだ。


矛盾は草によく似ている。だけど草じゃない。

ここにいる羊は、羊ではない。

そして、ここにいる羊が草を食べる日は、二度とこない。



ぼくは改めて、自分が今置かれている状況を認識することにする。


ジープはひたすらに草原を走っている。

助手席の彼女はひたすらに眠っている。

羊はひたすらに矛盾を食べている。

そこでは大きな矛盾は何も生まれないようである。


矛盾したアクセルをふみながら、矛盾したハンドルをにぎって、

オーストラリアの草原はすてきだ、と矛盾ながらにそう思った。



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